※時系列もろもろ捏造
カップルの別れ方として一番多いのは自然消滅だと思う。これはどこかの統計を見た訳じゃなくてあくまで私の肌感だけど、ある意味一番平和的な破談だ。なんとなく距離を置いて、なんとなく連絡が少なくなって、そのままなんとなく会わなくなる。そのまま1ヶ月ほど過ぎればもうほぼほぼお互いの中で気持ちの整理はついていて、そこから付き合う前の状態に戻ったり二度と連絡が取れなかったりは人それぞれだけど、特に大きな火種も発火もなく恋人って関係が終わる。
私には他校に年下の彼氏がいた。現在進行形ではなくて過去形なのは、どうやら私はその自然消滅という形で振られたらしいからだ。
当時の話をすると、彼氏だった糸師凛くんはそれはそれは整った顔立ちをしていて、出会いとしてわたしは人生で初めて一目惚れというものを経験した。梟カフェの前で一瞬立ち止まった制服姿の凛くんに声をかけたのがきっかけで、初対面の時の「何だこいつ」という表情は今から考えても好感度-100ぐらいのスタートだったと思う。梟カフェは一人では入りづらいと思うから今度改めて一緒に行きませんかという誘い文句で半ば強引にデートの約束を取り付け、名前と連絡先をゲットした。話してみれば口数の少ない今どきの男子って感じだったけど、無愛想ながら雰囲気はそれなりに柔らかくて不思議と会話の合間の沈黙も苦じゃなかった。
梟ちゃん達との戯れがひと段落した時、凛くんのことが知りたかったわたしは思い切って話しかけた。
「凛くんは普段は休みの日とか何してるの?」
「……サッカー」
「サッカーかあ。一回だけ友達に誘われて観に行ったことあるなぁ」
「…………お前、俺の名前聞いて何とも思わねえのかよ」
「……? ごめん、あんまりサッカー知らなくて……。もしかして有名人だった?」
「俺じゃねえ。糸師冴、名前ぐらい聞いたことあるだろ」
凛くんは吐き捨てるようにそう言ってアイスティーを飲んだ。話を聞けばその糸師冴くんという人はお兄さんらしい。
たしかに名前を聞いたことあるような気がしなくもない。だけど本当にそれぐらいしか知らなくて正直に答えたら「マジかコイツ」みたいな顔をされたけど、出会った時のような感じではなくて少しの呆れが含まれていたような気がする。知らないものはしょうがない。もちろん凛くんがそこまで夢中になるサッカー自体に興味は湧いたけど、日本代表の試合もあまり熱心に観たことがないぐらいなので現時点の知識は本当にその程度だ。
話を聞いてみれば糸師冴くんというのは凛くんのお兄さんらしく、有名人らしい。スマホで名前を検索してみると凛くんに似た顔立ちの男の子が出てきて、「確かに凛くんに似てるね」と呟いてしまったけど少し眉間に皺が寄っただけだった。自分から振った話題なのに、お兄さんとはあんまり仲良くないんだろうか。
「それで、凛くんは? 他に好きなものとかハマってることとかあるの?」
「は?」
「だってわたしはその人よりも凛くんのことが知りたいからさ」
スマホを裏向けてテーブルに置いてそう言うと、凛くんは目を丸くした。年下というのが信じられないぐらい大人びていると思っていたけど、少なくともその瞬間は年相応に見えた。
会う度にこの他校に通う2つも年下の男の子をどうしようもなく好きになってしまった私は、思い切って伝えることにした。ゆっくり言葉を選んでその上で噛みながらも凛くんに告白をしたのは、初めて会った日から2ヶ月ほど経った日のことだった。
「……初めて会った時からずっと、好きでした。お試しでいいから、その、わたしを凛くんの彼女にしてくれないかな」
たった2ヶ月、それを「ずっと」なんて図々しいだろうか。それに学校も学年も違う間柄で会う時間もそんなには取れなくて、きっと同じ学校の同じクラスにはもっと凛くんのことを知っている女の子がいる。サッカーのことを話すと少し寂しいような遣る瀬無いような表情になるけれどそれでもきっと間違いなくサッカーが好きで、今まで行ったデート先の中では梟カフェが一番楽しそうにしていて、不器用でちょっとお口が悪くてツンとした冷たさを纏っているけど本当は、夜に電話したいと言えばなんだかんだ付き合ってくれるくらい優しい。
私が知ってるのはそれぐらいで、得意な科目とか教室ではどのあたりの席に座っているとか、休憩時間はどんな友達と過ごしてお昼は何を食べているとか、仲の良い女の子はいるのかな、とか。簡単に書けるようなことから聞く勇気が出ないことまで、知りたいけれど知りたくない。知ったところで同じ学校にも同じクラスにもなれないから。
だから勝率なんてゼロに等しいことは分かっていた。それでも気持ちを伝えたのは、もしも他の誰かが凛くんの彼女になったら、実る実らないの前にこの恋が終わってしまうから。伝えておけば良かったって後から思いたくなくて、当たって砕けろの気持ちでぶつかってみた結果だった。
凛くんは珍しく驚いた表情で固まって、そのまま数秒の沈黙。もともと無口な方だしすぐに何かしらの反応があるって期待してたわけじゃない。だから仕方ないけど、やっぱり好き嫌い以前にサッカーの邪魔になるような存在になりたいというのは駄目だったかなと反省する。困らせてしまったと思うと見ていられなくて思わず俯いた。
「えっと、ごめんね。伝えたかっただけだから、」
「分かった」
「……、え?」
「……付き合ってやるっつってんだ」
凛くんは眉間に皺を寄せてそう言った。少しだけ顔が赤い気がするのは、どれだけ大人びていてもやっぱり高校一年生で告白されるのには慣れていないって感じだろうか。ものすごく格好いいからモテそうだけど明らかにちょっと近寄り難い雰囲気があるし、もしかしたら学校では高嶺の花だったりするのかもしれない。
だけど、普段からツンケンしてはいるけどなんだかんだ優しいことはこの数ヶ月で知っている。きっと何度か会って他愛ない話をしただけの私にさえ情を持ってくれたんだろう。とはいえ付き合ってくれるという言葉が嬉しくて「ありがとう」と笑顔で言ってみたけど、凛くんはそっぽを向いただけだった。
始まりはこんな感じで、凛くんは仕方なく私の恋人になってくれた。サッカーで忙しいのにたまに身体を休めるタイミングも必要だと言って、そういう日にはわたしとの時間を過ごしてくれた。行き先がサッカー用品の買い出しでも、ただカフェでお茶して一緒に帰るだけの短い時間でも。どれもわたしにとっては大切で幸せなデートだった。
そうやって優しくされて浮かれていたからすっかり忘れていた。この関係はあくまでお試しで始まっただけだったんだってこと。
ある日を境に、凛くんからぱったり連絡がこなくなったのだ。これまでを振り返っても原因が思い浮かばなくて、いっそのこと心当たりがあれば少しはすっきりするのにな、なんて思って溜め息を吐いてしまう。会えなくても声が聞けなくてもいいから何かあったなら事情だけでも知りたくて、返事がなくても2日置きぐらいにメッセージを入れ続けた。『元気?』『今週、ちょっとだけでも会えない?』なんて、きっともう飽きちゃったんだなって思いながらも暫くは諦められなくて、せめてちゃんとお別れの言葉が欲しくてメッセージを入れ続けた。電話は一度かけたけど電源オフのアナウンスで、無機質なそれを聴くのが切なくてそれ以来かけてない。そもそも忙しいなら電話なんて難しいだろうし、読むタイミングを選ばないメッセージを時々入れていた。
そうして暫くメッセージを送っては待ってみたけれどやっぱり返ってこなくて、これはたぶんブロックされているんだろうなと思った。いや、正直ちょっと前から思ってたけど、お試し期間中とはいえ流石に彼氏からいきなりブロックされたなんていうのはショックだったから信じたくなかったのが本音だ。でもそうか、わたしの知らない間にお試し期間が終わっていたのかもしれない。それならそうと言って欲しかったけど、凛くんはどうでもいい女にも連絡をマメに入れるような性格ではなさそうだし仕方ないか。
『ごめん、自然消滅にしたくなかったから話だけでもしたくて、何回も連絡しちゃった』
『今までありがとう。ちょっとだけでも凛くんの彼女になれてすごく楽しかった』
『サッカー頑張ってね。別れても応援してる』
年上のくせに面倒な女だなんて思われたくない自分と、見てもらえないと分かってても最後にメッセージを送って気持ちを伝えたい自分とがせめぎ合った結果、お別れとお礼と応援を比較的しつこくない文章でなんとか伝えられるような文面で送ることができた。未練を押し込めて息を吐く。あんなに格好良くてサッカーも上手くてツンデレでかわいい一面もあるなんて、そんな素敵な人がずっとわたしの側に居てくれるはずない。出会いも何もかもがただのラッキーだったんだ。自分にそう言い聞かせたけれどやっぱりちょっと寂しくて、ほんのちょっとだけ泣いた。
▽▲▽▲▽
凛くんにお別れの連絡を入れてから3ヶ月ほど経ったある日、新しく始めたファミレスのバイトにも慣れてきて少しずつ寂しさが薄れてきた頃。もともと家の方向が同じだったバイト先の先輩とシフトが被ったので途中まで一緒に帰っていると、突然腕を引っ張られた。
「っ、……?」
強い力に一瞬恐怖が過ぎったけれど、思わず振り向いた先にいたのが予想外の人物で、思わずぽかんとしてしまった。隣にいる先輩も戸惑っているけれど、それどころじゃない。
「………」
「凛、くん?」
わたしの腕を掴んで引き寄せたのは、眉間にこれでもかというほど皺を刻んだ凛くんだった。会わなかったのはたった数ヶ月間なのに、なんだか随分と大人びた気がする。
「誰だそのカス……。新しい男か?」
「えっ」
「ふざけんな」
がばりと腕の中に閉じ込められて思わず声が漏れた。私の肩からずり落ちたスクールバッグがアスファルトに取り落とされる。吐き捨てるような台詞なのにどうしてか虚しさややるせ無さを感じて、腰と背中に回された腕は少し乱暴な力加減ながらも縋るような必死さがあった。
バイト先の先輩は巻き込まれかねないと思ったのかいつの間にかいなくなっていた。二人きりになるとより一層強く抱きすくめられて苦しいぐらいだ。久しぶりに感じる対応と匂いに幸福感が込み上げる。なにせ私たちは唇を少しくっつけるだけの軽いキスまでしかしたことがなくて、こうして抱きしめてくれたのは凛くんが私を家まで送ってくれた時、凛くんの許可を取って私からそろりと軽く抱きついた一回きりだ。互いの家に行ったことも深く触れ合ったこともない。そういうことをすることだけがお付き合いをすることじゃないからそれについては特に何も思っていなかったけど、こうして体温や匂いをじかに感じる距離に慣れてなさすぎるのは問題かもしれない。脈が速すぎて心臓の音が煩くて、燃えるように顔が熱い。
「凛くんあの、ここ外、だから。そろそろ離して、」
「黙れ」
「ええ……」
「……別れねえからな」
力強く抱きしめられたままこんなことを言われて、きゅんとしない人はいないと思う。言葉遣いは荒いのに語気は強くなくて、むしろちょっと頼りない。これがツンデレってやつだろうか? 甘えるような仕草にまた胸が締め付けられた。
けれど、ふと凛くんの言葉を頭の中で反芻して咀嚼する。別れないってどういうこと? 連絡が取れなかったのは凛くんの方なのに。そういえばずっと音信不通だったのにどうして急に会いに来てくれたんだろう。
「凛くん、あの」
「うるせえ。別れんの撤回するまで離さねえ」
「や、えっと。お付き合いのお試し期間、まだ終わってなかったの?」
「………………は?」
さっきまでのしおらしさから一変、ものすごく低いたった一音が私の鼓膜を揺らした。小説なんかで目にする地を這うような声というのはきっとこういうのを言うんだろう。腕の力が緩められたかと思うと20cm以上は上にあるそのご尊顔からは表情が抜け落ちていて、私はどうしてか地雷を踏んでしまったらしいということだけは理解した。
▽▲▽▲▽
「……えっ、凛くんテレビ出てたってこと!?」
「うるせえ」
「別れない」と約束させられてようやく解放されたかと思ったらご両親がいないらしい凛くんの家に連行されて、私は凛くんの部屋でその長い足の間にお邪魔する形で座っている。
部屋に入った瞬間に沢山のトロフィーが飾られているのが目に入って本当にサッカーが上手なんだなと改めて思った。すぐに後ろから抱きしめられたので部屋を見回す余裕はなく、耳元で話されると吐息なんかも聴こえてしまって最初こそドキドキしすぎて混乱したものの、わたしの肩に頭を乗せて「連絡できなかったのはわるかった」などとぽつりぽつりと謝られるものだから、私こそ大変な時に何回も連絡してごめんねと謝った。
話を詳しく聞くとブルーロックというプロジェクトがあってサッカーの強化合宿のようなそれに参加していて、生活の全てをサッカーに捧げるような日々でスマホも没収されていたらしい。
そしてそのプロジェクト存続をかけた試合が最近行われてその試合に出場していて、しかもそれが地上波で放送があったと聞いて、見ていなかった自分を呪った。
「観ればよかった……。試合の動画ってアップされるかな……」
少し心に余裕ができて凛くんの方にちょっとだけ凭れかかると、凛くんは一瞬強張ったあとため息をついて、少し腕の力を緩めた。
「応援するとか送ってきたくせに全然サッカー観る気ねえじゃねえか」
「う……、だって」
「なんだよ」
「……サッカー見たら、凛くんを思い出して会いたくなっちゃいそうだったし」
「……いちいち煽ってくんじゃねえよクソが……」
言葉選びはそれはもう柄の悪い不良か何かかのように悪いけれど、さっきから言葉でも態度でも私を大切に想ってくれているのはひしひしと感じていたので全部がかわいく思えて全然怖くない。再びしっかりと力が込められた腕や背中で感じる体温は温かく私を包み込んでいて安心する。
「……次の合宿があるんだよね? またしばらく連絡取れないね」
「……一応連絡は、取れる。多分な」
「え、そうなの?」
「けど、………」
凛くんは少し言いにくそうに口籠もって何か迷っているようだった。たぶんそんなことに気を散らせてる場合じゃないってことだろうなと思って、「サッカーに集中しなきゃだし大丈夫だよ」と伝えれば「勝手に決めつけんな」と間髪入れずに拗ねた声が返ってきた。
「基本相部屋で、一人になれる時間がねぇんだよ」
「あ、メッセージのやり取りだとめんどくさい?」
「……ちげえ」
「違うの?」
「…………声、聞きたくなんだろうが」
「え……っ!?」
予想外すぎる理由にキュンとするどころじゃなくて、幻聴かと思うぐらいには珍しいその甘い言葉に思わず後ろを振り返ろうとしたけど、身動きが取れない体勢で抱きしめられていてそれは叶わなかった。
「ね、顔見せて」
「うるせえ黙れ」
「じゃあもう一回言って?」
「二度と言わねえ」
頑なに振り向くのを阻止しようとする凛くんの力には叶わなかったけれど、諦めたと見せかけて力を緩めてから凛くんが油断したタイミングでくるりと振り返った。向かい合う体勢になるとほんのり赤い顔をした表情の凛くんと目が合って思わず笑ってしまった私を見て「笑うな」という悔しそうな声とともに、唇がほんの一瞬だけくっついた。