※未来if






 幼馴染というのはどのくらいの距離感でいるのが普通なんだろう。昔から考えていたけれど、幼少期から中学高校を経て大学生活が終わりに近付いた今でも分からない。これから就職して今よりもっと世界が広がったら、全部を思い出に出来るんだろうか。

「……なまえ、酔った?」
「え、あ、大丈夫。酔ってないよ」
 私の就活が終わったタイミングが野球のオフシーズンだったので、第一希望から内定が貰えたお祝いと称して久しぶりに圭と葉流火と飲もうということになった。店だと騒がれる可能性があるということで葉流火の家で宅飲みをすることになって、やたら広くてセキュリティばっちりのタワーマンションに足を踏み入れた。
 高卒でプロになって3年経った今でも中学の時から変わらず22時に寝ることを習慣にしている葉流火のために、19時にはお開きにするという約束で16時というだいぶ早い時間から始めることになったので、外はまだ少し明るい。けれど圭から仕事で遅れるという連絡が入ったので、私と葉流火で早々に乾杯をした。
 プロになった彼らはオフの前の日でもアルコールは350ml缶一つだけと決めているらしいので、私もあまりお酒は買い込んでいない。なのでたぶんここにあるお酒を全部飲み干したとしてもそこまで酔わないだろうと思うけれど、葉流火は心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
 その葉流火の行動に他意は無い。私は彼ら以外に幼馴染はいないから一般的な男女の幼馴染の距離感は分からないけれど、たぶんきっとみんな意識するまではこんなものなんだろう。私は意識しているけど葉流火は何とも思っていないから、W幼馴染Wはギリギリ成立している。圭は私の気持ちを知っていたようで一度は協力すると言ってくれたけれど、圭に言われて葉流火が変に私を意識したり同情で関係が変わるのは嫌だったからそれは断った。もしも葉流火に言ったら絶交するから、と言えばそれ以来何も言わなくなった。
 ややこしく考えてしまっているけれど結局は、私はこの幼馴染という関係以上になれるとは思っていないし自分から何かを変える勇気もない。とにかく全部、私に彼氏ができたらすべて解決する話だから問題ない。「彼氏を心配させたくないからもう会えない」という決まり文句でこの関係を心ごと丸めて焼却炉に捨てればいい。だから合コンへ行ったり友達に紹介してもらった人と会ったりしているし、何人かとメッセージのやり取りはしている。新しい出会いというのは話し慣れた幼馴染と過ごすよりも疲れるけれど、きっとみんなこれを乗り越えて恋人同士になるんだろう。

 ピコン、と私のスマホにちょうどメッセージアプリの通知が届いた。前に合コンで知り合った男の人で、明日カフェで二人で会わないかという誘いだった。
 圭に比べると正直あまり喋らない葉流火といると沈黙することもそれなりにあるものの、これまではそれも心地よく感じていた。だけど今は葉流火と距離を取ることやこの実らない恋を忘れることを意識しすぎて、どうでもいいテレビをつけながら二人きりでいるのは少し手持ち無沙汰になっていて、気付いたらスマホのロックを解除していた。
 二人には、特に仕事で遅れている圭には申し訳ないけれど、明日は朝から予定が入ったと伝えて早めに帰ろう。そう思って男の人から届いたメッセージに了承の意を伝えようとしたら、葉流火の手が私のスマホを奪い去った。
「俺がいるのに、なんでスマホ見るの」
 その言葉に、私はぽかんとしてしまってすぐに返答できなかった。何故なら、葉流火はあまり感情の起伏がない。にも関わらず、今はすぐにそうと分かるくらいには不機嫌な表情だった。確かに、今は二人しかいないのにスマホを触るのはマナー的に良し悪しかというと後者だったかもしれない。それだけ。葉流火に他意なんかあるわけない。まるで彼氏が彼女に言うような台詞だと思ったけれど、それを正直に言葉にするほど私は酔ってもいないのだ。
 「ごめんね、急ぎじゃないから後にするよ」と言って手のひらを差し出すと、スマホが置かれるはずの手に葉流火の手が重ねられてぎゅっと握られる。私の手がすっぽりと隠れてしまって、小学校低学年ぐらいまでは手を繋いだこともあるけれどその時とは比べ物にならないほど大きな手だなあと当たり前なことを思った。
「なまえ、まだ、酔ってない?」
 さっきまでは私を心配しているだけだと思っていたけれど今度は、まるで私に酔ってほしいと言わんばかりの言葉で返答に困る。もしくは、酔われていたら困るの方?
 深い意味なんてないはずなのに、全部の言葉の端っこからじわじわと、どこか辿り着いてはいけないものへ侵食していくような気がしてしまう。
「……圭が」
「う、うん」
「なまえが最近、彼氏作ろうとしてるって、言ってて」
「え?」
「俺が彼氏になりたいって言ったら、酔った勢いでもいいからなまえに言えって言われた」
「………」
「でも酔えないから、なまえが酔ったら言えると思った」
 その目は真っ直ぐ私を見ていて、今言われたばかりの言葉の意味すらもよく分からなかった。葉流火のことをよくよく見ると目が熱っぽく見えなくもないし、耳は間違いなく赤い。そして何より、私の彼氏になりたいという相談を圭にしていたという。葉流火はもともと嘘はつけないタイプで、そして嘘の話に圭の名前を出すことは更に有り得ないからきっと本当なんだろう。
「……えっと、酔ってる……?」
「? 酔ってないって言った」
「あー、うん、私も酔ってはない、かな」
 『酔った勢い』は聞き手のことではないけれど一応そう伝えると、葉流火は少し迷って口を開いた。
「俺が一番野球上手いし、たぶんお金もあるし、これからももっと練習頑張って上手くなる」
「あ、うん……?」
 葉流火がここまで喋るのは珍しくて、話の着地点が分からないので大人しく頷いていると、葉流火が少し困ったような顔でうろうろと視線を彷徨わせた。
「あとは、えっと、なまえのかわいいところも一番知ってると思うし、ずっと好きだし、一生大事にする」
「え、あ」
「だから、俺をなまえの彼氏にして」
 いつの間にか顔を真っ赤にした葉流火から畳み掛けられるその口説き文句はお世辞にも語彙力や表現力に富んだものではない。投手としては高校時代から更に色々な変化球を身に付けたのだと以前言っていたけれど、全部がとんでもなく豪速球で真ん中ストレート。そこで、葉流火のこれまでの私に対しての態度やコミュニケーションをふと思い出す。
 そこまで頻繁ではないけれどときどき、次の試合は先発予定だとか何時からテレビ中継があるだとか、あとは私の誕生日には律儀におめでとうのメッセージを送ってきてくれるだとか。野球に全振りしている葉流火のことだからそもそも恋愛になんか興味がなくて、ぜんぶ幼馴染としての言動であってそこに特別な感情はないと思っていたけれど、もしかしてこれまでもずっと、それだけではない何かが込められていたのだろうか。
 「私も好き」という言葉は思ったより小さな声になったけれど葉流火には聞こえていたようで、今の今まで神妙な顔をしていたけれどぱっと雰囲気が綻んだ。かと思うと瞬時にがばりと抱きしめられ、そのあまりの力強さに骨が軋むような感触があったことで、奇しくも夢ではないことを実感した。

 その後、私がお手洗いに行っている間に私のスマホにさっきの男性から追ってメッセージが届いたことを後に詰め寄られ、「彼氏がいるって言って断れ」と言うその言葉こそ命令形ではあったものの、私の肩にぐりぐりと額を押し付けていかにも拗ねているとアピールするような仕草はこの大きな体格には見合わなくて、可愛くて少しずるいと思った。

 結果、圭には色々と筒抜けだったようで「都合が悪くなって行けなくなった」などと白々しいメッセージが入ってこの日の宅飲みには彼は最後まで現れず、次の日に3人のグループチャットに『おめでとう』だけが送られてきたのだった。




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