彼氏いない歴イコール年齢。たぶん中学のときですら、彼氏がいた子はぽつぽつと存在しただろうし、好きな男子の話ともなれば盛り上がらないほうが珍しいものだ。わたしは周りと違い標準語だったこともあってか、もともとの性分か、それは定かではないけれど、さほどその話題が好きということも、楽しいということもなかった。

高校に上がってもそれは変わらず、みんなが格好いいと噂する男子を、知っているか知らないかの相槌を正直にうつ。何だか色々残念な青春を過ごしている気がしてならないけれど、事実なので仕方ない。

 そんなわたしに初めてできた『彼氏』は、誰かが「格好いい」と名前を挙げていたけれど、わたしは正直、まったく知らない人だった。







「あ、名前は、宮侑。み、や、あ、つ、む」
「はあ、みやあ、つむ、くん」
「っふ、緊張しすぎちゃう? どこで区切ってんの。おもろいボケやな」

 なんだこれ。確か手紙にて、中庭という告白スポットに呼び出されたせいで、何かと身構えて重い足取りで約束の場所に向かったのに、そこにいた長身の男子はわたしを見て「来てくれたんや。ありがとう」と柔らかく微笑み、気づけば雑談が始まっていた。どうしてか彼のペースで自己紹介が始まり、部活の話になり、バレー部だと言われたので背が高いねと言うと、自分より背が高い部員も何人もいるということを教えてくれた。すごい世界だ。


「……あれ、ていうかわたし、なんで呼ばれたんだっけ」
「はは、鈍いなあ。中庭言うたら、告白しかないやん」
「…………、え?」
「好きや。俺と、付き合って」

 え、今更?と思ったわたしは悪くないと思う。談笑もそろそろ、というお開きムードになったとき。そういえばここに呼び出された理由がよくわからず、というか本当にわたしを呼び出したのは彼なのかとすら思うほど、ただお喋りをしただけだったので、それを正直に告げると、あれよあれよと告白された。

 告白されたのなんて初めてだったので、あんまり覚えてもいないけど確か、「はい」だか何だか、肯定の意の返事をして、そこからお付き合いが始まった。わたしは彼氏彼女のことなど、右も左も分からないので不安だったけれど、目の前の彼はわたしの返事を聞くと、その場でイエスと言ったのが意外だったのだろうか、目をぱちぱちと数回瞬きしたのち、ほんのすこしだけ頬を染めて、「めっちゃ嬉しい。よろしく」と言ってくれた。






「なあ。口、開けてや」

 手を繋いだりという段階を経て、付き合ってちょうど2ヶ月くらいの頃に、初めてキスをした。そして、その日から更に1ヶ月ほど経ったときに分かったことだけど、侑はたぶん、キスをするのが好きだ。わたしは身構えて目と口をきゅっと結んでしまうけれど、侑はいつも、開けろ、ではなく開けて、とお願いをするようにわたしに囁く。

「ん。おりこうさんやな」

 その通りに従うわたしに、とびきり甘い声でそう零す。吐息の合間、ぼんやりとした頭で考える。侑は、手を繋ぐときも、抱きしめるときも、キスをするときも、わたしに何かしらのお願いをして、わたしは言われるがままその通りにした。そして、「おりこうさん」とわたしを褒める。ああ、だからきっと侑は、恋愛経験が少ないから、逆らうことなく従うから、わたしを選んだのだろう。可愛いことの一つも言えない自分が、心底恨めしい。





 ある日、侑に家に来ないかと誘われた。わたしのなけなしの知識の限りでは、家に行くということはWそういうことWなのかもしれないと考えてしまって、すこし不安だったけれど、侑に嫌われるほうがいやだった。あの日から今までの間に、わたしの好きの割合は、侑のそれを軽く追い抜いてしまっているようにしか感じられない。

「何もないけど、まあゆっくりしてな」
「……おじゃま、します」

 玄関をきょろきょろするのも憚られて、彼の背中だけを見て、あとをついていく。部屋に入るとなんとなく、抱きしめられたときと似た香りがする気がした。適当に座って、と言われたときに視界に入ったベッドが、やけに存在感を放っていた。

「そない緊張せんでも、今日いきなり何かしよ思てないよ」
「あ、そう、なの……? 」
「………そういう反応されると、したなるねんけど」

 カバンをそこらへ置いた侑は、それこそ適当に座らせてもらったわたしの横に腰を下ろして、頬に手を添えた。この仕草は、キスのときのものだ。そっと目を閉じると、唇がくっつく。何回か触れて離れてを繰り返すうち、また例のお願いをされたので、その通りに従う。舌が差し入れられて、くちゅ、と水音をたてて絡む。呼吸の苦しさと幸福感が比例するような感覚が、嫌いじゃなかった。

「……あー、やばい。ちょっと飲みもん持ってくるわ」
「あ、あのさ」
「ん? 」
「わたし、色々初めてだし、わかんない、から、侑の好きにして、いいからね」

 立ち上がろうとした侑のシャツの裾をすこしだけ掴んだ指が、なんとなく震えた。過去に無いくらい目を見開いた侑と目が合う。そして、困ったように笑ってから隣に座り直した侑は、わたしの頭を撫でた。

「あんまりそういうこと言うたらあかんよ」
「……なんで? 」
「俺な、優しくしたいねん」
「侑は優しいと思うよ」
「まあそら、好きな子には優しくするもんやからな。けどそういうことやなくて、好きやから、優しくするんが難しいこともあるんよな」
「……わたしのこと、好きなの? 」
「……………えーと、何や、新しいボケ? 」

 ほんまそういうとこあるよなあ、とからからと笑う侑に、わたしは心臓の隙間が埋められていくのを感じた。侑は、わたしのことが好きなのかだろうか。Wわたしみたいな恋愛初心者Wではなく、わたしのことが。

「好きや」
「………わたし、も」
「わたしも、なに?」
「………好き」
「ん。やっと言うてくれた」

 わたしの前髪をかき上げておでこにキスをした侑は、またいつものように「おりこうさんや」と甘い甘い声で囁く。その表情は随分と幸せそうに見えて、ついじっと見つめてしまう。もしかして、侑はわたしと同じくらいかそれ以上に、不安だったのだろうか。好きだと言葉にするのは、記憶の限りではこれが初めてで、きっと「やっと」というのはそういう意味で。
 今まで貰った気持ちを返すように、もう一度、「すき」と言えば、侑は今度は困った顔で笑った。今のは、言うべきタイミングではなかったのだろうか。そもそも、タイミングって何だろう。

「俺、Wお利口さんWやないねん。せやからやっぱり、我慢するん、やめよかな」

 重力以外のものに押されて後ろに倒れる感覚というものを今初めて体験し、誰かの背に天井を見る光景を今初めて視界にとらえている。わたしを射抜くケモノのような瞳と、わたしの頬を撫でる紳士のような優しい手、一体どちらが本当の侑なのだろう。たとえどちらが本物であったとしても、また侑のお願いとやらを聞いてしまうのだろう。

「な。口、あけて」

 悠長にも程があるけれど、くちびるがくっついて舌が滑り込む傍らで、そんなことばかり思うのだ。




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