何故あいつは良くて自分は駄目なのか、考えても考えても分からなかった。

 同じ顔、身長、肩幅、瞳の色、似通った思考回路、成績、仕草、その他たくさんの要素で、同じか或いは限りなく似ている部分が多い自分の片割れ──侑──は、ほぼほぼ分身のようだと思っていた。自分の考えていることはあいつも考えつくものであり、あいつがしたことは少なからず自分もしていることであり。だからあいつが手に入れるものは、自分も手に入れられるものだと、そう信じて疑わなかった。
 けれども、ある女の子は俺たちを一つとして見ることはなく、その女の子の視界に入るのは瓜二つな二つのうちの自分ではない、もう片方だけだった。



「好きやねんけど」

 玉砕覚悟。当たって砕けろ。そういう、わけもなく前向きな言葉はあまり好みではない。砕けないように慎重に事を成し遂げられる方がいいに決まっている。
 けれど今このときは単純に、ただ言いたかった。言ったら彼女がどんな顔をするのか、それに興味があった。

「……ごめん」

 好きと伝えたその後の一瞬、冗談をと笑いかけた彼女に「本気や」と一言付け加えたからか。彼女は言いづらそうに切なそうに顔を歪めて、最後には俯いた。そして断りの意を一言、口にした。
 彼女の考えていることが手に取るように分かって、自分への嘲笑が喉奥を渡ってこみ上げてしまいそうになるのをなんとか堪えた。

「侑にはもう別の彼女、おるやん」
「……それは、」
「なあ。俺やったらあかんの?」

 彼女が息を飲む。ああ、その感情が揺れ動くさまがかえって俺の心臓にざくざくと痛みを残すことを、目の前の彼女は知らない。

 確かに、双子。見た目は似ている部分がほとんど。だけど間違いなく自分とあいつとは別の人間であり、それは自分が一番理解している。似ている部分は多くても、違う部分だって当然数多くあり、例えば性格であったり喜怒哀楽の表現方法であったり、そしてバレーの才能であったり。完璧な鏡写しじゃないことは、物心ついた時から知っている。

 それなのに、それをわざわざ利用しようとする自分はとても愚かだ。代わりにはなれないことも彼女が好いているのが自分ではないことも理解していて、それでも欲しい。

「侑はお前をずっと泣かしてきたやろ」
「………」
「そろそろ、楽になってもええんちゃうん?」

 楽になる。それは彼女に言ったのか、それとも自分に対してか。甘言に陥落しかけているのは彼女か、自分の方か。
 Wもしも彼女が自分のものになったらWと何度か想像してみたときにはいつも、幸福と不幸を一度に手にするという結論になった。ゆくゆくは彼女に触れられるかもしれないけれど、彼女が俺と侑を重ねない保証はない。彼女の隣にはいられるけれど、彼女が本当に隣にいて欲しいのは侑かもしれない。そんな、パンドラの箱みたいなものを常にそばに置いておくような、危ない綱渡り。

「……なんで治は、そんな優しいんやろ」
「………」

Wあいつと違ってW?
W侑が同じように優しくして、自分を見てくれたらよかったのにW?

 そんな意味が言葉の後ろ側に無意識に含まれているような気がして、しかしその類の一言をいざ口にすれば、彼女が望んでいるのはW今の俺のように優しい侑Wであって俺そのものじゃないということをさらに突きつけられる気がしてしまうから、気付かれない程度に軽く唇を噛むだけに終わる。

 この世の誰よりも自分に似通っているのに、何もかもを攫う侑がただ恨めしい。けれど、結局は同じ日に同じところから産まれたもう一つの自分として、侑を嫌うことは根本的にできない。できないから、侑が手にしているものの中で侑が欲しがっていないもの。その上、頑張れば手に入るもので俺が欲しいと思うもの。それを自分のものにするしかない。それが、近いようで遠い場所にいる彼女だっただけ。

「……なぁ、ええ子やから。W優しいW俺にしときや」

 そっと顎を持ち上げてゆっくりと掠めとるように触れた彼女の唇は、泣きたくなるほど柔らかかった。




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