※生存平和if









 わたしの彼氏は格好いい。特級術師でとても強くて頼りになる。物腰が柔らかくていつでも余裕があって紳士で、だから束縛も嫉妬もあんまりしないけどそれでも不安にならないような愛のある言葉と眼差しをわたしにくれる。

 優しいキス、甘くて蕩けそうになるエッチ、色々と経験豊富な気はするし実際に五条さんが笑いながら「傑のエグい女性遍歴が聞きたくなったらいつでも言ってね?」と語尾にハートをつけながら言っていたから今までたくさんの女性と付き合ってきたんだろうなと思うけど、そんなのは過去のこと。今わたしが気にしたって仕方ない。

 とはいえ時々、不安になるのも事実で。あまりにも大人な対応で、「飲み会? 楽しんでおいで。飲み過ぎには気をつけてね」と何の疑いもなく快く送り出された。
 歳の近い補助監督たち数名での飲み会、まあ確かに何か間違いが起こるかと言われればそんなわけでもないけれど、男の人だっているのにな。まあ傑さんがやきもちなんて妬かないって、最初から分かってるけど。



 そんな飲み会の帰り。ほろ酔いの更に手前ぐらいの中途半端な状態の頭で、傑さんにメッセージを送ってみる。
『会いたくなっちゃったので、家に行ってもいいですか?』
 傑さんは今日は任務はないと言っていたはずなので、普通に教師としてのお仕事だけ。でも返信が無くて、だけどいざ文字に起こすとどうしても会いたくなってしまって、返信どころか既読もつかないままのスマホを片手に傑さんの家に向かう。

 インターホンを鳴らしても応答がなく、合鍵を使ってエントランスを抜ける。そういえば約束も無しで家に行くのなんて初めてで、今更不安になってきた。
 ドラマみたいに女の人を連れ込んでいるところに遭遇したらどうしよう……なんて考えに悶々としてくるけれど、気付いたら傑さんの家の前にいた。もう後には引けない。

 軽くノックをしても応答はない。ドア前のインターホンを鳴らせばいい話だけどその勇気も湧かず、ドアノブに手をかければ簡単に下がったのでそのままドアを開けてしまった。鍵はかかっていない。メッセージは相変わらず既読がついていなくて、だけど部屋の明かりは漏れている。

 もしかしてお風呂にでも入ってるのかな? と思いながらリビングを覗くと、散乱したビールや酎ハイの缶。そしてテーブルに突っ伏した恋人。

「傑さん……?」

 びっくりしてついぽろりと名前を呼べば、傑さんはゆっくりと瞼を持ち上げてから顔を上げた。暫くじっとわたしを見つめて沈黙してから、体感でたっぷり10秒ほど経った頃。

「……ふふ、ほんとにゆめで、あえるなんて」
「……え?」
「あのこってば、ひどいんだよ。きょうは私も、夕方からフリーだったのに、……おとこもいるのみかい、なんて」

 いつもの知的な傑さんとはまるで違う、舌ったらずでふわふわした話し方。傑さんの側に座って目線を合わせると、ぎゅうっと抱きしめられた。お酒の匂いとお風呂上がりのシャンプーか何かの匂いがした。あの子、とはわたしのことだろう。今この瞬間を夢だと思っていて、夢の中のわたしに現実のわたしのことを告げ口しているらしいということは分かった。

「でもなまえはわたしがかっこいいから、つきあってくれたんだって」
「………」
「しっとなんてカッコわるいから、こんなふうにおもってること、言っちゃいけないよ」

 傑さんはわたしに抱きついたままことりと寝てしまって、支えようとすると押しつぶされそうになったのでその背中をとんとんと叩き、ほぼ瞼の落ちかけた傑さんを改めてなんとか起こすことに成功した。
 傑さんのことは格好いい人だと普段から思っていたし、だから誰かと恋愛の話をする時にもそう言っていた。どうしてあんなに格好よくて強い人が自分を選んでくれたのかという話も飲み会で溢したことがある。傑さんが言っているのはそういう意味だろうか。

 顔が熱い。いや、酔っ払いの言うことなんて全部が全部信じちゃいけないのは分かってるけど。

「す、傑さん。ベッド行きましょう、こんなとこで寝ちゃダメですよ」
「ん゛ー……」
「ほら立って。わたしが困っちゃいます。ね?」
「んん……」

 お願いにお願いを重ねてどうにか起きてもらって傑さんを支えて寝室へ行き、やっとの思いでベッドに押し込むと、ぐん、と引っ張られ引き摺り込まれる。「傑さん」と呟いた声はきっと届いていない。

「いっしょにねよう?」
「えーっと、お泊まりしたくて来たのでそのつもりですよ。シャワーお借りしてもいいですか?」
「やだ。はなれないで、はやくいっしょにねて」
「……お、お化粧落としたいからダメ。お布団にもファンデーションついちゃう」

 お布団だけでなく翌朝のお肌のためにも、メイクの落とし忘れだけは絶対に断固として阻止したいわたしは出来る限りはっきりとそう言った。傑さんは目に見えてしゅんとした。

 えええ……。本当にこの人、わたしの彼氏で特級術師の夏油傑さん? 可愛すぎるんだけど。

「……すぐもどってくる?」
「はい。すぐ戻って来ますよ」
「かえらない?」
「帰りませんって」
「…………わかった」
「っふふ、ありがとうございます。いい子ですねえ」

 拗ねたような表情の傑さんのかわいさに負け、今は自分より低い位置にある頭を撫でる。しっかりした髪質だけど指通りはいつも滑らかだ。
 ふわっふわな傑さんにつられてついつい口も手も滑ってしまって、このまま絆されてベッドに入りそうになったところで、メイクをしたまま寝ることの肌への悪影響を再度思い出して自分を叱咤する。

「……いいこ……」
「はい。いい子なので先に寝てていいですからね。シャワーお借りします」

 最後にさらりと黒の髪を一撫でして、滅多にお目にかかれないかわいい傑さんに後ろ髪をひかれながら、シャワールームへと向かった。

 ベッドルームに戻ると傑さんは寝ていて多少のことでは起きない気がしたので、その腕の中に失礼して、わたしも目を閉じた。












 翌朝目を覚ましたら傑さんはまだ眠っていて、腕の中からこっそり抜け出そうとしたところで小さな唸り声とともにゆっくりと瞼が開いた。

「あ、おはようございます、傑さん」
「…………、は?」

 傑さんは至極驚いた表情でそのたった一文字をぽつりと漏らした。ぽかんと固まる傑さんに可笑しくなって笑っていると、その当人はがばりと起き上がってこめかみを抑えて深呼吸をしている。

 記憶を手繰り寄せているんだろうなあなんて思いながら、あまりにも深く悩んでいるものだからついつい面白くなってしまって、ベッドに膝立ちになってそのさらさらの頭を胸に引き寄せる。

「え、ちょっと……?」
「Wいい子Wですねえ、傑さん?」
「え……、……───!!」

 何かを思い出した様子の傑さんは分かりやすく頭を抱えてから、わたしの身体をぎゅっと抱きしめ返した。胸元に甘えるように擦り寄られ、ただ愛おしさだけが増幅するような感覚。

「……幻滅した?」
「どうして?」
「だって、カッコ悪いだろう。きみにはカッコいいところだけ見せたかったのに」

 凛としたいつもの声じゃない、ちょっと恥ずかしそうで、頼りない声。
 いつもそんなことを考えていたんだろうか。わたしが普段傑さんのことを考えながら不安に思っているのと、似た気持ちだろうか。

「わたし、傑さんが格好いいから好きになったんじゃないですよ」
「え?」
「傑さんが好きだから、格好よく見えるんです。だからそんな心配しないでください」

 思わず笑ってしまったわたしに、傑さんは少しぽかんとしてから、「私もきみが好きだから、本当は飲み会、嫌だった」と拗ねたように言った。








title by この世界に名前をつけよう
2022.02.13




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