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 朝起きて、隣にはきちんと整えられたベッド。彼女の気配はなく、もう仕事に行ったようだった。昨日、明日は朝が早いからと言っていたことを思い出し、ため息とも言えない程度のまとまった呼吸が溢れた。
 昨日の自分の態度は自分勝手だったと反省した。したのだが、いつも通り用意された鮮やかな朝ごはんとお弁当を見て、彼女はそんな自分の八つ当たりすらも理解してくれていると思い、数時間前のそんな出来事すら頭から追いやられた。

 上層部への苛立ちがどうもおさまらず、つい彼女に当たってしまったけれど、彼女はこうしてお弁当まで作って、メモまで添えてくれている。テレビを付けて天気予報を横目に見ながら、彼女の用意してくれた朝食を温める。何気なくスマートフォンを見れば、「新しいプロジェクトのメンバーになったから、しばらく帰りが遅くなる」という旨の連絡が届いていた。そういえばいつかそんなことを言われた気もしないでもない。

 了解とだけメッセージを返信し、朝ごはんを食べた。お弁当は少し悩んで、冷蔵庫に入れた。今日は課外なので、生徒たちと外で食べる可能性が高い。タイミングによっては食べられるかもしれないが、痛む可能性があるよりも家に置いておいたほうがきっと良いだろう。

 シンクに洗い物を置き、流石にこれぐらいはしようと腕を捲ったところで、仕事用の携帯がけたたましく鳴る。出てみると補助監督からで、隣町の廃ビルで1級呪霊が発生し、民間人に被害がでかかっているのですぐに対応してもらえないかという連絡。まあ洗い物は彼女に任せればいいかとそのままに、アイマスクを引っ掴んでジャンパーだけ羽織って、術式で飛んだ。

 結局そのまま高専に寄って着替えて課外へ出ることになり、生徒の訓練や遠慮なく舞い込んでくる自身の任務をこなした。諸々の後処理や報告書がまた面倒で、彼女に暫く泊まりになる旨を伝えると、「分かった。身体には気をつけてね」と返信が返ってくる。自分を気遣うその優しさに、僕は安心しきっていた。彼女はいつでも僕を一番に考えてくれているのだと。

 ある日の22時。久しぶりに家に帰ってくると、家の明かりがついていなかった。寝るにしては早い時間なので少し不思議に思いながらドアを開けようとすると鍵がかかっていたので、鍵を開けて家に入る。もちろん彼女の気配はなく、しんとしていた。そういえば、暗い家に帰ってくるなんて、何ヶ月ぶりだろうか。

 そのまま何をするでもなくぼーっと過ごしていると23時を回り、仕事にしても帰りが遅いなと思っていると、彼女からのメッセージ。Wまだ仕事が終わらなくて、終電に間に合いそうにないから、近くのビジホに泊まりますW。実は僕が泊まりの間も、「職場の仮眠室で寝泊まりする」や「友達の家に泊めてもらう」など、今回のような内容のメッセージは何度か届いていた。その時はさして気にしていなかったのに、この部屋に一人でいると、帰ってこない彼女にもやもやとした気持ちになる。僕がいるのに仕事優先? なんて、子どもじみた思考だと分かってはいるけれど、止められない。

 だからつい、「また? 最近多いよね。浮気とかじゃないよね?」なんて、喧嘩を売るみたいな馬鹿な真似をしてしまった。送ってから後悔したもののもう遅く、彼女からどういう返事が返ってくるのか気になったけれど、そのメッセージにはなかなか既読が付かない。

 結局、日付が変わってから風呂に入り、寝室でスマホを開いた。その時には既読がついていて、だけど返事はない。それに妙に苛ついて、スマホを放り投げて寝た。彼女とは同じ部屋ではあるもののいつも別々に寝ているから、一人で眠ろうが何も変わらないはずなのに、隣にいた存在がいないだけでどうしてか妙に落ち着かない。
 眠る彼女の穏やかな寝息と後ろ姿を見てからベッドに入ることは、どうやら僕の安眠に一役買っていたらしいが、此処に彼女がいない今、考えても仕方ないことだった。ただ、朝になっても返信がなかったらどうしようだとか、そんなことばかり考えていた。