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悟から数日に一度手紙が届くようになった。ただでさえ仕事が多くて、しかも一つ一つの任務の難易度だって高くて、本当に忙しい人だ。だからどうせ続かないだろうなと思っていたのに、もうすぐ二ヶ月が経とうとしていた。
仕事のこと、生徒のこと、日常の取り止めのない内容から、料理や家事について。多忙な彼がそんなにきっちりと自炊などをする必要はないのに、返事の手紙にそう書いても、返事が届けば『僕がそうしたいから』と書いてあって、またやり取りが続いていく。
私のしていたことを、私の作っていた生活を、すべてなぞらえたいのかと思えるような手紙ばかりだった。
手紙の内容は様々で、だけど有って無いような脈絡の中、会いたいという言葉は数枚に一度見かける。ただ、好きだという言葉は一度も書かれていなかった。きっとそういうことなのだ。この手紙にも、さして深い意味はない。
相変わらず離婚届は出されていないようで、ため息を数えるのも億劫になるほど長い間、その要望だけは叶えられることはなかった。
きっと、離婚したらまた家から面倒なことを言われると思ってのことだろう。五条家は本当の名家で、本来ならば私のような、先祖を辿ってもほんの数人だけ術師が生まれていた程度の、ごく一般的な家柄の人間が一緒になるなんて、きっと許し難いことだったはず。それを悟は押し通し、僕が一緒にいたいから家のことなんて気にしなくていいと、私を安心させる言葉をくれた。
あの時、一生この人を支えて生きていこうと本気で思った。まあ、結局私にはできなかったけど。
ある日、いつも通り届いた手紙を開くと、ケーキビュッフェに行かないかという内容だった。通算二十枚をゆうに越えた手紙の中で、具体的な誘いを受けたのは初めてのことだった。
君以外と行くつもりはないとはっきり書いてあり、まるで彼にとっての特別な人間にでもなったような心地がした。まあ、別居しているとはいえ妻なのだから、特別といって差し支えないけれど、ここ数年は夫婦らしく特別扱いされた記憶がなくて、つい期待してしまう。
離婚届を出さないのは、家が面倒だからなんて理由じゃなくて、彼がまだ私のことを好きだと思ってくれているんじゃないかって。
「……それはないか」
スマホのスケジュールアプリを見て、東京へ遊びに行く予定だった日を確認する。東京の友達に会うのは夜だし、それまででも良ければ時間はある。友達とは晩ご飯を食べてそのまま泊めてもらう予定だから、なにをどう間違っても彼の家に泊まる必要性も、そうなる可能性もない。
返事を出した翌々日に手紙が届いて、今回はやけに早いなと思い何気なく封筒を見ると、速達の赤い印が押されていた。忙しいのにわざわざ郵便局へ行ったのだろうか。そんなことまでして、私に早く返事を届けたかったのだろうか。待ち合わせ場所と時間と、彼の携帯番号が書かれていた。たしかに、東京で待ち合わせるのに連絡先を知らないのは流石に無謀だと思い、着拒したままだったそれを解除した。
登録したよという内容を、ショートメッセージでくらい送ってもいいのかもしれない。ただ、かわいくない性格の私はそれもできず、そっとスマートフォンを裏返した。
クローゼットを開けてみるといまいちピンと来る服がなく、買い物に行く予定を立てて、ついでに美容院も予約した。ネイルサロンにも行きたくて、美容院の終わる時間に合わせて予約を入れる。どんな経緯であれ、悟の隣を歩くのだ。彼はあまりに完成された見た目をしているから、普通の格好に普通の身だしなみでは、とてもじゃないけど、ただ背筋を伸ばして立つことすら尻込みしてしまう。
なんて、そんな言い訳がましいことを心の中で並べなければ、溢れてしまって苦しくなる。いざ会ったとき、未練がましいこの気持ちに、絶対に気付かれてはいけない。そう思う時点で、もう手遅れなんだろう。
あれだけ一方的に別れを告げたくせに、あれだけ虚無と憤りとでつらくなったくせに。私は結局どうしようもなく、五条悟のことが好きらしい。