くすみを知らない

少女漫画やドラマでしか知らない普通の女の子みたいに、クラスメイトがたくさんいる学校に通って、部活に入って、好きな人に告白して、なんていう高校生活ではなかったけれど。恋をして、それと同時に失恋して、それでも悟に優しくされるだけで自分でも訳が分からないほど好きが大きくなって、その度に優しい友人が時々私を慰めてくれて。
いつ死ぬか分からないこの呪術師という職業の中、誰一人欠けることなく、この卒業の日まで4人で過ごせた。

間違いなく幸せだった。あとは、この苦い初恋を忘れて、甘い恋愛でも謳歌できればきっと完璧だったけど。

「なあ、4人で写真撮ろーぜ」
「いいね。そういえば4人で撮ったことはなかった気がするな」
「3年もあったのにねー」
「ま、今日だけ撮るのも記念でしょ。おまえら全員何回か死にかけてるから、五体満足なんて奇跡だし」
「だよねえ。ほんとにありがとうね、硝子」
「確かに、硝子のお陰だね」
「感謝してます硝子サマ」
「……アンタはともかく、クズどもからの礼なんて明日は大雪だな」

少し照れたような硝子はレアで、きゅっとその腕に抱きつく。こんな日々も今日で終わりだと思ったら急に実感が湧いてきて、少し寂しい。

写真は一番リーチのある悟が撮ることになり、ケータイのインカメラを起動する。

「入んねーって。おら、お前もっと寄れ」
「わ、っ」

悟が私と硝子の身長に合わせて屈んで、そして私の肩を引き寄せた。急に近付いた顔、くっついた体温。ドッと大きく鳴った心臓の音は、悟に気付かれていないか心配になるほど、私の内側で忙しなく響いて止まない。

「ハイ、撮れた」
「え、いつ撮ったんだ?」
「おいクズ、撮る時なんか言えよ」
「はぁ? しょうがねーな」

じゃあもう一回な、とまた悟が隣になりかけて、とっさに傑の腕を掴んで位置を入れ替えた。このままだと心臓が破裂する。傑は一瞬目を丸くして、だけどすぐに私の意図が分かったのか、右側にいる私の腰を引き寄せてくっつけて、左腕は悟の肩に腕を回した。

今度こそ合図があって、パシャリとシャッター音が鳴る。卒業したら、私は準一級術師として働く。進路は4人ともほぼ同じ。だけど、任務はバラバラでも数日に一度は顔を合わせていた習慣がなくなる。

「……やっぱり、卒業って寂しいな」

私の言葉に、硝子はぐしゃくしゃと頭を撫で回した。「アンタだけはもう死にかけて運ばれてくるのはやめなよ」と優しく念を押された。
寂しい。それは本心だけど、その中に確かにある、ほんのちょっとの安心。3年間温め続けたこの気持ちを悟本人に気づかれることなく、今日をもって離れられる。すぐにとはいかなくても、半年一年と経てば、綺麗な思い出にできるはず。少しずつこの焦がれるような胸の痛みは忘れて、そうしたら、きっと他の誰かを好きにだってなれるはずだと自分に言い聞かせた。



それなのに、卒業して3年経った今も、まだ私は碌に新しい恋愛も出来ていない。それどころか、たまたま高専で月に1、2回会うだけの悟が、会うたびに違う香水を纏っていることが、こんなにも胸に突き刺さる。悟はあの3年間も、そして卒業のとき私を何気なく引き寄せて写真を撮る時も、ずっとそのままの悟だった。少なくとも私という存在は当たり前にただの同期で、私ばかりがこの気持ちに振り回されている。

彼は変わらない。この先、どんな女の子が現れても今のままの悟なんだろうか、それとも、本当の恋に落ちたら、その子が悟を変えるのだろうか。それを目の当たりにした時、私は今まで通り笑えるだろうか? 考えるまでもない自問自答に、ため息すら出ない。

愛ほど歪んだ呪いはないと言うなら、呪っているのは私の方だということになる。
私の恋心はもういい加減に、諦めてくれないだろうか。