月だって見ていない

傑の作ったカレーを食べて、明日は休みだと言えば、冷蔵庫からレモン酎ハイが寄越された。
傑は明日は仕事だから飲まないというので、じゃあ半分こしようと提案すると、大きな手に缶が奪われた。黄色と銀色のパッケージが傾けられ、こくりと動く喉を見つめる。「ごちそうさま」と言って少し軽くなったそれが手渡された。缶の直径に余る大きな手とか、うごく喉とか、濡れた唇なんかが色っぽい。なんだか急に、傑が知らない男の人みたいに見えて、どきりとした。

「……それで? 今日は、任務で何かあったのかな」
「あー、ううん。ちょっと色々あって、疲れちゃって」

傑の声を聞くと、毎週のように悟の相談をして、慰めてもらった記憶が蘇って、目の奥が熱くなる。こんなんじゃ駄目だと思うのに、その眼差しが続きを促すように私を見るので、ぽつりぽつりと、口から溢れる。

「悟がね、高専の時に二人で見つけたお気に入りのケーキ屋さんの前に、彼女さんといたんだ」
「うん」
「……二人だけの、秘密、だったと、思ってたのになぁ」

じわり、目に涙が滲む。違う。悟は悪くない。今日はたまたま疲れていて、そこに被害者の人からの非難するような言葉が刺さって、それで。色々なことが重なっただけなのに、私はそのどれもを、一番最後の記憶で上書きしてしまったようで、悟に申し訳ない気持ちになった。彼はただ、彼女とのデートを楽しんでいただけなんだから。

「泣けばいいよ」
「え……?」
「本当は、任務でも何かあったんだろ? 疲れているから何かとネガティブに捉えるし、色んなところが脆くなる。泣いて楽になるなら、肩を貸すよ」

傑はそっと私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。その優しい手の感触に涙腺が馬鹿になって、ぼろぼろと涙が落ちる。傑は優しいな。たとえば傑みたいな人を好きになっていたら、何か変わっていたかな? こうして普通のカレーを食べたり、缶チューハイを飲んだり、特別なことはないけれど、同じ価値観を持った人。

悟は昔から違う世界にいる人だった。そんなことわかってたのに、どうしてわたしは悟のことを考えてしまうんだろう。恋をしてからずっとだ。ずっと、苦しい。自分の呪いが自分を苦しめていて、それなのに、どうしてこの気持ちを捨てられないんだろうか。