花が溶ける頃から

「高専の時から思ってたけど。なまえは悟に告白するつもりはないの?」

さんざん泣いて泣いて、ようやく涙が止まった頃に、傑がそう問いかけた。悟に告白。考えたことがないわけじゃない。だけど告白をしたら振られる可能性があって、そうしたらきっと、今みたいに仲良くできなくなる。それにたとえば悟がわたしの告白を受けて付き合うことになったとして、悟が心変わりしたら、自分以外の女の子を好きになるところを見ないといけなくなる。
それに悟はきっと、もっと色々経験している大人の女の子が好きだろうから。

「……うん。だっていつも彼女がいるでしょ? まあ、あんまり長続きはしないみたいだけど」
「まあ……、もって3ヶ月ってところだね」
「だよね。私もその中の一人になれるかなって思ってたこともあったけど……、はじめての女は面倒だって、昔言ってたでしょ? 私みんなみたいにモテないから、彼氏できたこともないからさ」

「なら、私と付き合う?」
「……え?」
「悟の代わりだと思ってくれて構わないから、なまえの初めての彼氏にしてよ」
「酔ってる、の? 冗談だよね……?」
「あの程度で酔わないし、本気だよ?」

傑の声も表情も、酔っている様子はない。だけどその声も表情も何もかも、冗談というには真っ直ぐにわたしに届いてしまって余計に混乱してしまう。
傑と付き合う? そんなこと、想像したこともなかった。それこそ、気づいた時には悟が好きで、そしてすぐに失恋がやってきて、そうしてすぐに、傑が隣にいてくれるようになったから。

「擬似的にでも恋愛を経験すれば、自信がつくかもしれないよ。そうしたら、悟にアプローチだってできるんじゃないかな?」

アルコールがほんの少し回ったから。
任務もその後の出来事もつらくて、何かで忘れたかったから。

色んなことが重なって、傑の言葉は甘い毒にもなりかけたけれど。友人をそんな風に利用するなんてと、頭を冷やすように首を振る。

「そ、んなの、だめだって。傑に失礼だし申し訳ないよ。傑は、傑なんだから」
「……優しいね。なら、お願いの仕方を変えようかな」

ほんの少し残っていた缶チューハイ。それをするりと私の手から抜き取り、最後まで飲み干した。その横顔にどうしてか魅入ってしまって、慌てて視線を逸らした。

「好きな人がいるんだ」
「……好きな人? 傑に?」
「ああ。だけどその人にはずっと昔から、大切な人がいてね。まあ絶対に叶わない恋、ってやつかな」

そんな言葉とともに、傑はわたしの顔を覗き込んだ。その眼にはただの友人に向けるには少し熱を帯びすぎていて、視線が逸らせない。

どうしてそんな顔でわたしを見るの、なんて、言えるわけがなかった。わたしは悟しか見ていなくて、ずっと気付いていなかった。傑のその目が写しているものが、優しさの理由が。きっとずっと高専時代からその片鱗はあったはずなのに、わたしはわたしの恋だけを見ていたから。