瞼の記憶

「……傑、みたいな人でも、叶わない恋なんてあるんだね」

 ようやく声になったのはそんなありきたりな響きしかない言葉で、喉の震えばかりが下手をうつ。いつから、どうして。そもそも、本当に? 片想いの寂しさと切なさなら知っている。悟が誰とどこへ出かけたなんていうデートの話を聞くたびに、心臓が握り潰されるように痛くて、それを表情に出すまいとすればするほど、余計に胸の奥をじくじくと侵す痛みは増した。

 あの子になりたい。あの子みたいに愛されたい。好きになって欲しい。それが無理なら、好きでいるのをやめたい。

 わたしは今までずっとそう思ってきたけど、もしも傑がわたしをそういう対象として見ていたとしたら、わたしは傑にもっともっと酷いことをしてたんじゃないだろうか。

「……なまえ。こっちを見てくれないか?」
「っ、」

 頭の中のぐるぐると巡る考えを追いやって、ぱっと顔を上げた。その目が、表情が、あまりにも柔らかくて優しくて泣きそうになる。

「ごめんごめん。冗談だよ」
「え……?」
「まあ、同期のきみのことは大切で素敵な女性だと思うし、擬似的にでも付き合えるなら役得だな、ぐらいは思うけどね」

 傑は穏やかな声と表情でそう言って、わたしを宥めた。冗談。そう傑は言ったけれど、さっきの一瞬の表情がこびりついて離れない。確かめるのが少し怖くて何も言えないでいると、傑はくすくすと笑った。その揶揄うような笑みは、あの頃と同じだ。

「えっと、あの」
「もしきみが悟と付き合いたいなら、うまくいくように協力するよ、ってこと」

 高専の時と同じようなそんな言葉に、ただただ懐かしさを感じる。傑はこんなにも優しくて格好良い。だからこんな人がわたしなんかを好きになるわけない。呪術師として生きてきて、お洒落や流行りや遊びにとにかく疎くて、そんなつまらない人間が傑みたいな人に好かれるはずがない。
 少なくとも傑は、わたしにそう思わせようとしている。核心の上に柔らかい雪が敷き詰められたようなそこへ踏み込んで足跡を残す勇気はなくて結局、こくりと頷くことしかできなかった。

「そもそも、たとえば相手が悟じゃなくても、好きな人が自分を好きになってくれる確率なんてほんの微かだと思わないか?」
「……う、ん。そうだよね。確率的には、叶わない恋の方が多いんだもんね」
「あとは、『初恋は叶わない』っていうジンクスとかね」

 傑は戸惑うわたしの反応を愉しむように、優しい笑顔でわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。わたしはといえば、傑の優しい眼差し仕草がつい頭を巡ってしまう。だけどそれも、今更じゃないか。
 傑は高専の時から女の子にモテていた印象だったし、そうだ、彼女だって。

───彼女いたこと、あったっけ?