「手作りチョコとかねーわ。何入ってるか分かんねーし、そもそも市販のが美味いに決まってんじゃん」
バレンタイン3日前。偶然聞いてしまった悟くんの言葉に、初めてのバレンタインだし、手作りのチョコレートを渡そうと材料を買って意気込んでいた思考がフリーズする。ああ、たとえ頑張って作ったって既製品には及ばないんだなって思ったら、どうしても気持ちが落ち込んでしまう。
だけど材料を買っちゃったから。甘さ控えめに作って硝子ちゃんや夏油くんに友チョコとしてお裾分けすればいいやと思い、バレンタイン前日、割合としては少なめに買っていたビターチョコレートを全て使い切った。
できた生チョコはほろ苦く、なかなか上手に出来たと思うけど、どっちみちこの味じゃ悟くんにはきっと美味しくないね。
贈り物が全てじゃないって分かってる。だけど悟くんは、男の人に少し苦手意識がある私の初めてできた彼氏だから。せっかくの恋人らしいイベントだから頑張りたかったし、その頑張りを彼に褒めてもらいたかった。うっすらと滲む視界を数回の瞬きで慌ててクリアにし、作ったばかりの不恰好なラッピングのチョコレートを眺めた。
バレンタイン当日。結局、悟くんにはデパートのバレンタインフェアで、有名なブランドのちょっとお高いチョコレートを買った。昨日の生チョコも一応持ってきたから、最終的には悟くんに選んでもらおう。そしたら手作りを断られて市販のチョコを選ばれても、まあ、ショックはショックだけど多少ましだ。
朝から任務がある彼が出発する前に渡そうと思って廊下を歩いていると、後輩の女の子が明らかに手作りなラッピングのチョコレートを渡していて、しかもそれをあっさりと受け取る悟くんを見て、心臓がドクンと大きく脈を鳴らす。
手作りなんてって、言ってたのに。
あの子、かわいいもんね。可愛い子からのチョコレートだから、手作りでも受け取ったのかな。
気付けば自分の部屋へ戻ってきていて、その間に彼は任務に行ってしまった。私はメッセージカードも何もつけず、買ったチョコレートを悟くんの部屋のドアノブにかけておいた。男子寮への出入りが名目上禁止されているのは夜だけ。悟くんに連れられて何度か足を運んだその部屋にはもちろん入らず、外からそっとかけるだけ。
今日は悟くんの任務が午前中でわたしが午後からだから、ちょうど入れ違う。しかもわたしが少し遠方の任務だから、任務が長引いたり移動がうまくいかなかったら帰るのは夜になる。今日はきっと会わなくて済むだろう。
夏油くんと硝子ちゃんには出かけにチョコを渡して、未練がましく少し豪華にラッピングしていたその3つ目のチョコレートは、ビターチョコで作ってしまったことと、あの子のを受け取ったのを見た手前、拒絶されたらと思うとどうしても渡すのが怖くて自分の部屋に置いた。明日あたりに、こっそり食べてしまおう。
任務から帰って寮に着いたのは22時。夜はさすがに冷えるなあなんて思っていたら、寮に入ってすぐのところに人影があって。
「……悟くん? ただい、」
「ちょっと来い」
ただいまを言い切る前に手を取られ、そのまま部屋に連れていかれる。掴まれた手の力が強く、骨が軋んで痛むけれど、明らかに悟くんの機嫌が悪い今、それを伝える勇気はない。
「お前、ふざけてんの」
「え、」
「あのドアにひっかけてたやつ、おまえだろ。硝子にも傑にも手作りのチョコ渡して、俺にだけ買ってきたもん渡すのかよ」
悟くんの部屋に着くなり、彼の言葉はナイフのような鋭さでわたしの心臓を刺す。こんなに怒っている彼を見るのは久しぶりで、何か言おうとしても言葉が出ない。
「んだよ、何か言いたいことあんなら言えば?」
自分が彼に怯えていることにも気付かれていて、だから余計に苛立ってるんだって分かってる。でもそうは言っても喉が震えて、何から言えばいいかも分からなくて、ただ俯くことしかできない。
本当は言いたい。
ちゃんと作ってたんだよ。だけど手作りなんて無理だって言ってたから。それでも選んでもらえばいいと思って用意したのに、悟くんがあの子のチョコを受け取っちゃうから。あの子のチョコの方が美味しいって言われたら私はきっと立ち直れないし、そもそも手作りじゃなくて市販の方を選ばれたらって、考えちゃうよ。
「……もういいわ。別れる? 傑のがいいなら傑と付き合えば? 俺はそれでもいいけど」
悟くんの言葉に、ひゅっ、と冷たくて痛い空気が喉をくぐり抜けた。別れたくないと言って縋りたかったけれど、脳裏にはあの可愛い後輩の子の顔と、その子からチョコレートを受け取る彼の姿が浮かんで。そんなにもあっさりと別れの選択肢が、別の人と付き合えばいいという選択肢が言葉になる悟くんには、もう何も言えなかった。
「……わかった。五条くん、今までありがとう」
たったそれだけをなんとか絞り出して、悟くん──五条くんの部屋を後にする。ちらりと視界に入った彼が目を丸くして驚いたような表情をしていて、その理由を知ったのは自分の部屋に着いた後、頬が濡れていると分かったときだった。
バレンタイン当日に破局だなんて、日本中探しても私だけなんじゃないかな。なんて大袈裟なことを思うぐらいには惨めな気持ちも相まって、心臓が痛い。拭っても涙はうまく引っ込んでくれなくて、このままじゃ明日ひどい顔になりそうだと思い、気休め程度に冷やしタオルを目に当てた。
それでも涙が止まらない私を、彼の瞳に似た色のラッピングが施されたチョコレートが、静かに見守っているようだった。