別れを受け入れた次の日。五条くんと硝子ちゃんは任務でなのでわたしは夏油くんと二人、教室でお弁当を食べる。二人が戻ってくるのは14時前の予定だと硝子ちゃんは言っていた。今日の授業は座学だから、4人揃うまでは自由時間だ。
今の時刻は12時半。早めにお昼を済ませて一旦寮にでも戻って、いつも通り振る舞えるよう心の準備をしなければ、五条くんと目を合わせることすらできる気がしない。4人しかいない同級生。いつまでもギクシャクするわけにはいかないので、ちゃんと切り替えないと。
「悟と何かあったの?」
さっきまで全然関係のない話題だったのに、私がお昼を食べ終えたそのタイミングで、夏油くんがそう言った。突然のことに表情を取り繕えず、夏油くんはやっぱりという顔をした。
そもそも目敏い彼のことだから、きっと最初から気付いていたんだろうと思う。昨日必死で冷やしたからマシになったとはいえ目はまだ少し腫れているし、五条くんの話題もそれとなく避けていた。もしかしたら夏油くんでなくても誰にでもバレバレだったかもしれないと思うと、少し恥ずかしい。
「……昨日、フラれちゃったんだ」
笑顔を繕って言うと、夏油くんはそこまでの事態は予想してなかったのか、驚いた顔をした。いつも落ち着いている夏油くんにしては少しレアな表情だ。「別れたってこと?」と、穏やかな声で問いかけられる。ひとつ話すと少し楽になり、次々と言葉が溢れるのを止められない。
「五条くんに手作りのチョコ、渡せなくて、うまく説明もできなくて」
「……私と硝子にくれたチョコだよね。悟に渡さなかった訳を聞いてもいい?」
「手作りなんて何入ってるか分からないし、市販の方が美味しいって言ってるの、聞いたから」
「……ああ……、あの時か」
心当たりがあるようで、あの時の五条くんの会話の相手が、夏油くんだったことを思い出した。……そっか、やっぱりあの言葉は、聞き間違いじゃないんだ。
「でも一応、両方用意してたんだ。それでどっち渡そうか迷ってたら、後輩の子からの手作り、五条くんが受け取ってるのを見ちゃって。……私からのは市販がいいって、手作りは要らないって言われたらって、怖くて」
「………」
「そしたら昨日、『別れる、傑と付き合えばいい、俺は別にそれでもいい』って、言われちゃっ、た」
笑顔を保ちたかったのにうまくいかなくて、それどころか昨日散々泣いたのにまた涙が溢れる。泣くつもりなんかなかった。昔からそんなに泣くタイプじゃなかったのに、いつからこうなったんだろう。
五条くんが、夏油くんとの体術の訓練以外で初めて、任務でぼろぼろになって帰ってきたとき。あれがきっと高専に入って最初の涙だ。
呪術師なら怪我なんて当たり前だけど、彼はその術式から滅多に傷を負わなかったから、あの時は本当に怖くて、そして無事なことにホッとした。
その時から、特別だと感じていた彼のことを同じ人間だと改めて思うようになって身近に感じた。そして自分の強さに自信があって堂々としているところに憧れて、わかりにくい優しさにドキドキした。
何気ない会話の流れからつい好きと言ってしまったとき、「じゃあ俺と付き合う?」と言われた時はつい舞い上がったけど、ふと思う。私たちは付き合って2ヶ月ほどだったけど、まともなデートをしたことも、キスをしたこともない。一度だけ「好きだ」と言ってくれたことはあるけど、それは私が「私のことどう思ってるのかなって、不安で」なんて、その先の言葉を求めたから言ってくれただけ。
五条くんはなんだかんだ優しいから、私の告白を断りきれなくて、付き合ってくれてただけかもしれない。だからあんなにもあっさりと別れ話を言い渡されたんだろう。
「……じゃあ、悟の言う通り、私と付き合ってみる?」
「え……?」
目の前の夏油くんが少し背をまるめて、覗き込むようにして私と目線を合わせて言う。頭の中で何度反芻してみても、意味がうまく呑み込めない。五条くんとはまた違う、色気のある黒の瞳が、試すように私を見ている。
「ずっと好きだったんだ」
「……っ、え……!? え、あの、」
「私なら君を泣かせたりしないよ。すぐに好きになってほしいとは言わないけど、今日からアピールすれば意識してくれるかな」
机にただ何気なく置いてあった私の手の甲に、するりと重ねられた大きな手のひら。冗談とも本気とも取れるその言葉と行動にどぎまぎしていると、勢いよく教室の扉が開いた。
その大きく響いた音に驚いて振り向くと、なんとも言えない表情で夏油くんを睨みつける五条くんが立っていた。まだ13時すぎ、いくら任務が早めに終わったとしても、移動の時間だってあるはずなのに。というか、いつからそこにいたんだろう。
「……傑、てめえ」
「何かな。悟が言ったんだろ?」
「っ、マジでふざけんな、俺は、」
「私はふざけてないし、勘違いだったとはいえ、君のせいで彼女が泣いてるのは事実だよ」
夏油くんの言葉に口を噤んだ五条くんの視線が、私を捉えた。びっくりしたせいで泣いていたことも忘れていて、慌てて涙を拭ったけどもう遅い。
五条くんはそれにさして驚くでもなく、だけどくしゃりと顔を歪ませた。その表情の意味が分からなくて、どうしたら良いか分からない。
彼がつかつかと歩み寄る、その足音に怯えてしまう。あの日の苛立った彼が脳裏にこびりついている。だけど彼は怒っているというにはあまりに切なすぎる表情で、私の前に立った。私の右手に重ねられていた夏油くんの手は、いつの間にか離れていた。
「ちょっと来て」
「え、っと」
「……もう怖がらせねえって約束する、から。頼む」
五条くんのそんな頼りない声を聞くのは初めてで、心臓がぎゅっとなる。夏油くんをちらりと見ると、少し呆れたような表情で微笑んで「もしまた悟に泣かされたら、慰めてあげるよ」と言って、ひらひらと手を振っていた。どこかいつも通りに戻った彼の様子に少しホッとする。
私は五条くんに言われるがまま後をついて行った。いつもよりゆっくりなその歩調に、単純な私はまた胸がぎゅうっと切なくなった。