その綻びを愛と呼んでもいいですか
「……傑」
「ん?」
「ちょっとツラ貸せ」
傑は俺の言葉に少し目を丸くしたのち、ふっと笑った。カツアゲみたいだよ、と茶化されて「うるせえ」と返した。
あいつと仲直りして、というかヨリを戻して、1週間。傑とはなかなか一緒に任務に行くことがなくて休みもバラバラだったから、今日ようやく時間が取れた。あいつは任務でいないからちょうどいい。同じく教室にいた硝子はさして気にも止めず、携帯をいじっていた。
「おまえ、あいつのことマジなわけ」
「さあ。どう思う?」
「……はぐらかすならとりあえず、マジだってことで話進める」
「…………、まあ、かわいいなとは思うよ」
ため息まじりにそう言った傑は、いつもの余裕綽々な顔じゃなくて、どことなく真剣で、だけどどこか遠くを見ている表情だった。
わざわざ聞くような形をとったけど、あの日の傑の言葉が本気かそうでないかぐらい、俺には分かってた。あいつは傑の言葉については半信半疑って感じだったけど。
「別に、だからと言って今すぐどうこうしようとは思ってないよ。彼女にはあの後メールで、悟を焚き付けるための嘘だったと伝えてあるし」
「……やっぱあの時、俺がいたの分かってたのかよ」
「気配を消すのが上手かったから、最初は気付いてなかったよ。ただ、彼女が泣き出したあたりで動揺したろ? その瞬間からはバレバレで、少し面白かったな」
こともなげにそう言って悪戯に笑う傑にため息を吐いた。今日は牽制と、それから一応の謝罪をしようと思って呼び出したのに、つい傑のペースに乗せられてしまう。
「……悪かった」
「え?」
「あの時、あいつのこと、無理やり連れ出した。……おまえがあいつに告白すんの、聞いてられなかった」
「……悟が謝るなんて、天変地異の前触れじゃないか?」
「ぶん殴るぞ」
別に謝ったことぐらいあるだろう。たぶん。すぐには思い当たらないそれに頭を捻りながら、俺の言葉に笑う傑の足を蹴った。「痛い」というその声すら楽しそうでホッとする。別にそこまで心配してたわけじゃないけど、やっぱり、傑と気まずくなるのは嫌だった。けどそれにしてもやっぱりままならない気持ちもあって、つい言葉が溢れ落ちる。
「あーーー、ほんとおまえ、なんであいつなわけ」
「なんでって?」
「……あんま知らねーけど、ダチの恋とか、応援したいもんじゃねーの、普通」
「ああ……、そういうこと。なら譲ってくれる?」
「嫌だ」
「それは残念」
それだけはできないから言ってんのに、それを分かっててわざと聞くこの相棒は本当にいい性格をしている。こいつとはこれからも友達でいたいからその点では俺の多少の心配は晴れたが、代わり別の不安が生まれた気がする。
あの日、「もしまた悟に泣かされたら、慰めてあげるよ」なんて傑が言ったのを聞いていたからだろうか。あれは俺には「次泣かせたら掻っ攫う」という言葉に聴こえて、思わずあいつの笑顔と泣き顔が同時に浮かんだ。
「ところで、明日はデートへ行くらしいね」
「……は? 何で知ってんだよ」
「相談されたんだよ。悟くんはどんな服が好きなのかな、って」
「…………なんでお前に相談なんか」
「悟のことならよく知ってるから何かあれば相談に乗るよ、と言っておいたんだ。そうしたら、恥ずかしそうに明日のデートについて早速連絡をくれたよ。本当に可愛いよね、警戒心がなくて」
「………」
呪術師として、任務の時はちゃんと気を張ってるのは知ってるけど。自分に告白してきた男に彼氏とのことを相談するとか、……いや、あいつは傑のあの告白を冗談だと思ってるから仕方ないのか? それでも死ぬほどもやもやする。ダサい考え方だって分かってるけど。
「どうせ悟はまた彼女を泣かせるだろうから、その時のために優しくしておこうと思って」
「……泣かせねぇし」
「そう? まあ、気長に行こうかな」
「うるせえさっさと諦めろ」
もう一度足を蹴ろうとしたら今度は躱されて、だけどまた同じように笑われた。
デート当日。「待ち合わせがしたい」というあいつを駅で待っていると、遠目に感知した見慣れた呪力。それに気付かないフリをしてあいつが近付くのを待って、声をかけられて振り返る。「ごめんね、お待たせ」とはにかむ彼女は、服も化粧も文句なしにかわいいし似合ってる、けど。
傑がアドバイスした要素が含まれていると思うとやっぱりちょっと悔しくて、その小さい手を掬って容赦なく指を絡ませる。「行こうぜ」とその手を軽く引いて身体を引き寄せると途端に赤くなる頬に、少し気分が良くなった。男なんて単純なもんだというけど、俺も例に漏れやしないらしい。
だけどやっぱり言っておかないと不安なことがあるので、何食わぬ顔をして言葉を探す。言わずにもやもやすんのはガラじゃないし、もし俺のこの不機嫌が態度に出たりしたらまたこいつを怖がらせる。俺には前科があるからそんなのは絶対に御免だ。
「……なあ」
「なに?」
「…………今日の服、と化粧、すげえ似合ってる」
「……! ……ふふ、ありがとう」
言おうとしていたことと違う言葉が出て焦る。いや、別にこれもタイミングを見て言おうとは思ってたけど。
でもまあ、こいつが嬉しそうだから別にいいか。照れたように柔らかく笑うその表情を見て普段の呪術師としての顔つきを思い出してしまって、改めてそのギャップにやられそうになる。
主に俺の身長と髪色のせいで周りの人間がちらちらと俺たちを見るが、そいつらはまさかこいつが、自分達よりよっぽど腕っぷしが強く、生きるか死ぬかの戦いに身を置いている逞しい女だなんて思わないだろう。
そう思うと頭を占める妙な優越感。それとあともう一つ膨れ上がったのは、紛れもない独占欲だった。
「傑に相談したんだろ。今日のこと」
「あ、うん。夏油くんが一番、悟くんのことを知ってるから」
気の置けない親友の顔が浮かぶ。今は確かにそうかもしれない。でも、お前にはもっと欲張ってほしい。言葉にできない感情が先走るこんな感覚、初めてでよく分からないが、いずれ俺を一番知っている存在になってほしいと思うのは、自分勝手が過ぎるんだろうか。
「俺に、聞けばいいだろ」
「え?」
「お前は俺の、……彼女なんだから」
お前の全部を知ってるのは俺だけがいい。その代わり、俺の全部を教えてやるから。
こんなことを思うのはただ俺がイカれてんのかもしれないけど、呪術師なんてイカれてなきゃやっていけないから、今更気にするのはやめた。
「……ふふ、そうだよね。じゃあ悟くんのこと、これからはいっぱい教えてもらおうかな」
「おう。つーか、傑とあんま連絡とんなよ」
「あ、この前のことなら、冗談だって言ってたよ?」
「……冗談だったとしても、……」
ここで「あれは冗談なんかじゃない」と言えない俺はとんだビビリ野郎だが、今は仕方ない。生まれてから今まで、欲しがればなんでも与えられたし家では全ての物事が俺を最優先にして進んでいた。だから何かを不安に思ったことも、ましてや嫉妬なんかしたことない。
こんな、腹の中で燻って時々せり上がって、何かのきっかけで細胞全部を黒く暗い感情が侵食するみたいな、こんな気持ちは初めてなんだよ。
「……嫉妬すんだろ」
「え、」
「だから、話すなとは言わねえけど、傑とあんま二人きりになったりすんなよ」
ぽかんと俺を見るこいつにだんだん居た堪れなくなったので前を向いた。今日のデートプランは、パンケーキが美味しいって評判のカフェに行って流行りの映画を見て、そのあとはこいつの行きたい店に買い物に行って、気に入った服やアクセサリーがあれば全部俺が買ってやる。俺の今日一日はお前のモノだから当然、逆も然りだ。
少しずつ俺だけのものになればいい。そのうち俺のことで頭がいっぱいになって、頭からつま先までその身体と心の全部を俺に曝け出して、お前の人生に俺が欠かせなくなったら。「傑はあの時、本気でお前のこと好きだったんだぜ」って今度こそ言ってやる。
その上で、絶対に誰にもやらねえってお前にも傑にも教えてやるから、覚悟しとけよ。