ふたりが同じ歩幅であると、知り得ないのはふたりだけ




「及川、あいつもう来てっけど」
「え、嘘でしょ!?」
「嘘」
「……い、岩ちゃん……」

 バッと窓の外を見てから揶揄った俺をじっとりと睨むその目は、如何にもなにか訴えかけている。言っていい冗談と悪い冗談がある、とでも言いたげだ。俺への視線をそのままに着替えを再開したこいつは、まあなかなかに器用な男だと思う。
 こいつはオーバーリアクションがたまにうざったいがその実、滅多に取り乱さない。……すべて、WあいつWが関わらなければの話だが。

「なに、あいつって」
「コイツの彼女が今日来るんだよ」
「え、そうなの!?」
「ちょっ、岩ちゃん!」
「うるせーわ過保護川」
「語呂悪い!」

 そう、過保護。こいつを端的に表すのにぴったりな言葉だ。チームメイト、その中でも仲の良い松川や花巻にすらも、彼女を見せたがらないし会わせたがらない。試合には呼びたいが自分以外の男との面識を持たせたくないらしく、大っぴらに声をかけたりかけられたりという接触は見たことがない。事実、目立たないところで見ておけとも言っているらしい。
 まあ、みょうじ本人に自覚はないものの、彼女はそこそこ人の目を引く容姿をしているから、気持ちは分からなくもないけれど。

 そこらの女にまったく意味不明なほどモテるヤツだが一応、ことみょうじに関してはかなり悩んでいたのは知っている。「あいつは俺のことを特別好きってわけじゃないんだよ」と俺に弱音を吐いたときには、ああ性根は不器用なやつだなと思った。そんな不確かなことで落ち込むなら本人に聞いてみろといえば、別れたくないからと噛み合わない返事。要は、怖がっていたのだろう。
 そして、そんなことをぐるぐると考えていると、また彼女にそっけない態度を取ってしまうらしい。ニコニコへらへら、そんないつものこいつの調子を知っているやつは驚くだろうが、この及川徹という男は本気で惚れた相手には、一途で真面目で不器用で、臆病なのだ。

「ていうか及川、いーかげん彼女の写メ見せてよ」
「絶対やだ」
「ふーん。今日実物見に行こ、松川」
「おう」
「……っ、あーもう、見せればいいんでしょ! はいドーゾ!!」

 すぐさまスマホを操作して花巻と松川に押し付けた及川を見て、どれだけ会わせたくないんだとため息が漏れる。みょうじが他の男に靡くかもしれないという危惧なのだろうか。彼女が絡むと、俺ってばモテモテだから、なんていういつもの自信満々なツラは見る影もない。

「うーわ、めちゃくちゃかわいい」
「まじだ。さすが及川のカノジョ」
「ていうかこの子、こないだの試合観に来てた中にいなかった?」

 ぴくり。及川のネクタイを締める手が一瞬止まったのを、俺は見逃さなかった。俺以外誰も知らないだろうが、練習試合でも公式戦でも、ほぼ毎回観に来ている。ただ、ばれたくないからという理由で、及川は彼女を見つけてもそちらを見ないように努めているだけ。コイツがうるさそうなので俺も一応、それに倣っている。
 だけどこの間の練習試合は割とギャラリーが少なかったから、いつものようには紛れられなかったんだろう。機嫌が急降下している及川を差し置いて話は盛り上がっている。

「あー、国見だっけ、この子がかわいいって言ってたの」
「……うーん、確かに見たことあるような気はしますけど……あんまり覚えてないですね。ギャラリーにかわいいとか言ってるのは確か、矢巾さんじゃないですかね?」

 どんだけ運ねえんだよ矢巾。いつもよりは少ないというだけで、それなりに数多くいる観戦者の中で、よりにもよってみょうじに目を止めるとは。今此処にいない二年セッターに同情する。あいつは明日、俺のすぐ隣で刺々しいオーラを纏うこの主将に、理不尽な要らんちょっかいを喰らうだろう。いつも以上にクソ川を見張る羽目になることに脱力した。




「……てかお前、ウチまで来るのよくオッケーしたな」

 みょうじの話をし続ける部員たちから意識を逸らすことも考えて、少し気になっていたことを問いかける。どうにかネクタイを結び終えた及川はまだちらちらと花巻たちを見ていたが、少し真面目な顔をして口を開く。

「……だってあいつが、W一回で良いから制服デートしてみたいWみたいなこと言うからさあ…。今まで全然ワガママとか言わなかったし、断れるわけないじゃん? しかも、『学校終わるのわたしの方が早いし徹くん部活で疲れてるだろうから、わたしが青城まで迎えに行くね』とか言われたらさ、いや内心すっごい渋ったけど、駅前で待たせるのとかも危なっかしいし、了承せざるを得ないっていうか」
「……ノロケか、しね」
「岩ちゃんが訊いたくせに!」
「及川爆発しろ」
「松つん急に入ってきて悪口!?」

 またぎゃあぎゃあと盛り上がる部室にため息を一つ吐く。及川、忘れてるだろうがお前、今日着替え終わったら監督んとこに行かなきゃならねえんだぞ。終わりの号令のあと呼ばれて言われただろ。まあ、忘れてるだろうが。

 松川たちに弄られながら未だにちんたら着替えている及川を見ながら、心の中でそう呟いた。そして、考える。
 さっきの様子じゃあ及川は知らないんだろうが、みょうじは、及川が彼女として自分を部員に紹介しないのは、自分が及川に釣り合わないせいだと思っている。自慢できるような彼女じゃないからだと口にしたことも何度かあった。もっとも、彼女自身は自己主張が控えめな方だからそこまで気にはしていないようだが、どうせなら松川や花巻くらいには会わせてやりたい。
 お節介だとは思うが、俺は結局、うじうじうるせえクソ川とみょうじの味方なので、まあ問題はない。

 及川が彼女に指定したらしい時間まで、あと5分。そろそろ言ってもいいだろう。監督に呼ばれている旨を伝え、慌てて及川が部室を後にしたころ、ちょうど見覚えのある他校の制服が、校門にいるのが見えた。松川と花巻に声をかけ、3人でそこへ向かう。
 まったく、いつまでもあいつらに甘い。保護者か俺は、とつい自分自身にツッコミを入れた。