恋をつくりあげてくれたあなたに飛び込む準備はできていたの




 ちらちらと寄越される視線が、どうにもいたたまれない。自分から青城へ行くと言ったのだけれど、まさか他校生というものがこんなに注目を浴びるものだとは思っていなかった。
 部活動が終わる時間だからだろうか。女の子もいるけど、人数的にはどちらかというと男の子が多いみたいだ。正直なところ、徹くんが来たときに周りに女の子がいるとちょっと怖いので、どちらかというと少しだけ安心して、そっと息を吐いた。

「みょうじ」

 ひたすらに自分のローファーの先を見つめていると名前を呼ばれたので、反射的に顔を上げる。徹くんではなく制服姿の岩泉くんが立っていて、その後ろには背の高い人がふたり並んでいた。
そのうち特に背が高い方の人は、たぶん徹くんよりも上背があるんじゃないだろうか。思わず見上げてしまっていると、岩泉くんの肩越しに目が合ってしまい、かるく会釈をして岩泉くんに視線を戻す。

「岩泉くん、お疲れさま。……えっと、」
「あー、悪ィ。チームメイトの、」
「松川って言うの。んで、こっちが花巻」
「はじめまして、及川の彼女サン」
「あ、はじめまして、みょうじです…」

 チームメイト、と聞いてぼんやりと思い出してみれば、確かにコートにいたかもしれない。再びちらりと顔を見てから記憶を辿ってみると、案外すぐに引っ張り出せた。

「2番と、3番の……?」
「あれ、俺らのこと知ってんだ?」
「試合で時々、見てるから」
「よく覚えてんね」
「こないだは、割と近くで見れたから。徹くんがアダ名で呼んでたのも聴こえたし、そうかなって」

 岩泉くんという、徹くんを除けば唯一の知り合いに会ったことからの、安心だろうか。思いの外ぺらぺらと喋ってしまって、ちょっと恥ずかしくなってしまった

「……えっと、岩泉くん。徹くんは、自主練とか……?」
「んなわけねえだろ。アイツ監督に呼ばれてっから、ちょっと遅れる」
「あ、そうなんだ」
「そうそう。だからちょっとその間に、彼女サンに話聞きたくて」
「え?」
「及川って、二人でいるときどんな感じ?」

 色素の薄い髪と肌と瞳。花巻くんと名乗ったその人が、少しかがんで問いかけた。徹くんもよくする仕草で、わたしはいつもそれに結構きゅんくるのだけれど、もしかして身長差で首が痛くなるからなんて配慮なのかもしれない。だとしたらちょっと申し訳ない。
 それにしても、どんな感じかと聞かれると、どうも答えるのが難しい。

「別に普通、だよ?」
「甘やかしまくりでくさい台詞吐いて常ににやけてるとか、そんな感じ?」
「……えっと、割と静かで、あんまり笑わないけど………」
「…………え、及川が?」
「マジで?」

 普通、という答えはそもそもどうかと思うけど、どんな感じと訊かれたことなんてなかったので、言葉がうまく見つけられなくて困ってしまう。随分違う捉え方をされているようなので修正すると、どうやら彼らのW普通Wはわたしのそれとはかなり遠いみたいだ。徹くんの素を知っているひとたちなんだなあと思うと、少し羨ましくなったのは内緒である。

「本命には素直になれないってこと? それはそれで腹立つわー」
「ていうかアイツ、まあ前から分かってたんだけどさ、どんだけ近付けたくないんだよ、俺らに」
「俺らにじゃなくてW男にWなんじゃね」
「あー。大変だね、彼女サンも」

 「近付けたくないのはきっとファンの女の子とのいざこざを避けるためと、わたしがこんなレベルの女子だからです」とは言えず、曖昧に笑って誤魔化す。横から岩泉くんが「過保護だからな」と溜め息まじりに言ったことに疑問を違和感を微かに感じたものの、なにも言葉にはならないまま、3人で話は盛り上がっている。




「マッキー、松つん、岩ちゃん。俺がいない間に何してるのかなあ?」

 花巻くんと松川くんの首に腕を回して、ふたりの間からひょっこりと顔を出した徹くんは、他のみんなが手ぶらなのに対して既に鞄を肩にかけているようだった。その目は、笑ってるけど笑ってない。でもふたりは全く動じずに「なんだ、早かったな」と涼しげだ。

「そりゃあ君たちのお陰で部室飛び出して走ってきましたからねえ? 監督との話終わって戻ったら部室にカバンあるのに3人だけ居ないし、国見ちゃんに聞いたら『岩泉さんにつれられて3人でどっか行きましたけど』とか言うし」
「お前が自慢の彼女だっつってさっさと紹介してりゃ済む話だったんじゃねえか」
「それは……そうだけど、でも見せたくはない」
「うわあ過保護ー」
「過保護川ー」
「二人までそれ言う……」

 じまんのかのじょ。少々理解しづらい言葉がでてきてぽかんとする。それを肯定した徹くんをまじまじと見つめてしまうけれど、そんなわたしの視線で伝わるわけもなく話は進んでいく。
 岩泉くんは我関せずというオーラをまとってスマホをいじっているので詰みだ。手持ちぶさたになってなんとなく周りを見渡せば、他の生徒はほとんどいなくなっていた。

「彼女サン、生で見ると更にかわいいじゃん。えーとなまえちゃん、だっけ?」
「ちょ、マッキー……。今後こいつのこと名前で呼んだりしたら練習で理不尽にサーブで集中狙いするからね」
「うわあ公私混同」
「……なまえ、もう行くよ」
「え、あ、うん」

 手首を掴まれてそのまま歩き出す。歩幅の差からすこし体がよろけたのに気付いてくれたのか、徹くんは歩くスピードを落としてくれる。そういえば別れの挨拶などを何も言えていなかったと後ろを振り返ると、3人は背を向けて歩きだしていたので、声はかけられなかった。



 いつの間にか恋人つなぎになっていた手がいとおしい。少し前を歩く徹くんは、怒っているというより、拗ねている感じだった。どう会話を切り出すべきかと考えていると、さっき落とされた歩調が更に緩やかなものになる。

「さっき」
「え、」
「なに話してたの、あいつらと」

 振り向いた彼の顔は不機嫌そのものだ。少なくともわたしの前では割とポーカーフェイスなのに、珍しい。
 だけど恐い感じは全くなくて、頭の中で選んだ言葉がするりと声になる。繋がれたままの手にほんの気持ちだけ、力を入れた。徹くんが少しだけ、いつもと違う気がするから。わたしも、いつもならあまりしないようなことをしてもいいかな、なんて思ってしまったのだ。

「徹くんのこと、話してて」
「……俺?」
「うん。二人でいるときどんな感じ? って聞かれて。割と静かだよって言ったら、びっくりしてた、かな」
「………」

 溜め息をひとつ吐いた徹くんは、道のはしっこまでわたしの手を引いて、ぴたりと立ち止まった。じっと見下ろされるので、見上げて首を傾げてしまう。「態度とかさ、同じなわけないでしょ」その一言で気持ちが一瞬沈んだけれど、続く彼の言葉で引き上げられる。

「あいつらは友達で、馬鹿な話もできるし、格好つける必要なんかないし、学校じゃあいつらと騒げる部室がいちばんリラックスしてる場所だと思うくらいだし。でも、お前は彼女だろ。ふたりになると特に、何話せばいいかすごい考えるし、格好つけたいって思うし、お前がいると落ち着くけど、落ち着かないし。……だけど」
「っ、」
「お前がかわいいことは俺が一番知ってるから。ていうか、俺だけ知ってればいいことだから、だからあいつらには会わせたくなかったのに」

 するりと頬を撫でるその手つきは、キスをするときに彼がよくする仕草だった。人通りは割と少ないらしいけれど公道であることに変わりはなくてちょっと焦る。でも彼の瞳が揺れていて、制止より先に思わず口をついて言葉が出る。

「あの、わたしが好きなのは、徹くんだけ、です」
「……知ってるよ」

 ぽつりと呟いてから再び歩きだした彼のその耳が赤くて、ああ、好きだなあ、なんて思う。
 徹くんはきっとこれからも、部活仲間に見せるような表情をわたしに見せてくれることは、あまりないのだろう。だけどきっと、こんな彼を見られるのは、わたしだけ。今度は思いきってぎゅっと繋いだ手をにぎると、強く握り返された。わたしの胸を温かくしてくれるのはいつだって、その不器用な優しさなのだ。