01.始まりの鐘は帝都より
流石に全く誰にも見付かる事はなく、とまではいかなかったが、アルノルド達は途中までは大して手間取る事もなく進むことが出来た。最初は曲がり角にくる度に四方を確認していたが、進むにつれ警戒心も薄れ、抑えていた足音もだんだん大きくなりつつあった。つまり完全に安心しきっていた。
だから、通路を進み広い空間に出たところで、幾人もの兵士に見付かるとは思ってはいなかった。
「エステリーゼ様!? 何故このような所に……外出は禁止されている筈ですが?」
言い訳もそろそろ苦しくなってきた、この人数では全員に話を通すのは難しいだろうな。まったく何故自分がこんな事をしなければならないのかと心中で愚痴った。
いっそ本当のことを話せば早いのではないかと思ったが、もしこの中にフレンを狙う者が紛れていたとしたら、それこそ事件の引き金になってしまうかもしれない。
「アルノルド隊長、これは一体どういう……?」
兵士の1人は何か正当な理由があるのだろうという目でこちらを見る。理由ならあるが、正当性についてはどうとも言えなかった為口を閉ざす。
さてどうするか。ちらりと隣に居る少女を見るが、彼女はアルノルドが言った「何も言うな」という命令に真面目に従い口を固く結んでいた。どうやら本当に自分がどうにかするしか無いらしく、彼は数刻前の自分の発言を撤回したくなった。
と、そんな時、あちこちに伸びていた通路の1つが突然騒がしくなり皆はそちらを見る。
「誰だ貴様は!!」
「捕まえろ!!」
兵士の叫びに誰か不審者でも見つけたらしいことを把握し、同時に胸を撫で下ろす。このままこちらの件がうやむやになってくれればいいんだけど、と密かに願っていたのだが、その不審者は残念な事に事態を更にややこしくした。
「ユーリ・ローウェ〜ル! どこだ〜!」
続けて聞こえてきたのは何やら聞き覚えのある声で、誰だったかと思い出す前にある事に気付く。
(ユーリ……? ユーリって確か、フレンがよく話してた……)
頻繁に話題に上げるものだから覚えてしまったその名。昔騎士団に居たらしいが、性に合わぬと言って脱退したらしい。
会ってみたいとは思っていたが、まさかこんな場面で出くわすことになるとは。
通路から飛び出してきたのは深い紫色の長い髪を持つ、フレンと同じ歳ぐらいの青年だった。
「不届きな脱走者め! 逃げ出したのはわかっているのであ〜る」
「脱走……? 何だ、お尋ね者か?」
てっきり侵入してきたのだと思っていたのだが、元騎士が騎士団に捕まるとは。思わず口から出た言葉にユーリが反応する。
「ったく、こっそりの筈が、いきなり厄介ごとかよ」
「……フレンのお友達が、どういう経緯でその厄介ごとに巻き込まれてるんだ?」
友人の名前を出されて少し驚いた顔をする相手。どうやら同姓同名の別人というわけではないらしい。
話に聞いていた通り随分過激な性格の様だ。
「あんた、フレンの知り合いか? まぁ騎士団なら知っててもおかしくねぇか……」
「知り合いっていうか、軽い友人みたいなもんだけど……それでユーリ君、友人の友人に手を出すのは気が引けるが、理由によっては俺は君を捕まえなくてはならないんだが」
せめて誰も居ない時なら見逃してやれたのに。しかし今周りには元から居た者とユーリを追ってきた者が合わさり大勢の兵が居る。騎士団に身を置く者として、脱走者を見逃すわけにはいかない。
「手荒な真似はしたくないから、出来れば大人しく……」
「待って下さい!」
そうして剣に手をかけたところで、エステリーゼが叫んだ。
「この方はフレンのお友達なんですよね? なら、フレンの事を話しておきたいんです。私はこれ以上進めそうにないですし……」
なるほど、彼に任せる気か。確かにこれだけの人数に囲まれては、エステリーゼを連れてフレンのところまで行くのは無理かもしれない。
だがこれ以上進めないのは脱走してきたという彼も同じだろう、ここで捕まって牢屋に逆戻りだ。
そうしてフレンの安否を巡っての一騒動は収束を迎えた――筈だったのだが、ユーリを囲んでいた兵士が倒れた事によって状況は一転した。
「悪いな、あんまり此所に長居する訳にはいかねぇんだ」
騒がしかった空間が嫌に静かになる。倒れた兵士が苦しそうな声を漏らしていることから恐らく、いや確実にユーリが倒したのだろうことは見てとれた。
「……成る程、武醒魔導器か」
青年の腕には、赤い石の埋め込まれた金の腕輪がはめられていた。
武醒魔導器は身体能力を向上させる効果がある、一般人でもそれをつければそれなりに戦えるようになる代物だ。
しかもユーリは元騎士、並の兵では力が及ばなかったのだろう。もっとも、この戦力差と相手の外見に油断したというのもあるのだろうが。
「あんたはどうするんだ?」
剣をこちらに向けられ、やれやれと溜め息をつく。
「青年、罪状を言ってみろ」
「罪状……って、下町の水道魔導器泥棒探してただけだっての。あいつらが勝手に勘違いしたんだよ」
「あいつら?」
「デコとボコ、あとキュモール」
何だそりゃ、早とちりで民間人を独房に入れるとはデコとボコ……って奴らは誰だか知らないけど、キュモールも間抜けというか何というか。アルノルドは呆れて剣を下ろした。
「それは悪かったな、もう帰っていいぞ」
「いいのか?」
「まぁ兵士に手を出したのはちょっと不味かったが……元は罪のない青年を牢屋に閉じ込めたこっちが悪いんだし、大丈夫だろ」
ユーリも剣を鞘に収め、「なら有難く、そうさせてもらうわ」と立ち去ろうとする。
しかしエステリーゼがそれを止めた。
「あの、ユーリさん! フレンのことで、お話が!」
一連の騒ぎのせいで頭から離れかけていた事を思い出す。
そう言えば何だかんだでこっちも助かったなと、自分達の足止めをしていた兵士達がユーリの側で倒れているのを見る。
と同時に、また別の通路から兵士の声が聞こえた。
「ちょっと騒ぎすぎたな……。俺が説明しとくから、代わりにユーリ君、エステリーゼ様をフレンのところに連れて行ってくれないかな?」
「フレンのところに? ……まぁ、それぐらいならいいけどよ。部屋まででいいか?」
「はい! 有難う御座います! アルノルドも、有難う御座いました」
ペコリと頭を下げユーリと共に去っていく少女を見送りながら、ようやく肩の荷が下りるのを感じた。
色々あったが、ともあれこれで万事解決だなと、キュモールの勝手な思い込みに振り回されやって来た兵士に真実を伝えるべく向き直った。