(side girl)


英は大学に進学したけど、私はまだ高校生だ。
一年という年月が何食わぬ顔で私たちを隔てる。
私はまだその壁に、どんなふうにして立ち向かえばいいのかわからない。

「国見先輩とは順調?」

ニヤリと口角を上げてそんなことを聞いてきた友達に、グーパンしたくなる。完全に八つ当たり。そんな名前、いまは出さないで。

「知らない」

その言葉が口から出ると同時に、顎のあたりがギュッとなって私の口角は下がった。
英のバカ。バカバカバーーーカ。

付き合ってるからなんだというのだろう。
相手の考えてることなんてわからないままだし、毎日の連絡が保証されてるわけでもないし、次はいつ会えるのって可愛く聞けるようになるわけでもない。
わたしは英の前で、素直になれない。

大学に入って3ヶ月、英にはわたしに会うという選択肢がすっぽ抜けてしまったんだと思う。
きっと大学で入ったサークルに可愛い子でもいたんだろう。ふん。むっつりスケベめ。
そもそも、私たちの関係は付き合っていたと呼べるのかも怪しいくらいにはイレギュラーなものだ。
連絡なんて来るはずもない携帯を握りしめ、今日も退屈な授業をやり過ごす。窓際でよかった。外の世界が見えると、安心する。英もこの青空を見てるのかな。




(side boy)


ぼーっと空を眺めてたら、後ろから体当たりをくらってよろめいた。

「っ、なにすんだよ」

ニヤッと笑ったその男はサークルで知り合った同じ学部の奴だ。俺の苦手な部類の、うるせェ奴。

「なぁ、いい加減ゆりちゃんに合わせろよ」
「ぜってーヤダ」
「いいよなぁ女子高生。俺にも紹介してくれよ!」
「はあ?」
「お願い!ゆりちゃんのことは狙わねーから!」
「ふざっけんなあたり前だろ」

厭悪感をどれだけ見せたところでこいつには伝わらないらしい。こういう鈍感でガサツな奴は本当に嫌いだ。
だいたい女子高生女子高生って、ついこないだまで自分も男子高校生だったくせにいつからそんな大人気取りなのか。
女子高生というくくりでゆりを見るコイツのせいで、なぜか俺まで意識してしまっているのが余計腹立たしい。

同じ高校だったゆりとは、高校という共通点がなくなったいま、連絡をとることが極端に減った。
もともとの出会いが屋上、そして会う場所もだいたい屋上だった俺とゆりは、俺の卒業とともに会う場所を失った。
ゆりはサボり魔だった。
朝練で疲れた身体を休めるのに教室の机より屋上を選んだ俺は、その屋上で豪快に寝そべってる変な奴と遭遇した。最初はお互いがお互いを面倒くさいと思ってたに違いない。
いっつも真顔でへんなことばっかり言うあいつに、先にキスをしたのは俺だ。
そのあとのあいつがこれまでに見せたこともないくらい顔を歪ませて、かと思えば真っ赤になったのはすごく面白かった。
1年前の記憶にフッと笑いが溢れて、未だ横にいるこの男につっこまれる。
うぜェ。

もともとそんなに多くは言葉を交わす関係でもなく、付き合ってるのかもよくわからない俺たちはお互いの距離感を掴みきれないまま離れてしまった。

あいつはまだ屋上に通ってるのだろうか。
俺以外の誰かへんな奴が、あの場所を見つけないといい。




(side girl)


なんかむしゃくしゃする。
なんでだろう。月イチでくるあれはこの前終わったばかりだ。
きっと英の話なんてされたからだ。
忘れようと思ってたのに。

悶々としている時にこの教室にいるのは耐えられない。
かといって屋上に行く気にもなれず、最近は保健室に行ったりそのまま教室で突っ伏してやり過ごしたりしていた。だって、屋上に行ったって英はもういない。
英のいない屋上なんて、寂しすぎる。
窓から一直線に入ってくる陽射しは暖かい。白い雲が目に見える速さで流れていく。夏が来る予感。
やっぱり教室に居られなくなって、手を上げてお腹が痛いとぼそっと告げて廊下に出た。保健室に行ってもよかったんだけど、今日は屋上に行ってみようかなって、ほんとに魔が差したみたいにそんな気になって、3ヶ月ぶりのその重たいドアを開けた。

当たり前だけど、そこには誰も居なかった。
手が届きそうな青空と、白く固められたコンクリートしかない。
でも、ここには私と英の時間が全部残っていた。

最後に来たのは卒業式だ。行かないで、って泣いた私に英は鼻で笑った。その表情とは反対に、髪を撫でる手がすごく優しくて柔らかくて、それが気恥ずかしくてたまらなくなって悪態をついた。

ああ、英に会いたい。

握りしめている携帯を数秒見つめて、電話帳を開く。奴の名前を探しだし、あとは通話ボタンを押すだけだ。
13時40分。英はいま授業中だろうか。隣の席には茶髪の女が細い腕をちらつかせて座っているかもしれない。もしかしたらデート中かも。
悪いことなんて考え出したらきりがない。
自分がここまでネガティヴな乙女思考になれるということに驚きだ。もともと男っぽいと言われてきた性格は、女子と群れないのもあいまって余計に際立った。
キスなんて英がはじめてだし、なにより好きになった男も英がはじめてだ。

なんでたったひとつ電話をかけるだけでこんなにドキドキしなきゃいけないんだろう。不良に絡まれたって上級生に呼び出されたって至って平常運転の私の心臓、なんでこんな時に頑張るの。

意を決してボタンを押して後悔する。
あーー。出ないで!
矛盾しすぎた自分の思考回路なんて誰もわかるわけなくて、ワンコールで英は通話に出た。


「…もし、もし」
『おう』
「…」
『何してんの、いま』
「屋上にいるよ」

英の声だ。低すぎず、空気をまとって柔らかく耳に届くこの声。
ツン、と鼻が痛くなって首を横にふってあわててごまかす。泣いたりなんかしない。

「ねえもっと喋って」
『はあ?』
「もっと英の声聴きたい」
『…声だけでいいのかよ』
「なにそれどーゆーこと」

なんでこんなに可愛くないんだろう。
この電話の向こうで、英はどんな顔をしてるんだろう。
屋上の四方に張り巡らされた網に手をかけて、ここから見下ろせるたくさんの流れる車と人を見据えながら、わたしはあのやる気のない顔を思い浮かべる。

『ゆりの変な顔見たい』

似た者どうしの私達は、考えることも同じらしい。
今度は私が素直になる番だ。
いつも空ばっかり見ていて、下を見下ろしたのははじめてだった。
こんなに広い世界の、こんなちっぽけな屋上で出会った私達。そんな簡単に離れてたまるもんか。

「私も会いたい、英」

英が電話の向こうでにやりと笑ったのがわかった。
言いたいことはたくさんある。会ったらそんなふうに笑える余裕なんてふっ飛ばしてあげる。屋上の次はどこで会うのがお似合いだろう。川べり?公園?案外たくさんあるんじゃないか。
制服の私と、もう制服じゃない英。
それがなんだというのだろう。
少なくともいま、私たちの考えてることは同じだ。

大人になんてなりたくないけど、未来なんて信じないけど、でもこの屋上で過ごした日々がまだここでキラキラと煌めいてこんなにも温かいまま残ってるなら、教科書や先生がどんな無理難題を差し出してきたって何食わぬ顔で解き明かして、私はあいつの元に向かいたい。
もしそこであいつの隣に私以外の女がいたとしたって、その時は制服のスカートはためかせてあっかんべって舌出して。
喧嘩なら負けないもんね。
そして屋上で二人して笑った時みたいに、小さな世界をまた築き上げるのだ。



神様の庭は広くない
170923