「なんか顔変じゃね?」
野球部に久しぶりの休みができた。それならばと、自主練すると言う洋一を恐喝、もとい説得してデートの約束を取りつけ、新しく服を買ってみたり、普段よりメイクに気合いいれてみたりして。それはもう、昨日眠れなかったぐらい楽しみにしてた。
なのに待ち合わせ場所の駅に着いて開口一番、言われたのがこれ。
「なんか……まつ毛?ばさばさ?」
「あ?」
眉間に皺を寄せて心底不思議そうに言うものだから、それは本心なのだとわかって。自分でもびっくりするぐらい低い声が出た。
「名前?」
「顔が変?まつ毛ばさばさ?それが彼女に言う言葉?」
「え、だって、いつもと違うじゃん」
「当たり前でしょ!!メイクしてるもん!!」
周りを歩いていた人の目線が一気に集まった。けど、今はそんなこと気にしてられない。洋一の無神経さのほうが重要だ。
「めいくぅ?んなことしてて遅刻したのかよ」
「っ、だったらなに!?」
「はあ!?お前がデートしたいっつーからわざわざ出てきたのに謝りもしねーのかよ!!」
「洋一が無神経なこと言うからじゃん!!」
「変なもんに変って言ってなにが悪いんだよ!!」
「っ、洋一のバカッ!!帰る!!」
鞄で洋一のお腹を叩いて、今来た道を走って戻る。ヒールだとかそんなことは気にしてられない。
もうやだ。無神経バカ。野球バカ。久しぶりのデートなのに。バカバカ。クラスも違うからなかなか2人になれないのに。まつ毛ばさばさってなんだバカ。つけまだバカ。
「洋一のバカヤロー!!」
「誰がだコラ」
人の少ない高架下の横断歩道を渡ろうとしたとき、突然手首を掴まれた。振り返るまでもなく、それが誰のものかわかってしまうのがむかつく。
「触んなバカ」
「俺から逃げられると思ってんのかバカ」
「うるせーバカ」
洋一の俊足が憎い。わたしは心臓ばくばくしてんのに、洋一は息ひとつ乱れてない。ちくしょー運動部。
「悪かったって。だから拗ねんなよ」
「拗ねてないもん」
「あーはいはい」
呆れたような声が聞こえたと思ったら、軽く腕を引かれてあっという間に体が洋一の腕に包まれた。
「名前ちゃんチョーカワイー」
「ばかにしてる……」
「だっていつもの名前の顔のが好きだし」
「……じゃあこれからはナチュラルメイクにする」
「おう。あ、今日の格好はかわいいと思った」
耳元でさらりと言われたそれに、じわじわと頬に熱が集まってきた。
「遅刻して、ごめんね」
「どーせ楽しみで寝れなくて寝坊したとかだろ。いいよ」
「自主練するって言ってたのに」
「たまには気分転換も必要だ」
「お腹痛くない?」
「俺の腹筋はそんなヤワじゃねーよ」
「野球してる洋一好きだよ」
「知ってる。俺も名前好きだよ」
ぎゅ、と洋一の背中を抱きしめ返すと、肩のあたりから洋一の匂いがする。
クレープおごってって言ったら、ヒャハッ仕方ねぇなって笑った。
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