生煮えカレー


携帯ナビを駆使して私は今、工藤邸の前にいる。
前回は協力関係を多分…一応…結べたはず?なのだが肝心の連絡手段について失念していた。そもそも電子機器の持ち込み禁止されていたせいもあるのだが、一番の敗因は私の記憶が飛んでいるあたりだろう。変なことを口走っていなければいいのだが。
護衛をつれていない事に関して刀剣男士からは苦言を頂いたが、まず姿を変えて潜伏している相手と会うのに刀剣男士の見目は目立ち過ぎる。御手杵だって地味地味言われているが周りがおかしいくらい派手なだけで御手杵自身はイケメンである。顔つきも親しみやすいイケメンだ。中身は武器らしい性格だけど。つまり誰を連れても目立つのだ。
そういう諸々の事情によるものだが正直相手の頭が回る分、同じく頭が回る歌仙を連れて行けないのが辛い。
大きなため息をついて、インターホンを押す。居なければ居ないで出直すだけだ。
「はい」
「大河です」
「ああ、どうぞ。入ってリビングへ来てください」
なのに居やがった、いや、居てくれた方が有難いのだけども。…複雑だ。
遠慮なくドアを開き、リビングへ向かう。本当に広いな、この家は。
そして野菜を煮込む優しい香りがする。
リビングへと脚を踏み入れればエプロンをつけた沖矢昴がいた。
「すみません、カレーを作っていました」
「アポイントメントもとらず、突然の訪問失礼しました。更に食事の準備中に…」
「いえ。恋人の訪問に喜ばない男はいませんよ」
まだ引き摺るかと目が死ぬのを自覚する。今の私は死んだ魚のような目をしているだろう。
最早外でそれを使うのは構わない。しかし二人きりの時は必要なくないか。
いやいや、もういちいち反応しては胃が壊れる。仕事の話をしよう。
「連絡手段のないままでは連携が取れません、そのため不躾な形となりましたが、この度訪問致しました」
「ああ…確かにそうですね。失念していました」
どうだか、と脳内で毒を吐き携帯を取り出す。沖矢昴も携帯を取り出し携帯番号とメールアドレスを交換した。よし、任務完了。撤退だ!
脳内で撤退指示のボタンを押そうとするが何故か進軍する。言わずもがな進軍させたのは沖矢昴その人である。

「折角ですし、夕飯をご一緒に」
え、やだ。と断る暇もなく、私をソファに座らせて有無を言わせぬ威圧感を出した沖矢昴に囚われることになる。
か、歌仙に連絡だけでもさせてくれぇ…!



「はい、はい…すんまっせん!はい!すみませんでした!…ごめんなさいぃ……ハリセンは嫌だ、です!はい、ちゃんと早く帰ります…すみません、はい…」
電話先で小言を頂きながら見えていないのをわかっているのにペコペコ頭を下げてしまうのが日本人の悲しい性…沖矢昴の視線を背中に感じながら電話を終えれば重いため息が漏れる。許してください、出ちゃうものは仕方ない。

「どなたからです?」
「…私の教育係です。貴方と会うことはないかと思われますが」
「是非紹介して頂きたいですがね」
「目立つんですよ、いろいろと」

あいつ、まつ毛バッサバサやぞ。雅雅うるさいぞ。内番のときとかマルチーズやぞ。
再びため息をつく。別段動いたわけでもないが疲れた。多分心労だ。

「ため息をつくと幸せが逃げますよ」
「ため息をつこうがつかまいが、芋づる式にゴッソリ消えるものでしょう?幸せなんて」
グツグツと煮えるカレーのスパイシーな香りが鼻をくすぐり食欲を刺激する。
これで共に食事する相手が沖矢昴でなければ…なんて思いつつ、出来ましたよという一言にソファから立ち上がる。
席に付けば綺麗に盛り付けられたカレーの登場だ。
手を合わせて
「どうぞ、めしあがれ」
「いただきます」
スプーンに掬い一口食べてみた…のだが。
野菜生煮えやん……。
歯ごたえ抜群の野菜を咀嚼する。
なんか思い出すなぁ、と思ったあたりで記憶が蘇る。
野菜を飲み込んで出たのは笑いだ。
「ははっ、生煮え…!」
「…すみませんでした。ですが笑えるところがありますか?」

思い出したのは短刀、打刀による初めてのお料理だ。
私が本丸入りした当初、まだ数が少なかった刀剣男士達だが比較的ドロップ鍛刀しやすいメンバーが集まり料理を振る舞ってくれたのだ。
いつもの厨メンバーがハラハラしながら覗き込もうとしたり手伝おうとするのを押し出して作られたカレーも、確か同じような生煮え加減で。

「ぷっ、……懐かしいなあ…。沖矢さんも彼らと同じミスするんですね」
「…貴女も、そういう風に笑えるんですね」
「人の家じゃなければ腹を抱えて笑ってましたね。そして教育係に制裁されるまでがワンセットです」

たかだか二年前のことをこんなにも懐かしむとは。再びスプーンでカレーを掬い、生煮えの野菜が混じるそれを口に運び咀嚼する。ああ、懐かしい。
こちらを見る沖矢昴の視線もそこまで気にならないまま、個人的には穏やかに食事ができた。やっぱり歯ごたえはワイルドだったが。






「ごちそうさまでした。美味しかったです。また、連絡しますね、沖矢さん」
「お粗末さまでした。ですがこのは、沖矢さんではなく」
「おきゃーさん」
「お母さんみたいなイントネーションはやめろ」
「その顔でその口調やめろ。…わかりましたよ、昴さん」
”大河このは”という女は表情が豊かではない。負の表情は浮かべることは多いが。 その女が微笑みながらお世辞にも美味しいとは言えないだろう生煮えのカレーを完食し、穏やかな表情で工藤邸から去ろうとしている様を見て沖矢昴は彼女を絡めとるのは簡単そうだと判断する。
このはが心を許せば自ずと好奇心からくるものを教えてくれるタイプだろうと。例えるならば犬だろう。彼女は子犬だ。

このはが訪ねてくる数日前。沖矢昴、もとい赤井秀一が工藤夫妻から与えられた情報はとてもではないが信じられないものだ。
過去を護り、未来を護る。その為に未来の技術で過去に飛ぶ審神者という立場にある人間がいると。
工藤夫妻の協力を得る代償として追加された大河このはとの協力関係は、一見して無意味にも思える。
自分の死期が早まる可能性も結果的にはあるとは言うが、このはの言動を見るに嘘は得意ではないのだろう。嘘ではないが本当でもない。このはが阻止しようとしている事は別にある。
しかし禁則事項だの情報の開示は許されていないだの追求を真っ向から拒否する姿勢から只事ではないのかもしれない。
協力関係を結ぶことを望み訪問しながら、その協力関係を利用しようとしていないような態度には疑問を覚える。
だが、やはりこのはは正直者だ。馬鹿正直だ。
近づけば、また何かわかるだろう。
ただし、この件に関して江戸川コナンを巻き込むなとキツく言われている身としては気を引き締めなければならない。
彼のことだ、疑問を覚えれば確実に首を突っ込んでくるだろう。
その結果、鬼が出るか蛇が出るか。

「このは、家まで送りますよ」
「…私の家知らないでしょう。ナビ苦手なので結構です」
「知ってますよ?」
「やっぱりか!ああもう、ほんと油断した…」
頭を抱えて唸るこのはの手を引き、沖矢は車へと誘導する。抵抗しないのは諦めた証拠だろう。
「セーフハウス変えたい…」
という呟きからそう易々と転居出来ないことを察する。このはは隠し事も苦手なタイプのようだ。
送る車の中では魂が抜けたように大人しく、マンションの前に下ろすとフラフラとこのはは玄関ホールへと姿を消して行ったのを見届けて、沖矢は再び工藤邸へと戻っていった。


だが沖矢は知らない。
馬鹿で馬鹿正直で、馬鹿だからこそ馬鹿なりに考えている事を。仮初の恋人も、意味があるのだと。その関係を利用しようとしていることを。
沖矢は知らないのだ。