その意味は


未来に生きるものが過去に生きるものを救おうとするな。見捨てろ。過去の者を救えるのはその時その場所に生きている過去の人間だけだ。
憐れむな。同じ気持ちになった気でいるな。それはその人物に対する侮蔑だ。
傷を受けた気になるな。勝手に罪悪感を感じて己で傷をつけ大事に抱くな。それは自傷でしかない。
加害者ぶるな。悲劇のヒロインになるな。それは自分に酔っているだけだ。
己の感情にのまれるな。策を考えろ。動け。

それが、歴史を守るということだ。






私が審神者であることの意味を知ったのは、弟が倒れた時だ。
盲腸で政府お抱えの病院に暫く入院することになり、その間の指揮が取れなくなった。
私は弟の制止を振り切り政府の命に従った。本丸でしか安心して生きられない今、本丸の運営に支障をきたしてはいけないと。
私は、それ以外なんの覚悟もなく歴史を守った。
そして思い知ったのだ。弟がやめろと言った意味を。

それから私は何事も無かったかのように振舞った。
無関心を貫いた。
過去は過去だ。敵を屠る策以外、考えることをやめた。
考えるだけ、考えてもどうにもならないのだ。
担当は嘲笑いながら言葉だけなら私を褒めた。
「正規の審神者でないことが、在らざる者であることが残念だと思う程には優秀だ」と。
その程度の嫌味を無視出来ず舌打ちをして踵を返した私に、担当の笑い声だけが妙に大きく聞こえていた。

だからこそ、救済を阻止せよと言われてもいつも通りではないかと思った。
ただ、誰かもわからぬ敵の監視という投げやり感溢れる命令もあるせいで面倒この上ないと、神は死んだと天井を仰いだけれど。
誰が死のうが関係ない。
本丸という現世とも異界でもない切り放された空間にいる弟はともかく、現世に来た私は歴史が元に戻そうと強く働けばどうなるかはわからない。
だからこそ保険をかけた。私は私の存在が消えないよう抗いながら弟だけでも消滅しないよう、本丸を維持するために武功を上げればいい。
その為に過去を守っているだけに過ぎないのだ。
それが悪だと責めたければ責めればいい。
そのスタンスを変えるつもりは無い。
そうある為に、現世に生きる人間に入れ込んではいけない。
それはいずれ重荷になり、いつか動けなくなってしまう。
弟と本丸の事だけを優先しろ。深入りするな。無関心を貫け。

全ては、自分のために。


「いらっしゃい、このは。今日も来てくれたんですね」
「もう!呼んだのは昴さんですよ!」
いくつか用意したテンプレをお互い口にしながら、私は沖矢昴に手を取られ工藤邸の中へと入る。これもテンプレのひとつだ。
こんのすけから告げられた会議には日数に余裕があるため、私は足繁く沖矢昴が間借りしている工藤邸に通っていた。
別に何をするでもなく、ただ暫く工藤邸に滞在し、頃合いを見て沖矢昴に見送られながら去るだけだ。
繰り返せば繰り返すほど、敵の歴史改変の動きは活発になる。
工藤邸にいながら端末から指揮を飛ばすこともあれば、本丸カッコカリで指揮することも多い。
繰り返せば繰り返すほど、鋭くなる視線にそろそろか、と判断する。あの視線には沖矢昴も気づいているだろう。
あとは沖矢昴を巻き込まないように敵を捕らえる罠をはるだけだ。
そうなった時、編成はどうしようか。会議があるから亀甲と村正を呼び戻して連れていかねばならない。そうなると鳴狐と歌仙を戻すべきだろうが、歌仙が簡単に引き下がるとは思えない。だとしたら獅子王を戻して……。いや、会議の前後は弟から借りた刀剣の事を知られる、気付かれるのはまずい。早急にあのメンバーを弟本丸に戻して亀甲と村正で片をつけるしかない。となると…と、山のような吸殻の乗った灰皿を片付けながら思案する。キッチンからは香ばしいような、甘ったるいような香りが漂ってきて、沖矢昴はカップを両手にこちらへと来ていた。

「片付けていたのか」
「気になったから。つか吸いすぎでは」
「くせのようなものだ。気に入らないか?」
「んーん。吸ってるの眺めてるのも暇つぶしになるからいいんだけどさ」
「シャボン玉を眺めるのも好きだと言ってたな」

この男との会話も遠慮がなくなってきた。これはまずい傾向であるがお互いの関係は割り切ったものである。特別なにかが起こるようなこともない。
……金の件については置いておこう。置いて置かせてほしい。

「飲め、甘くしてある」
そう言って差し出されたのはココアだ。私の好きな飲み物。
…前言撤回。なんだかんだで趣味、好みを把握される程度には交流をしている。客観的に見てみれば魅力的ではある男とこうして連日顔を合わせていても、結局頭を埋めるのは敵のことという残念な事実に、私は安心していられる。
片付け終えた灰皿を元の場所に戻して、カップを受け取り1口飲む。




ああ、甘すぎてまずい。
なにが、とはあえて言わないでおこう。