ころげおちて


彼氏(仮)と書いて敵と読む奴らが相手してくれないまま、会議の日になった。




弟本丸から一応、と持ち出していた正装をクローゼットから引っ張り出して着付けをする。今回はゲートから目的地へと移動できるようになっているらしく交通費がかからない。やったぜ!!前の日から歩いていかなくて済む!と喜んだのも束の間。請求書が届き私が寝込んだりもした。
ストレスや焦りからくる不安感を常に感じてしまう状態になりつつもどうにかこの日に漕ぎ着けたのだが。
しかし漕ぎ着けたからといって助かる訳では無い。この世は地獄です…。
話を戻して…着付けは出来るが時折やりづらいところもあるため、亀甲や村正を遠慮なく使う。着付けは祖母の教育の賜物であるが半分以上忘れてた婆不幸を許して欲しい。歌仙に改めて文字通り叩き込まれた経験からもう刀剣男士に肌着を見られた程度では別に良くね?と思うである。因みにコレをいうとまた歌仙からの説教は確定なので心の奥底に留めておく。
また再び殆ど1人で着れるようになったから告げ口はしないで、ばーちゃん。
顔布もつけて準備完了。しかし顔布を目元まで上げたので前が見えない。ドラマで見た貴族が目隠しして女の子を追いかけるアレを思い出す。
「どこだ亀甲ー、村正ー」
なので両手を突き出してフラフラ歩いてみれば亀甲からの突撃を受ける。
いや。抱きついてきただけだが私の身体へ伝わる衝撃は突撃と称した方が近いのである。刀剣男士とただの人間の差をなめてはいけない。短期間とはいえ離れている間に随分と甘えたがりになった二人はちょいちょいこういう戯れをする。
今回は会議の為、二人とも戦衣装なので胸板ではなく布の感触であるから亀甲で間違いない。なぞはとべてすけた!
と、アホも程々にして必要書類という名の担当から金を巻き上げる為の証拠書類をファイリングしてビジネスバッグに入れる。それを亀甲に持たせて(私たちの中だと持ってても違和感はあまりない人選)、会議場のある施設の入口に続くゲートをお付の二人にエスコートされながら私は潜ったのだった。







江戸川コナンは考えていた。
大河このはという女が沖矢昴、もとい赤井秀一と繋がりがあったというタレコミは今の姿での同級生である吉田歩美によるものだ。まるで恋人のようなやりとりだったと興奮気味に話してきたのも記憶に新しい。女という生き物はこういう話が好きなのかと幼馴染たちの姿を思い浮かべては呆れたが、自分の知る大河このはの態度と似ても似つかぬやりとりのようだった。

「彼女の協力者…といったところだ。彼女は組織ともFBIとも関係はない。強いていうなら…彼女のストーカーを捕まえる手伝いだな」

というのが赤井秀一の言葉である。
未だ不審な点ばかりの女であるが金に困る一般人というようなイメージ…というよりも上司に恨みつらみ呪いを呟く姿の方が色濃い。
赤井秀一からはそれ以上の情報は引き出せないまま、今日は小五郎に依頼した山奥にある家に住むという依頼者の元へ向かう車に毛利親子、コナン、弟子の安室が同行していた。
木々に囲まれたそこは和風建築でまるで城のような立派な建物である。
依頼者である相模善子さがみよしこという30代ほどの女性とその息子である7歳くらいの直人なおとが出迎えた。
「遠方遥々、ありがとうございました」
「いえ、依頼があればどこへでも…!」
小五郎が善子に鼻の下を伸ばし胸を叩く姿に蘭は怒りを押し込め、コナンと安室は苦笑した。
そしてコナンは赤い鳥居を見つけ指を指す。
「あれ、なあに?」
「ああ…鳥居ね。あの先が離れになるのだけれど」
「あそこには入っちゃダメなんだ。今日はパパと偉い人たちが集まってるし、特に子供は入っちゃいけないんだって」
善子の言葉に続き、直人が話す。
「どうして?」
「あの鳥居の先は神様のいる場所だからだって」
「8つに満たない子供があの森に入ると、気に入られて隠されてしまうと言われているんです」
「ふぅん…」
よくある伝承のひとつのようなものか。そう思いながら鳥居の奥に続く階段を見つめていると、奥から何かが転がり落ちて鳥居の外へと投げ出された。
着物を着た、女性である。
蹲り嗚咽を漏らす女性に皆が驚き、駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「さっきのおねーちゃん大丈夫!?」
「名無様!」
抱え起こした安室の腕の中にいる顔布をつけた女性に相模親子が呼びかける。

「(ななしさま…?名無しなんて変な名前だな)」

コナンは頭の隅でそう考えていると、安室の腕の中で咳き込みながら恨めしそうな声が顔布越しに聞こえてきた。その声が聞き覚えのある声だと驚いたのはコナンだけではなかった。

「あのやろ…遠慮なく人の顔殴り飛ばしやがって……」
頬をおさえながら自ら身を起こし「いてて」と呟きながらキョロキョロと周りを見回す。
「あ、ご心配おかけしまして、大丈夫です…着物以外。貞宗!村正!」
ペコペコと周りに頭を下げたあと、鳥居のある方向へと呼びかければ走り降りてくる2つの影が現れた。

「ご主人様!」
「主…!」

焦ったように女性に駆け寄る二人の男にとうとう考えることを放棄したくなった。
1人は黒いシャツに白いスーツ薄い桃色のネクタイ…ここまではいい。しかし鎧の袖や草摺のようなものをつけているのは何故だ。
いや、彼はまだいい。問題はもう1人の方である。
胸元が晒され逞しい胸板が見え、いっそ惚れ惚れするレベルではあるが、腰から下を出来れば視界に入れたくない。
男らしい上半身とは裏腹にスリットから覗く筋肉質ではあれど美脚を晒しており、どこか女性的な色気がある。不思議と下品とは思えないのは着ている人物によるものだろうか。

「大丈夫かい?ああ…こんなに汚れて…!」
「どうして止めたのですか?脱いで差し上げマスのに」
「村正、今その言葉選び誤解しか受けないからね?あと、大したことない。騒ぐな、貞宗」
二人を諌めた彼女はこちらを向き深々と礼をする。
「突然の騒ぎ、申し訳ございません」
「お顔をお上げください名無様!……主人がまた…」
「ああ…やられたよ」
顔を上げた彼女は頬に触れ、その後今更気づいたかのように着物の砂埃を払う。
申し訳なさそうに目を伏せ震える善子に今まで黙っていたコナンが口を開き彼女の名を呼ぼうとすると、「待って」と言葉を被せられる。

「ここでは、私の名を呼んではいけないよ。名は呪だからね」

は?と毛利親子、コナン、安室は首を傾げるが相模親子は頷いている。
このはは顔布をずらして目元を覗かせると首を傾げる彼らに困ったように笑い「つまりは面倒ごとになりかねないんだ」と要約していた。
さて、と。とこのはは鳥居の先を見上げ少し悩むような仕草の後に面倒くさそうに息を吐いた。

「奥さん、向こうが終わるまでお家にお邪魔させてください。あと湿布があると有難いんですけど」
「えっ!構いませんし湿布もございます!ですが、向こうはよろしいのですか…?」
「呼び出しておいて殴り飛ばして追い出すような奴のところに好き好んで行きませんよ」
「……主人が…本当に…!」
今にも土下座しそうな善子に「面倒なのでやめてください」と冷たく言い放つも、このはが殴られている事実もありフォローを入れるに入れられない状態が続く。
このはの後ろで「愛のない痛みに価値はないのに!」と怒りを露わにする貞宗と呼ばれた男にどう反応していいのかも謎だ。脱ぎましょうかと発言する村正と呼ばれた男はもっと困る。後者に至っては流石にこのはに諌められていたが。
そそくさと屋敷に案内する善子に続き、彼らは屋敷に入っていく。

「ねえ、お姉さん」
「なんだい?」
「ここへは、お仕事できたの?」
「多分ね」
「多分?」
「仕事の話になる前に口論になってね。殴り飛ばされて最上段から落されたわけ」
顔布をつけたまま、「命があるだけ儲けだわ」と呟く彼女に小五郎が「殺人未遂じゃねーか」と善子に遠慮したのだろう。先を歩く親子に聞こえないように言った。
その通りである。「被害届は」と聞いた安室には「出したところで意味もない。彼女らには悪いがうまい具合に弱みにできたら奴を社会的に殺す、絶対殺す。社会的に」と本気なのだろう、真剣味を帯びた声色で答えられた。安室には妙に怯えるこのはが怯えもせず応答しているのも、おそらく上司である相模善子の旦那に対する怒りが勝っているのだろう。

今回もまた、何か面倒なことが起こりそうだとコナンはため息をついた。