犠牲は厭わない


ある人は私を絶望的なまでに意地っ張りだと言った。私の美徳であり、人として悲しいことだと。



担当と顔を合わせると案の定口論になり殴り飛ばされた上に階段から落ちた。
じくじくと痛む身体は段数から考えれば軽いものだが、地味な痛さは歓迎できない。
通された広間は最低限の家具以外何も無い。
そりゃそうだ。ここは政府関係者が集まる場所だし担当一家は管理を任されている身である。
本来ならば今回の会場である離れに戻るべきだが、敵襲から守るための結界を張られ、締め出しを食らった私は仕方なしにここにいる。また面倒なことになったものだと周りを見渡して思う。
使用されてきた年月は感じても生活感のあまりない部屋に探偵たちも疑問を持っているようにも見えるし。
「少々お待ちください、今お茶を用意いたしますので…。直人、薬箱を持ってきてちょうだい」
「はーい!」
親子はそう言って姿を消す。
とりあえず座りましょうと各自ちゃぶ台を囲み座れば、早速探偵たちは私の連れている二人に興味を示した。

「あんた、なんの職業についてんだ?それに、その二人の服とかよぉ…」
「一応神職かと。この二人の衣装については支給されたようなものですから」
眠りの小五郎こと毛利小五郎に嘘は言わずに本当のことも言わない。衣装については最初から着ていたものだし、ジャージとかは流石に政府から支給はされるが戦衣装に関しては最初から着ていたものだ。
「ねえねえ、お姉さん。さっきお兄さん達がご主人様とか主って呼んでたのは、なんで?」
「えー…私の部下なんだけど、その…特殊な、えーと……決まり…?」
コナンくんの言葉に視線を逸らし遠くを見る。考えても見てほしい。誤魔化す内容として中身はともかく小一男子に性癖という単語を使えるか?流石の私でも無理である。どう言い訳するかと苦し紛れをしていれば村正と亀甲が助け舟を出した。
「huhuhuhu…ワタシたちは彼女の名を知ること、言葉に出すことを禁じられているのデス。先程彼女が言った通り、名は呪デスから」
「名前は魂と直接結びついているからね。力あるものが真名を知れば握ることも出来る。それを避けるために真名だけではなく本名も隠しているんだ。真名から文字られているケースもあるからね」
「ワタシたちの名は彼女に預けていマスから我らは彼女を主と呼んでいるのデス」
交互に続ける説明に、イマイチぴんときていないような探偵たちの表情に苦笑する。まあ、そりゃそうだろうと。
「言葉はつまるところただの音だ。だけど、そのただの音で人を癒し傷つけ操り殺すことも出来る。それが名であれば尚更だ。念には念を、ね」
聞いていた安室透が口を開く。
「それにしても、何故名無と?」
「正式に任についているわけではないから識別名を持ってないんだ。だから名無」
「任…とは?」
安室透の瞳の奥が鋭くなる。正直やめて欲しい。

「名無様」
それをぶった斬るように人数分のお茶をお盆に乗せた奥様が戻ってきた。その後には薬箱を抱えた直人くんがいる。
奥様ナイス。担当(の毛根)死すべし慈悲はないと思っているが私は貴女は好きだぞ。

「いてて…」
大きな湿布が頬を包む。ひんやりしたそれがじくじく、ズキズキと刺激してきてもはや私は涙目である。そんな情けない姿を見られたくなたいので再び顔を顔布で覆って隠す。せめて痛みが引くまではこうしていたい。
茶をしばくほかの面々は何故ここに来たのか今更ながら気になる。痛みから意識を逸らすためにも聞いてみようと思い、口を開いた。
「そういえば、あなた達こそなんでここに?」
「依頼だよ、い、ら、い」
小五郎さんの言葉に善子さんが続く。
なにか不穏な空気を察知したらしい蘭ちゃんは直人くんを誘い部屋から出ていった。残りたがるコナンくんも引き摺って。
それに感謝しているような善子さんが足音が遠ざかってから口を開く。

「夫の…浮気の証拠を探してほしいのです」

蘭ちゃんの偵察能力高いな?確かにこれはお子様の前では言えまい。
ずずっと茶を啜り話を聞く。

「親密な関係…というような感じではないのですが、女性の影が昔からチラつくのです。ここ数年は羽振りが良く、最近は特に…」
「私とかの給料の大半をポケットにないないしてるからなあ」

そりゃお財布潤ってんだろうよ、と。思わずケッと言いたくなる。こちとら雑草ひとつ生えてない砂漠である。風が吹けば砂埃が舞う程度。ああ悲しい。

「あんた、どんだけな目にあってるんだよ」
「お互い殺意を向けあってるだけさ。それと奴が未成年に手を出しただか出しかけたとか噂は耳にしてる。ありゃ死んでもどこにもいけないって確信もてるくらい恨まれてるからさっさと縁切った方が身のためだよ、巻き添えであなた達親子まで恨まれたら笑えない」
私の言葉に善子さんが顔を手で覆い泣き始め、残った二人の探偵は顔を歪ませる。こちらは善意100%でも彼女にしてみれば仮にも愛した男のそんなこと知りたくはなかっただろう。忠告の仕方を間違えたようだ。
「未成年に?」
「あくまで噂だけどね…下についてる私もよく睨まれてたから内容はともかく、あながち嘘でもなさそうだ」
演練の時など恐らく被害者だろう子に会えば怯えられ刀剣からは睨まれる。こちらとて好き好んで奴の下についてるわけではないのは、顔を合わせる度に口論や嫌味の言い合いを見て理解して貰える事も多いのだが坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、である。つまり彼女には巻き添えで恨まれないように、とは言えど私は既に巻き添えで恨まれている立場にあるのだ。弟と本丸を人質に取られ人からは恨まれ…人生ってほんとクソゲー。
鶯丸の煎れるお茶と違った味に舌が受け入れず飲むことをやめて湯呑みを置き、言葉を紡ぐ。
「あいつ、意外と記念って言葉好きだったでしょ?浮気だなんだしてるなら記念とか言って何かしら残してるはずだよ」
「嫌いあっている割には詳しいんですね?」
「棘を感じる……。それこそ嫌いだからだよ」
じくじくと痛む頬と視線と言葉の棘がズキズキと刺さる。なんで私が責められなければならぬのか。本当に人生クソゲー。
そして黙って後に控えている村正と亀甲の鋭い視線は安室透に向いている…のだろう。妙に不穏な空気を後から感じるのだから多分そうだ。
ため息をついて後ろを振り返り手で制止すれば「なんで」と聞きたがるように視線を向けられている気がする。
それでも手のひらを向けたままの私に諦めたように不穏な空気はなくなった。
再び身を正して言葉を繋げる。
「会議もいつ終わるかわからない。奴が帰ってくる前に探した方がいいよ。そんで帰ってくる前に私はトンズラする」
「堂々とした逃走宣言デスね」
「戦略的撤退と言え」
味方から背を撃たれつつ軽口を叩く。撤退先も奴の陣地と言っても間違いではないが嫌がらせ程度にはなるだろうと考えるあたり、私も性格が悪くなったものだ。
とりあえず彼らは立ち上がり、まずは書斎代わりの部屋へと向かおうと話し合っていた時だ。
無遠慮に開かれた襖の先に、平野藤四郎の姿がある。焦ったような様子で、彼は口を開いた。
「伝令!ただちに離れに!菊花担当が…!」



担当、死んだってよ。なんだかこの流れいつだかにやった気がする。
離れに集まったのは本邸にいた親子、探偵たちと蘭ちゃんとコナンくんプラス私たち。そして元々離れで会議していた桜花派の担当と男女比1:2の3人の審神者たちプラスその刀剣男士だ…だが1人は刀剣を連れていない。
担当の死因は刺殺。いつか刺されるか斬られるかはされるとは思っていたが本当にされてやがる。ダイイングメッセージになり得るものも無し、というのが探偵たちの判断である。泣き崩れる親子には蘭ちゃんがつき、探偵たちはこちらを見ている。
「とりあえず、あんたらの名前を教えてくれ」
「…桜花派の担当、清水と申します」
「桜花派、すももです」
「平野です」
「同じく桜花派、スザク」
「…国広だ」
「梅花派の庭梅です」

「は?梅花派…?梅花派は未参加ではないのか、桜花派担当」
「…今回から参加が決定したと貴女の上司は言っていましたが。知らないのは貴女のサボりのせいでしょう」
「こっちだってサボりたくてサボってない。うちの担当に階段から落とされたあと締め出しくらってたんだよ」
「え…?」
腕を組みめんどくさくてため息をつきながら言えばほかの派閥のメンバーは動揺するように顔を見合わせていた。
「とりあえず名乗ろう。菊花派、名無」
「貞宗だよ」
「村正デス」
「本名名乗らねぇのはこのネーチャンが言うように名は呪だからか?」
「……そんなところです。禁止されておりますので事情はお話出来ませんが。それより名無…様。後ほど先程の件について詳しくお話願いたい」
「こちらこそ頼む。奴が死んだ今、こちらは困っているところだ」
証拠書類も貞宗の鞄に入っている。この際あの親子には申し訳ないがこちらとて生活に任務に書類にと多方面で困るのだ。自分優先で行かせてもらおうと対応する。

「まるで、ショックを受けてないんですね……冷たい人」
ぽつりと、庭梅と名乗った刀剣を連れていない審神者が呟く。間を置いて、私は顔布を取って笑った。
「お互いがお互いの存在を消したがってた仲だからね。どうせなら社会的に首落ちて死ねとは思ってたからちょっと残念かな」
「……あなたが殺したんじゃないの?」
「そりゃあ無理だ。あんた達が奴に会っていた頃にはずっと彼らと行動を共にしていたからね。それに、私だけじゃないさ。奴を消したがる人間は。外部の線を疑えばキリがないだろうね。刺されるべくして刺されたってやつさ」
睨むようにこちらを見る彼女へヘラヘラと笑いながら、観察する。
「だからって…!遺族がそこにいるのよ!?」
「だからどうした」
「…話にならない!」
怒った庭梅はそっぽを向き、各方面から責めるような視線が刺さる。口を開きかけて、言葉を飲み込むように閉じる。言うべきはそれじゃない。改めて口を開き、これからすべき事を言った。

「ま、それよりも犯人探しましょうよ。


この中にいれば、の話だけど」