欲しいものほど届かない


そこに居ても、どこにも居ない者。
存在しないのに、存在している、存在していないはずの者。そして、いつか消え失せる者。

肉体

精神
記憶
記録
全てが無になる。しかし無に還ることすらできない。その無に還る資格もないのだ。

それが、私達だ。




「ぜ…はぁ……んで…はぁ…ごごにぎだ…ゴホッ…りゆー…はぁ」
「ちょっと息を整えてからにしましょ…?」
体力の無さが災いして多少走った程度で半分死んでる私に、庭梅が戸惑い気味に言う。ありがたや。
しかしそこまで時間はない。少なくともコナンくんと安室透は追いかけてきているはずだ。村正がこちらに向かってきている気配も感じているし。
「はぁ……ありがとう。落ち着いたところで聞きたい。貴女は知らなかったんだな、別のヤツらの刺客が紛れ込むこと」
「…ええ。当たり前でしょう?知っていたら審神者として捕らえていたわ」
「何故とぼける。ここにあえて貴女を連れてきた理由なんて分かっているだろう、行方不明と言われていた審神者の庭梅」
「…貴女を害するつもりはないわ。この件から手を引いて。あと、担当の事は想定外だったわ」
「担当の事はそうだろう、犯人は貴女と同じでも同じじゃないからな。だが、この件から手を引くに引けない。悪いが断る」
「なぜ?」
「他の奴にもちょいちょい喧嘩ふっかけてるからな。あとは……私のためだ」
庭梅は審神者ではない。いや、審神者だった。審神者の任務を放棄し、行方不明扱いになっていた、恐らく友人本丸の前任だ。
その話は聞いていたし名前も聞いていた。最初はたまたまか、友人が継がなかった庭梅の名を違う者が継いだのかとも思ったけれども。友人の話を思い出せば思い出すほど確信に近くなっていた。
派閥は違うし任期もさほど長くない経歴から桜花派の担当は気づかなかったのだろう。さらに、彼女を引き入れたのはうちの担当だ。どこから連れてきたのか、見つけてきたのかは謎ではあるが。
彼女が口を開く前に私が口を開くことで話の流れをこちらに持っていく。
「担当はどうせ貴女を騙して、ここで捕らえる安易な算段だったのだろうが…」
「予定外の客に殺された」
「そこで疑問なのが何故やつを狙ったのか」
「恨み?」
「そのお客さんが貴女と同じ元審神者なら無くはないな」
「だとしても私は貴女達に捕まるつもりはないわ!あの人が、あの人達が生きている未来を掴み取るまでは!そして…あの人にまた会うんだから…!」
彼女は私と少し距離を取り、こちらへ手のひらをかざす。すると魚のような骨の…短刀が2振現れた。
それを見て私は両手を軽くあげて交戦の意思は無いことをアピールする。
「私は今貴女と殺りあうつもりはない。ただ、引けない理由のひとつに、協力して欲しいだけだ」
「何を戯けたことを…!」
彼女が噛みつこうと、短刀達という牙をこちらに向け吠えた時、私は言った。

「赤井かける安室とか安室かける赤井とか、スコッチかけるバーボンのカップリング、その他諸々…好き?」
「………へ?」















作戦は大成功である。
村正と他の審神者の刀剣が部外者全員を離れから遠ざけ、他の審神者(プラス刀剣)は既に撤退済と連絡が(庭梅の方に)きた。担当の遺体や遺族も政府により保護保管。桜花派担当もすでに政府のゲートであろう。
周囲を見渡す彼らを合流した村正と亀甲、私と庭梅は木の上から見下ろしつつ、隣にいる彼女へと小さく声をかける。

「協力感謝」
「利害が一致しただけだわ」

彼女の目的が当初こんのすけに告げられた通り救済であるなら、もう一方のホモ歴史改変を目的とする奴らも彼女にとって敵である。お互いやりあってる時にホモォ歴史改変に漁夫の利を狙われれては困る。
ならば手を組みませんか、と提案したのだ。嘘は言わない。本当のことしか話さないと約束した上で。

「その割には私のこと心配してくれてるよねぇ?」
「在らざる者は本丸保護が義務付けられているのよ。…約束、果たしてくれるわよね」
「向こうさんを捕まえればこちらの手柄としては上々だからね。そちらが約束を反故にしないかぎり本丸に戻って半ニート生活再開さ」

確かに私だけに任務は課せられた。が、担当が死に、在らざる者であることを堂々と宣言できる今。この任務から降りることが出来る。
在らざる者は本丸で保護する決まりである。それは存在を失った在らざる者が歴史修正主義者となる事を阻止すると共に監視するためだ。
本来現世に私を置いておくことは重大な規約違反なのだ。
つまり大義名分とこれまでの戦果を掲げて本丸に帰ることが出来る。
なのに何故彼女と手を組もうとしているかと言うと…単に更なる手柄が欲しいのだ。
これだけだとただのクズであるし否定も出来ないが、今までいくら訴えようと担当を罰して来なかった菊花派はもう見限るべきだ。桜花派へエクソダスするにも「菊花派嫌だから桜花派入れて!」と門を無遠慮にダンダンと叩くわけにもいかない。
「自分らこれだけの戦果と実力ありますぜ、如何ですかい旦那ァ」と自分を売り込むことも必要だ。そもそも本丸の主は弟なのだから私は決定権こそ持ち合わせていないが、菊花派に残るとしても桜花派へエクソダスするとしても、これからの身の振り方の選択肢をいくつか用意しておく事は悪いことではない。つまりはどこに差し出すかは後回しにしても、手土産が欲しいのだ。
もし彼女と手を組んだことがバレたとしても「自分は正規の審神者じゃないから知らなかったし、違反についても知らなかった。庭梅は死んだ担当が連れてきていたから審神者だと思っていた」なんて適当な理由をつければいい。彼女も互いにこの件に関しては知らぬ存ぜぬを貫くと約束させた。
手柄が入ればさっさとトンズラである。彼女のことは、あとの審神者に任せようという他力本願。自分在らざる者なんでぇ、そーゆーの知らないですぅ。


庭梅が紙を差し出してくる。その紙には半角英数字が書かれている…アドレスのようだ。それを受け取り胸元へ入れるのを見届けた庭梅が口を開く。
「私は一足先に帰るわ」
「りょーかい、また後でね」
「仲良くするつもりはないから」
「お互い様」
そう言ってゲートを開いた彼女は姿を消す。歴史修正主義者もゲートを開いて移動するのか。まあ当たり前だが記録しておこう。
そうして再び下にいる彼らへと視線を落とす。



このままトンズラしても大丈夫だろうか。
ダメだな。
でも、こうした以上何かしらしないといけないよね。
どうしようかね。
思いつきで行動するとこうなる例である。
作戦は大成功でも後処理に関しては大失敗だ。かといって瞬時にこういう結果を招かない上手い策を練れるほど私の頭はよろしくない。
最悪を回避しただけ私は偉いはず。と言い訳もほどほどに私は下にいる彼らに声をかけた。

「おつかれさまー」
「!?」
彼らはキョロキョロと周囲を見回し、やがて上にいる私達に気付く。

「どういうつもりなんですか」
「ぶっちゃけ殆ど何も考えてないです」
「ふざけてますね?」
「いや、これ事実」
安室透の睨みに耐えながら質問に対して返答をした。彼らに関してはあまり考えずに行動したのは本当のことである。

「……貴女は何者なんですか。2年前に突如現れ、すぐに姿を消し最近になって再び現れた」
「……」
「2年前以上、貴女の事を遡り調べても何も出てこず、2年前に現れた際は「自分を覚えていないか」と訪ね歩いていたと」
「…黒歴史なのでやめてくださいお願いします」
「再度尋ねます。貴女は何者なんだ」

すすっと視線を逸らしてみれば、コナンくんは驚いたように安室透と私を交互に見ている。

「それに村正さんは言いましたよね、「彼女の名を知ること、口に出すことは禁じられている」と。ですが貞宗さんはポアロで言っていましたよ、貴女の名前を」
「んん〜」

追撃の追撃にたじろいだ。そういやそうだった。すっかり忘れていたことである。

「大河このはは偽名だったり」
「戸籍は見つけましたが不審な点ばかりでしたね」
「探偵って戸籍見れる程権力あるの…?」

本職の権力使っただろ安室透!!と脳内でふざけてみるも、現実逃避は見事失敗した。後ろめたいことだからこそ焦りが生まれる。しかしそれを出したら終わりだ。

「殺人を隠蔽し、あなた達はなにをしようとしているんだ」
「死んだことは問題じゃない。事件になることが問題だから」
「隠蔽は認める、と」
「隠蔽といえば隠蔽だ。けど、それはそちらが困るからこその配慮とだけ」
「………何を隠しているんですか」
「聞かれたことには正直に答えてるよ。聞かれないから答えないだけ……あ、私が何者なのかは答えてないね」

やりとりについていけていない毛利親子とひとつでも情報を掴もうとする安室透、次から次へと安室透が話す情報に耳を傾け、こちらが落とす情報を待つコナンくん。
その全てを見てからヒヤリと伝う冷や汗とバクバクと煩い心臓を抑えながら私は答えた。

「私が今名乗っている名前は、大河このは。本名も大河このは。歴史に全てを否定され、取り残された者」

「2年前のあの日から前の…私のろくでもないけど平凡には生きてきた過去も存在も、最初から無かったんだってさ」