誰だって苦手なものはある


人間、怖いものの一つや二つ、十や二十、百や二百あるだろう。
かく言う私も怖いものはある。
痛いこと、スプラッター系のホラー映画、黒だったり茶色だったりするカサカサ素早くて飛んだりする頭文字イニシャルG。だいたいこのあたりだし、ありがちなものだと思う。理解してくれる人も多いのではないだろうか。特に最後。
しかし何よりも怖いものを呼び出してしまい、目の前に現れた今、私でも震え上がり言葉もまともに出ない状況に陥ることだってあるのだ。
そう…。
「ご注文はお決まりですか?」
褐色の肌に金髪と言うには濁っていて、まるでミルクティーのような髪色をした人の良さそうな笑顔を浮かべている…イケメンである。

「あ…み………で。これ……」

イケメンからバッと視線を逸らしメニューに向けながら震えて声が出ないままメニューのミルクティーを指さす。
「ミルクティーですね?」と確認の声に小さく頷いて遠ざかる気配にホッと息をついた。なんだかそこにいたるまで苦しかったのだが息を無意識に止めていたのだろうか。
取り敢えずコレだけは言わせて欲しい。
イケメン怖い!!!
生身の人間なイケメン怖い!!!

喪女を拗らせ開き直った私にとって、イケメンは遥か彼方の宇宙にいる存在なのだ。または太陽だ。イケメンのオーラ(という名の太陽として)を肉眼で見たら失明する。
そして影でほそぼそと生きる喪女はその太陽に照らされることで影が狭まり、いつか照らされてしまう恐怖に怯えるのだ。本当に勘弁して欲しい。

結局届いたミルクティーも注文した時に来たイケメン店員が持ってきたせいで味もわからない。
何よりも何故か離れない。何故だ、仕事中でしょう。ああ、とっても顔が整ってて素敵で爽やかなイケメンですね!ノーセンキュー!!!だからさっさと仕事に戻れください!
イケメンが見る中、カタカタ震える手で亀甲に迎えに来るようメールを送り、カップに手をかけた。
今はとにかく早く飲み干して店を出たい。ああ、何故私はホットを頼んでしまったのか。
普段ならチビチビ飲むため気にならない熱も、早く飲み干したい一心で普段よりも飲み込む量が増えた分、宿した熱が喉の奥にダイレクトアタックを決めてくる苦しさを我慢しながら飲むことだけに集中する。ああそうさ、このイケメンの視界から逃れられるなら苦しさなんて苦じゃないさ。
「先程の会話が聞こえてしまいまして。神職の方なんですね」
「…」
「巫女さんでしょうか?」
「…」
「ああ、そんなに急ぐと火傷してしまいますよ」
「…!!」
怖いんだよ逃げたいんだよ邪魔をするなイケメン!と脳内で逆ギレしてキッとイケメンを横目で睨んだ…のだが、そのキラキラとしたオーラと人好きしそうな爽やかなかんばせが映り、即撃沈した。だって相手はイケメンだぞ、キラキラなんだぞ。近くにいったらいい匂いしそうなイケメンなんだぞ、無理。
私ごときが睨んでごめんなさいと震えながら視線を逸らす。勿論怖すぎて声は出ない。
温かいものを飲んでいるのに身体の芯から冷えていくような感覚が、でも胃に溜まるミルクティーは確かに温かくて、その差が激しすぎて気分が悪い。吐きそう、おえっ。

「顔色が悪いですよ、大丈夫ですか?」

無理です。
そう言えれば…なんて思いながら頭を縦に振る。そうしたら無理やり飲み下していたせいか身体が軽く拒否反応を起こし正常に戻そうと人目も自分の意思も無視して機能しようとしてきた。ちょっと待って、胃からせり上がってくるなやめろ。
別の意味でプルプル震えて居ればイケメンは心配そうな表情を作り私の背を撫でた!
口から心臓が飛び出しそうになるがその心臓をどうにか掴み定位置に戻す。
あくまでイメージである。実際に出来たら人間卒業してしまう。二年前に友達がいなくなった私だが、審神者業務代行の折に唯一できた友人がいる。
その友人が脳内で「もう卒業してるだろう」とか言ってくるけれども卒業してんのはお前だよ、と脳内で返した。敵打刀の腕を素手でもいだの知ってんだからな。
リークしてきたのは友人の「ぼくたちのさいきょうのあるじさま!」自慢をしに来た短刀達と兼さんである。兼さんアレを目指すな!思いとどまれ!人間卒業してキングコングになった奴だぞ!!
そう考えられるあたり余裕が出来たのかもしれない。はたまたただの現実逃避か。現実逃避だな、うん。

「イケメンこわいぃ……」

まあ、結局ここに辿り着くわけだがね?
その呟きを聞き取ったらしいイケメンが言葉を紡ごうと息を吸う音が妙に大きく聞こえ…。

「迎えに来たよご主人さ…このはさん!!!」
「うるせぇ!後で説教だ馬鹿者!!イケメン怖いんだよ帰るぞ!!」

バーン!と扉を開きツカツカと靴を鳴らしながらイケメンを無視して私に話しかけてきた亀甲へ荷物をかき抱くように集め押し付ける。イケメンの視線から逃げるようにレジに行けば亀甲のほぼ隠せてないご主人様発言にポカンとした女性が。
恥ずかしくて怖くて、ミルクティー代ピッタリの小銭を高速で取り出し台上に置けば逃げるように、亀甲も荷物を抱いたまま店を出た。

イケメンは怖いし社会的に私が死んだ!!この人でなし!!