ニット帽の付喪神


友人はいつも何かしらを持ってきてはこちらもドン引く要求をしてくる。その度に断ると持ってきた物を置いて帰って行くため、私の自室はその置いていかれた物で溢れかえっていたりする。
今回も、そんな感じのノリで置いていかれた黒いニット帽を手に取った。ちなみに要求は要約すると「片足でいいからくれ」である。お前は妖怪か。

我が弟の本丸は万年桜が咲き乱れている。
ちょっと詳しく言うと景趣を買う余裕がない。
そんなこんなで、ニット帽を必要とする環境でもないせいか押し入れにしまい込む以外の選択肢がないのが現状だった。
そろそろ私の部屋のタンスも押し入れもきつくなってきた。

「ってことなんだけど」
「パステルカラーだったら短刀に被せたいんだがな」
「それな」

弟と話しながらこのニット帽を手に取って眺めていたのだが、ふと鼻がムズムズとしてきた。
くしゃみが出そうで出ないのがもどかしい。

「どうした、姉」
「くしゃみ出そうで出ないのだよ、弟…ぶぇーくしょい!!」
「汚ねえクシャミだ」

言葉にしたすぐあとにくしゃみが出て弟の引く声も気にしないままスッキリとした気分になる。
ふう、と息をついた瞬間、目の前は桜吹雪で覆われたのだ。

「えっ!?なに!?」
「おい姉、お前…!!」

「FBI所属、赤井秀一だ。よろしく頼む」

さあさあ皆様お立会い。くしゃみ一発付喪神劇場のはじまりはじまり。




まさかくしゃみで付喪神を顕現するとは思うまい。事故みたいなものだというのに、その日は弟にキレられて手加減はあれど蹴り続けられ、弟の刀剣男士からは怒られ担当からも嫌味から何からと嫌がらせを受けて散々であった。
人をダメにするソファに身を預けながらギターケースを背負ったまま煙草をふかしている赤井秀一を今までの理不尽さに怒りを覚えつつ観察する。
友人に苦情を入れても「限定品だった。先行実装みたいなものだろう(要約)」とボケ倒したため疲れきった私は通信を切った。
帽子の付喪神の先行実装って誰得だよ。刀の付喪神の中に帽子の付喪神ってなんなの意味わかんない。むしろギターケースの付喪神ならギターケースでぶん殴る系付喪神として納得でき………いや、どこか私の基準がズレている気がする。本丸から命令するだけとはいえ、戦争に参加するようになって戦ボケしたのだろうか。

「ねえ、赤井」
「なんだ」
「そのギターケースの中身ってやっぱりギター?」
「いや?」

そう言ってギターケースを開いた赤井秀一に私は目眩を覚えた。
弟から仕込まれた知識と画像でしか見たことの無い長物がある。
「お前は帽子の付喪神なのかギターケースの付喪神なのか、スナイパーライフルの付喪神なのか…どれかにしてくれ…!!」
崩れ落ちながら言った私の一言は間違っていないはずだ。
首を傾げて「ニット帽の付喪神だが」と平然と答えた赤井秀一に今度こそ絶望したのである。

そういった事があろうとも付喪神同士気が合うのか刀剣男士たちとは良好である。特に陸奥守吉行は彼に絡む絡む。「時代は拳銃ぜよ」と刀であるにも関わらず銃を愛用するからだろうか。そうなると新撰組連中との関係を危惧するが、赤井秀一の狙撃スキルはかなりのもので和泉守兼定も彼の腕をかっている。
最初こそかなりこちら側がドン引きしていたにしろ、彼と私の仲もそれなりに良好と言えるようになっていた。

「しゅーいちー」
「なんだ」
「ニット帽被せようとすんのやーめーてー」
「何故だ」
「暑い」

そっとニット帽を被せようとする逞しい両手を私も両手で抑えながら抵抗するやりとりも結構な数をこなしていた。
しかし、男と女の力の差は激しい。特に私なんか鍛えていないのもあり練度を積んでいなかった頃から大敗している。今では手加減されていても余裕で負けるというのに赤井秀一は敢えて私が抵抗できる力加減で被せようとして私で遊ぶのだ。その遊びに付き合ってあげる私ってば優しい。
「んぐぐぐ…!!」
「どうした、そんな抵抗ではまた俺に負けるぞ」
「くっそぉー!」
しかし現実はこうである。真正面から迫る赤井秀一に負け犬根性を地で行く私も負けず嫌いな一面を出して抵抗してしまうのだ。
体勢はどんどんと後ろへといき、やがて畳に背をつけて押し倒されたようになる。
1度これを刀剣男士に目撃されて本丸の大問題となった事件が起きたのは最近の事だ。
本日もまた負けた私は黒いニット帽を被ったまま疲れきった両腕を離して畳をつく。赤井秀一は両手を畳について覆いかぶさるような体勢のまま満足そうに私を見ていた。
「本当に私に本体被せんの好きだね」
「物は使われなければ存在の意味が無いからな。それに」

「このは以外に俺を使わせるつもりはない。こうしていれば、このはを守り抜ける」

「なら勝手にしなさい。……でも、主って呼ばない子は使いませーん」
物好きな私の物は淡白な割に案外執着する性質らしい。
緑の瞳に射抜かれながら、笑うという行為で目を逸らす。そうしていれば、困ったような、呆れたような笑い声が上から降ってきた。なんだか意味もわからずそれが面白くなって、今度こそ2人して馬鹿みたいに笑ったのだった。


因みにこの後、歌仙に目撃されて両者にゲンコツ一発ずつと赤井秀一は廊下で正座2時間と、私はスパルタ淑女教育授業を2コマ分受けさせられたというオチがついた。