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 「頼まれたら断れない」という訳ではなかったに違いない。君の自我は弱いはずもなく、優柔不断でもないだろう。押しに弱い……かどうかは、仕事上の付き合いは多々あれど、残念ながらそこまで深く親しい間柄ではないからよく知らない。きっと少しはそうなのだろうなと夢を見ているけれどね。だが今回の場合は、「頼られたら断りづらい」という性格がいしてのこの結果だろう。君は面倒見がよく、強く、優しい。それくらいなら、君と少々関わりある程度の者であれば誰もが知るところだ。勿論、この私/僕も。


「藍染隊長、こちらご確認お願いします」


 楠山くんは、執務机に向かう僕の前に立ち、仕上がった書類を控えめに差し出した。些か堅い声だ。ゆっくりと顔を上げてみれば、ぱちりと目が合う。
 現世駐在員たちに直接会って連絡を取るために此処を留守にしている雛森くんに頼られたらしい彼女は、今日こうして五番隊の副隊長業務を代行しに来てくれている。雛森くんは楠山くんのことを頼れる同性の先輩としてよく慕っているし、私/僕が彼女に一目置いていると何となく知られているゆえの人選だろう。年度末とはいえ、計画的に仕事をこなしてきた私たち五番隊にとっては特に必要のない借り手に思えるが、雛森くんらしい配慮だった。このところ、私/僕の体調がやや崩れているのは確かだ。季節の変わり目にこうなるなど、まるで普通の人間のようだ。自分でも可笑しなことだと思う。


「ご気分が優れませんか」


 台詞の割に、心配しているという色はあまり無いように見えた。……いや、これはつい雛森くんと比べてしまうから、そのように見えるだけかもしれない。あの心配性な彼女だったら、眉を八の字にして瞳を潤ませ、隠すことなく私への情を訴えてくる。甲斐甲斐しく心を明け渡してくる。そんな分かり易い色と比べてしまえば、楠山くんでも他の誰でも、淡泊に見えて然りか。


「……そう見えるかい?」

「顔色は特に悪そうではありませんが、普段より……ええと……覇気や圧があまり感じられません」

「おや、君は普段の僕からそういうものを感じているんだね」


 人の好い顔をして、完璧な何気なさを装って言ったみた。予想では彼女は場都バツの悪い顔をすると思ったが、実際はさしたる反応はなく、澄まし顔でいる。「当然」とでも言いたいのだろうか。意地悪をした甲斐がない。彼女の感性は余人とは違うようだ。違うから、困る。一筋縄では騙せない。私は君の目をくらませたいのに、いつもいつも、君は正しくを見ている。そんな気がしてならない。長年かぶり続けている藍染・・隊長・・の像には、覇気や圧なんて言葉は似合わないというか、それを感じさせる要素は都度取り払ってきたつもりなのだが。


「近寄り難さはなるべくなくして、親しみやすい隊長を目指し努めているのだけれど……ひょっとして、それも自分で思うより上手くやれていないのかな」

「いいえ、多くの方はあなたに親しみやすさを感じていると思いますよ」


 どの口が。君がそれを言うと説得力がなくて面白い。事実、は多くの者に受け容れられていると、君の言う通りだと自負しているのに。いつまでも僕と親しくならない君がそれを告げると、言葉が空回りを始める。カラカラ、カラカラと、風車かざぐるまの幻聴さえ聞えてきそうだ。
 私の思考を粗方読み取ったのか、楠山くんは今度こそはやや場都が悪そうな表情を見せた。私には君を読ませてくれないというのに、君は私を勝手に読むのだから。まったく、割に合わない駆け引きだ。
 珍しく見つめ合っていられたが、ここでとうとう逸らされる。体の向きも真正面から斜めに。彼女が向いた先には、簡易な応接の際に使う低めの卓がある。雛森くんが先日の卯ノ花隊長の生け花教室で生けたという桃の花が、間を持たすように香った。
 ややあってから、彼女の瞳はそれより僅かに横につつと動く。


「……そちらに山のようにあるお手紙にお菓子は、霊術院の教え子たちから贈られた感謝の印でしょう。親しみにくい講師が貰える代物ではありませんよ」

「それはそうかもしれないね。そういえば、君も結構貰っていたんじゃなかったかな?」

「……ええ、有り難いことに」

「僕は、君の方が人気者だと思うけど」


 彼女は小さく肩を落として溜息を吐いた。それからまた小さく、「ご謙遜を」と、言ったのだろうか。どちらが人気者かとか、今しているのはそういう話ではないと両者分かっている。そのうえで、私は・・僕と・・して・・、君を試すような嫌味を言ってみたのだ。普段と変わらない、穏やかな口調のまま。
 彼女が再び口を開く。聞かされるのはまず弁解ではないだろう。ご機嫌伺いはしてくるくせに、ご機嫌を取ろうとはしてこないところもまた、余人とは違う。違うから、一目置いてしまう。


「私の言うあなたの覇気や圧というのは、“近寄り難さ”に直接言い換えられるものではありません。むしろ――」

「……寧ろ?」

「……あー……んん、先を申し上げると失礼に当たる気がします。このお話はもう切り上げても宜しいでしょうか」

「フフ、ここまで言っておいて?気になるじゃないか」

「…………。」

「怒らないから言ってごらん」


 一応は上司であるからと、そういう事は気にするのか。筋の通ったことだ。
 机に肘を突き、手で頬を支え、彼女を上目で捉える。――ああ、やっと色付いてきた。少しだけ気色けしきを見せてくれたね。警戒色、怨色えんしょく裏彩色うらざいしきのように薄くはあるけれど。
 君でなければ、こうしたときの相手の顔色といえば、喜色や艶色えんしょくと決まっていた。君はやはり余人とは違う。違うから、もっと見てみたくなる。君の様々な神色しんしょく、その羽裏はうらまで。僕の巧言令色には染まらない、他とは毛色の異なる君を。


「……まず私が十一番隊出身であることを念頭に置いて頂き、それからお聞き流しください」

「ああ」

「……隊長の皆様は、私などより当然お強くあられます。気性ではなく強さそのものに対して、私は覇気や圧というものを人より感じるのです。霊圧、戦闘力、威厳、どれをとっても遠く及びません」

「そうかい?君、それは謙遜じゃないかな」

「ですから、戦いを挑み斬り掛かったとしたら、返り討ちに遭うではないですか?」

「フフ、聞き流せと言った以上、君も僕の茶々は聞き流すのか。うん、前提からして唐突だが、それで?」

「故に常々思うのです。『うっかり戦いを挑んだら死ぬかも、あまり近付かないでおこう』と」

「自分を上回る強者にうっかり戦いを挑みそうになるとは。それは確かに剣八の影響が色濃いようだね」

「ですが近頃のあなたは、少々お疲れのご様子です。今までは微塵もお見せにならなかった隙というものが、僅かばかりですが、覗けると感じられました。まあ、なので、今なら」
「ほう……つまり、今なら」

「「近付いてもよさそうだと」?」


 平坦で説明的な彼女の声と、愉しげに語尾を上げた私の声が重なった。こんな事は初めてだ。
 しかし君のその視線は、いったいどういう意図なのかな。怪訝に窺うでもない、真顔?割と突拍子もない変な話をしたのに問題なく私と意思疎通できたことが不思議だとでも?
 私には君の心が読めない。昔からそうだ。君は簡単には読ませてくれない。だからこそ、ずっと気になって仕方がない。隠されると暴きたくなるなんて、反抗期の子供のようで癪でもある。我ながら面倒な性質だとも思うが、他でもない君を知っていくことに、私は楽しさを見出している。君の内にいる私の存在が大きかろうが小さかろうが関係ないのだ。こうして言葉を交わしてくれさえすれば。


「そうか弱ったな。体調を崩して君に隙を見せると、うっかり戦いを挑まれ斬り掛かられてしまうかもしれないのか」

「本当にそんな物騒な真似は致しません。剣士としての闘争心か、更木隊長の仰る本能か、はたまた悪戯心いたずらごころかが顔を出しそうになるというだけの話です」

「……今なら、僕に勝てるかもしれないよ?」

「御冗談を。それは錯覚だと弁えております。……熱が上がってきたのではありませんか」


 言うと、彼女は私が片付けていた仕事を机の脇に片付けてしまった。やけに強引だ。手付きも少々荒っぽい。そして先程の書類に代わって目の前にすいと差し出されたのは……何の変哲もない、ただの体温計だ。


「抜き身の刀でも向けてくるかと思ったのに」

「計ってください。そして今日はもう上がってください」


 そうだな、熱が上がってきた。なかなか引きそうにない熱だ。
 体温計を受け取ろうとして君の指先にも触れたのはわざとじゃない。この調子だと本格的に私の敗色は濃くなってきていると思うのだが、君が見逃すようであればそれまでだ。

 それから伸びに伸びた水銀の長さを目にした彼女は、意外にも遽色きょしょくを露わにした。っ突くように執務室を追い出され、私/僕はそのままの足で、久しく帰っていなかった自宅へと行き着く。
 隊長格のために宛てられた立派な家も、空けておけばただの伽藍堂だ。ガラリと引き戸を開けて、ふと思い至る。一応たしか玄関先だけは、部下や誰かが訪れてくる可能性を考慮し、隊長の家らしく華やかにしていたのだったか。
 飾った花は何だったか――、脇の棚に目を遣ったその瞬間とき、とっくに通り過ぎたはずの春一番が、何ぞ思い出したかのようにきびすを返してきた。私の背を押し、わたどのの奥まで吹き鳴らし、鉄釉てつゆう陶器の花生けに挿されていたそれの細いくびれを乱暴に揺さぶった。もたげていた首が落ちる。
 れを過ぎた鬼灯の実は干乾び、温かい光のなかに落ちてなお、見る影もない。



巣立ちも塒出とやでゆるさない

 この日本語タイトルを日本語で直訳すると……ってちょっと意味分からんかもですが、「手放すものか」、となるかなぁ。
 season2の1月以来となる藍染隊長語り手担当でお送りしました。時系列は一回目が主人公が死神二年生を目前に控えた時期、二回目の今話はそのおよそ八十年後という設定(原作でいう『20年前』ってやつ)です。彼はどういうつもりで鬼灯を飾っていたやら。筆者自身も想像が広がって広がって収拾がつかない気がしてきました。ここは読者に投げる、もとい委ねましょう。
 2024年の梅も咲いて散りましたね。実を結ぶ梅雨の時季までは、春の主役・桜がみんなの視線を独り占め。一方、桃も直向きに咲いています。何年か前に山奥の桃の花園を訪れたことがあります。一本一本の木のボリュームは控えめで、幹は太すぎず、枝ぶりは健気で、花は可愛らしく、見ていると癒されますよ。お酒よりもお茶とお団子で穏やかに楽しむお花見がおススメです。とはいえ、個人の好き好きでしょう。ブルーシートの上で酒宴を開くも、すっかり日本の風物詩。ところで頭にネクタイ巻いて歌い踊るのは今どきサラリーマンより日本数寄者な外国人の間で流行ってるって聞きました。ホントでござるか〜?

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