死なず此土より生まれ尸童

追想
しなずしどよりうまれよりまし

「何卒なにとぞ……!他に頼めるような人なんて思い付かないんス!無茶を申し上げているのは承知で、それでもどうか……!」


 空全体が白小雲しらさぐもに覆われた或る日の事だった。四番隊隊長卯ノ花烈は、とりわけ縁もない二番隊第三席浦原喜助から驚くべき話を聞かされた。そして現在、このように伏して懇願されている。重く垂らされている頭こうべを見下ろしながら、彼女は神妙そうに額に皺を寄せた。
 正まさしく前例のないことだった。現世を生きる人間と、尸魂界を司る生粋きっすいの死神との間に、子ができたのだという。


「……志波隊長の子だと、仰いましたね」

「はい」

「彼が特異な存在であることは私も知っています。それでもやはり、本来はあり得ないことだと考えます」

「……はい」

「それに、彼や貴方が現世に行っていたというのも初耳です。正式な任務を拝命していた訳ではありませんね?」

「はい。現世のとある地で気になる兆候が見られたので、ボクと天鷹てんようサンは独断で向かいました。……そこで、彼は彼女に出会ったんス」


 霊力の高い人間というのは稀にいるものだ。現世に生まれる命とは、尸魂界に満ちる霊子が循環を果たしたものであるからして、その“元”となった霊子如何いかんによっては特別な力を発現することがある。例えば、死者の姿を視たり声を聴いたりできる霊媒師や、道術かそれに似た摩訶不思議な技を得た御坊ごぼうがそれだ。大霊書回廊にもその記録は密かに残されている。あまり表沙汰にはされないが、斯様な人間たちの中には、死後に死神となった者も少なからず――。
 兎に角、長く死神をしていれば、そのような人間と不意に関わらざるを得ない事態に直面する見込みも有るには有る訳だ。住む世界を異にする者同士が軽々に交わることは推奨されないため、人間への霊力無断貸与や尸魂界の滞外超過は重罪とされている。他にも様々な厳しい規則が存在するが――ここだけの話、現世の人間と顔見知りになったという死神は案外いた。魂葬の様子をうっかり目撃されて問い詰められたとか、「貴方を除霊します」と宣言され杖をふりふり追い回されたとか、虚退治に割り込まれた挙句に逃がしてしまい追加給金を貰い損ねたとか。大抵の場合は上への報告を敢えて怠るか、怠らずとも緘口令を敷かれるので、歴史の陰に消えるのだ。

 卯ノ花の知る限りでは、嘗て人間と奇妙な友人関係を築いた死神もいたくらいだ。上の与り知らぬところで恋仲になる人間と死神がいても不思議ではない。だが、子を成したとなると話は別だ。


「咎を贖あがなえと仰るのであれば、ボクも彼も、共々覚悟はしています。しかし、それでも……母親とその子には、何の罪もない……!」


 現世のものは器子から成り、尸魂界のものは霊子から成る。構造が根本から何もかも違う存在なのである。それが結ばれて新たな命が宿るなど、絶対にあり得ない。あり得るはずのないことが起きた。
 これには、万能かと思われる浦原でも尻込みしてしまったらしかった。科学者ではあるが産婦人科医ではないし、常例の出産でさえ産婆役の経験なんてないのに、異例に際して自信が持てるはずもなかった。自分に打てる手ならいくらでも打つ気概があるが、手探り状態で持つ手などない。何とかして母子ともに健康無事であらせたいが、全然、保障がない。故にどうしても、この手の案件を任せるに最も信頼に足る人の……卯ノ花の手を、借りたいと願うのだ。


「四楓院隊長から、貴方のお話を伺ったことがあります」

「夜一サンが……何と……?」

「『目の付け所が良く、人がそうそう思い付きもしないような面白い発明をする』と。そして『科学の研究に熱心で、今の現世の最先端より更に先を行っている』と」

「それが……何でしょうか?」

「その本来ならあり得ない妊娠に至るのに、人倫に背くことがなかったかどうか尋ねたいのです。母体を、胎児を、魂魄を、歪めるようなことは一切していないと誓えますか?」

「! 勿論っス!」


 真剣でいて、噛み付くような即答だった。床に擦りつけられていた彼の面おもては、雪垂しずりから解き放たれた枝のようにバッと撥ね上がる。


「確かに、ボクは!……本当ならまず比べるのもいけないのに、禁忌と興味を秤にかけて……しかもグラつくような駄目な奴っス……出来たモンじゃない。不信心なもので、誓えというのも『何に』と思いますが……それでも、今回は誓えます。天鷹サンに誓えます。天鷹サンの大切な人にそんなこと……絶対にしません。していません」


 暫し見つめ合うだけの沈黙が続く。
 卯ノ花は人の心を読むことなどできないが、保身のために騙りを働く者ならこれまで五万と見てきたし、切り捨ててきた。後ろ暗さを抱える者の仕草や特徴は心得ている。さて、この彼はどうか。声は震えていた。瞳には不安が滲んでいる。冷やい汗が伝っている。何とも哀れ、隠密機動のくせにその反面教師になれる醜態だ。怪しいことこの上ないが、しかし、これまでに切り捨てた者達とは大きく違っているところもあった。


「……顔が」

「え?」

「顔が変に強張っていますよ。恐れたり、怯えたりともまた違いますね。上がってしまいそうな口角を必死に抑えているかのよう」

「そ……そうっス…か?」

「浦原三席。貴方、そんなに頬が言うことを聞かなくなるほど“嬉しい”のですか?」


 ……バレては致し方なし!とでもいうように、浦原は顔の強張りを解ほぐした。ゆるん。きりきりと張り詰めた空気は緩んだ箍たがの隙間からすっかり逃げて、卯ノ花の前に残っているのは日向ぼっこ中の猫みたいにほこほこしている大人の男。あまりの打って変わり様に「誰ですか貴方」と口が滑りそうだった。


「や、スイマセン!!あの、フザケてるワケじゃないんス!!罰を受ける覚悟があるのも本当ですし、不安なのも、助けていただきたいのも本当です!でも……あの天鷹サンに……大切な人ができて、なんか丸くなっちゃって……子供もできて、とても……幸せそうで……」

「あら。笑った次は泣くのですか?」

「ぐす……っ、うぅ、勘弁してください、ボクこんなつもりじゃ……!真剣なお話を……!」


 正座したままワッと泣き出した浦原に、卯ノ花は少々面くらった。昔、二番隊隊長四楓院夜一や副隊長大前田希ノ進と一緒に任務から帰還した彼を見掛けたことはあったが、まさかこんな風に豊かな感情表現ができる男だったとは。記憶にある彼は、顔が石膏でできているのかと思うほど表情が動いていなかったというのに。

 ――丸くなったのは、志波隊長だけではないようですね。

 規則を破って、しかも恐らくは常習的に現世に出入りしていたことは勿論いけない。だが、彼らは其処でかけがえのない体験をしたのだろう。
 四楓院家に拾われるまで何らかの悪意の風に晒されていた浦原と、志波の本家に生まれながら賤民のように差別されてきた天鷹と。近年は周囲の権力者の人柄が良い事もあってまし・・にはなってきていただろうが、荒んだ心の修復には時間がかかるものだ。そんな二人が、やっと温かさに恵まれるようになったのであれば――。


「分かりました。その女性の出産には私も立ち会いましょう」

「ほ ほ、本当ですか!?ありがとうございます、卯ノ花隊長!」


 浦原はパッと万歳して喜ぶと、それからそのまま上体を投げるように伏せった。土下座の恰好になるが、勢いが良すぎておでこを打ぶっていた。間髪入れずに「痛い!!」と叫ぶものだから一人喜劇である。


「……それで、私はどうすれば良いのでしょう?出産の予定日がきたら、貴方について現世に赴けばよろしいですか?」

「あ、いえ。実は、彼女にはコッチに来てもらおうかと……」

「……は?」


 器子から成る人間をそのまま尸魂界に入れることはできない。尸魂界は魂魄の世界、霊子のみが入れる世界だ。一時的に器子の体から魂魄を解放して霊子の姿をとらせたところで、因果の鎖が繋がっていては動くことさえままならない。そんな当然のことを分かっていてなお言っているのだとしたら、もしや鎖を絶つとでも。
 “嬉しさ”のあまり、箍が緩むどころかぱっかーんと外れてしまったのでは?と卯ノ花は訝しむ。そんな彼女の顔色を見た浦原は瞬時に色々と察したようで、訳を言おうと慌てて口を開いた。


「その目はやめてください、考えていらしたこと何となく分かりますよ!しませんしません!そんな狂ったこと!」

「……では、どうやって彼女を連れてくるというのですか?」


 ぶんぶんと必死に首を振って否定していた浦原だが、方法を訊かれた途端、面白いくらいにピタッと動きを止めた。その反動のように、お次は黒目が右に左に泳ぐ泳ぐ。しかも時計の振り子と全く同じ速度で動くものだから、卯ノ花は絡繰り人形でも見ているような気分になった。


「そのー……ええとですね。予かねてより調整しておりました“霊子変換器”が此度めでたく完成いたしまし、て……」

「そうですか。予てより、そのような世界のバランスを揺るがしかねない代物を作り上げていたのですか」

「ア、アラ?もしかして子どもより変換器つくったことの方がお許しいただけない……?」

「『コッソリ悪さをすることだけは病的にうまい』というのはこういうことですか。納得――いえ、御見逸れしました」

「イェッ、そ、それも夜一サンから、ですか?やぁ〜、知らぬ間に自分の噂されるのってチョット恥ずかしいですねェ、ね、ほんと…ハハ……」


 他人に協力を求めるからには、事情もあらましも洗い浚ざらい吐かねばならなくなることくらい、分かり切っていただろうに。
 愉快に百面相する浦原を、半分呆れた気持ちで眺める。もう半分は、そこまで明るく変われたことを言こと祝ほいであげたい気持ちだ。


「霊子変換器なるものの運用については、今後よく話し合わなくてはなりませんが……ええ、兎も角も。おめでとうございます」

「えっ?いえいえ!それはボクじゃなくて、天鷹サンに言ってあげてください!……へへ…」





※昔話は一旦おしまいです。『逃想』を押すと元の場面に戻ることができます。今後も『追想』『逃想』を繰り返して情報を集めてみてください。

逃想とうそう:筆者による造語。過去を追って当時の人の想いを受け取ったら、帰りはそれを抱えて現在へ逃れる可べし。


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