プロローグ


 月がよくよく見える晴れの夜は、いつもより一段と気分がいい。

 澄んだ風を連れて、飛行魔艇は冬木の空を飛んでいた。

 未遠川の上空およそ2500メートルから着水スレスレのところまで急降下してみると、やはり些少の水飛沫はあがってしまうものの、初号機と比べれば衝撃は無いに等しいほど抑えられている。次に、乗り出して水鏡を確認する。透明化は上手く作用していて、私も機体も映らない。これなら今後の試乗は人目を気にせずともいいだろう。
 自動飛行機能や魔砲弾(戦闘する予定なんてないけれど趣味だって究めないと面白くないでしょう)、通信設定などまだ弄りたい箇所はあるにせよ、当初理想としていた形には確実に近づいている。但し、改造・改良を何度でも重ねるのが性分ゆえ、自分で納得して「これで完成」と言える日が来るのかは怪しいところだが。

 小一時間に渡って空の旅を満喫した後は、気ままに翻ったりなどしながら深山の森の一軒家、その庭先へと着地した。周囲の草花がドミノ倒しのようにうねる様には、いつも飽きることなく見入ってしまう。

 さて、これは一見して何の変哲もない木造家屋とガレージだが、常に人除けの結界を施してある。ひっそりと趣味に没頭するにはぴったりの、我が自慢の魔術工房なのだ。
 私は魔術の心得がありながら根源への関心や探究心は希薄も希薄な異端者であり、何の組織にも属さない逸れた魔術使いである。
 私の曽祖母はイギリス人で、ロンドンではそれは名のある魔術の大家の生まれだったらしい。しかし大層な変わり者で、ロンドンに観光に来ていたという一般の日本人男性と大恋愛し、親族から猛烈に反対されながらも迷うことなく海を渡ったのだという。そんな数奇な系譜で密かに伝えられた魔術は、私にとっては根源へ至るための神秘などではなく、面白くて使える裏技であり教養に過ぎない。

 機体の物理的そして魔術的なメンテナンスを終えると、もう空が白んできていた。これはいけない、明日は仲良しのご近所さん宅でお昼をご一緒する約束をしているのだ。あまり遅く起きるとお土産のクッキーを焼く暇だってなくなってしまう。そろそろ休むことにしよう。

 最後に機体を優しくひと撫でしてから、ガラガラとガレージを閉じたのだった。


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