街の明かりにつつまれて



たまには恋人らしいことをしよう、と付き合い始めて間もない私とカラ松は、クリスマス・イブの夜にお出かけすることに決めた。

「お出かけ、そう、お出かけだもんな!」
「そうそう!」

と口を揃えて"デート"と言わないあたり、私もたぶんカラ松も、まだ恋人同士という実感がわかないのだと思う。
そんな気まずさを抱いたまま、聖夜はやって来た。
緊張のあまり私は、約束の時間より2時間も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。

「(さ、寒い……! せめて手袋でもしてこればよかった……)」

どこか暖かい所に避難して、時間まで待っているのもよかったけれど、もしかしたら――

「カラ松も早めに来るかも、なんてね」

そんな淡い期待を抱くことはや2時間。そして…………約束の時間はとっくに過ぎてしまった。
ついには、しんしんと雪が降り始める。
自分ばかりが浮かれていたのかな……そんな不安に駆られてしまう。その時、

「小松菜ー!!」

遠くから息を切らして走って来るのは、待ち望んだ彼だった。

「カラ松!」
「はぁ、はぁ……遅れてすまない。ちょっと、兄弟に捕まって」
「上手くごまかせた?」
「追い出された感じだ」

そう言ってカラ松は、困ったように笑う。
私もつられて苦笑した。二人の笑い声が街灯の下に響いた。



クリスマスカラーに染められた街に向けて歩き出す。
薄暗く、白んだ風景に、徐々に色づいた光が見え始める。
私は思わず、きょろきょろとおのぼりさんのように周囲を見回していた。

「住宅街にもちらほらイルミネーションがあったけど、やっぱりお店はどこもすごいね」
「へぇ、ショーウィンドウも今はクリスマス仕様なのか」
「どれどれ? わぁ、本当……つめたっ」

覗き込もうとしてついガラスに触れ、その冷たさに手を引っ込めた。そういえば素手だった……。

「大丈夫か? 手、貸してみろよ」
「もともと冷たいから……」
「いいや」

カラ松は構わず私の手を取った。そうして、両手でやさしく包んでくれる。
彼の手が、思ってたよりずっとあたたかく感じるのは――

「小松菜、お前の心は温かい。だから、手が冷たいなんてことはないんだぜ」
「……ふ、ふふっ、何それ」
「えぇ?」
「でも、ありがとう」

カラ松の手を握り返して、今はそのぬくもりに浸らせてもらおうかなと思った。
手を繋いだまま歩くと、デート感が増して急に照れ恥ずかしく思えてくる。
けれど、並んで歩くカラ松が、思えば歩調を合わせてくれているような気がして、私はそんな彼のやさしさが好きなんだなあとあらためて実感した。



「あっ」
「うわっ」

もうすぐで大通りに出るというところで、道幅いっぱいに広がるコワモテの集団に遭遇した。
関わりたくない……というのはどうやらカラ松も同じようで、ふと見た彼の表情は例に漏れずカチコチにこわばってしまっていた。
カラ松の手を引いて、駆け出す。

「あっち行こう」
「あ……」



回り道の末に辿り着いた先には、巨大なクリスマスツリーを模したオブジェがあった。
見上げるほどの大きさに私もカラ松も圧巻の一言。
その下で一息つくと、カラ松は急に真剣な眼差しで私に向き直った。

「さっきは、ゴメン!」

え、と思わず呆気に取られた顔になる。真剣な彼に対して何て失礼な、とすぐに頭を振って理由を伺う。

「どうしたの、突然」
「さっきは本当は俺が、君の手を引くべきだったのに……逆にリードしてもらうなんて、男として失格だ……」
「いやいやいや! そんな、色々と言い過ぎだって!」
「でも……」

すっかり弱気になってしまったカラ松に、むしろこちらが申し訳ない気持ちになってしまう。
思えば私の方も、あの場はカラ松を立てるべきだったのかもしれない。
どういう展開になろうと、彼には彼なりのビジョンや振る舞いの意識があるのだろうから……。

「私の方こそゴメン!」
「何で!?」
「いや、もうほんと謝らせて!」
「こっちこそ謝らせてくれ!」
「私の方が悪いから!」
「いや俺の方が!!」「私が!!」「俺!!」

そんな人目を気に留めない不毛なやり取りにも、程無くして限界が訪れる。何よりも寒いから。

「ぶえっくしょい!」

無限ループを断ち切ったのはカラ松の盛大なくしゃみだった。
さらに、それが合図だったかのようにツリーにまばゆい明かりが次々と灯り出す。

「な、何だこれ」
「すごい……すごいよカラ松! マジシャンみたい!」

照れながらまあな、とカッコつけて見せるカラ松。すっかりいつもの調子に戻ったようで私は安堵の白い息を吐いた。
ツリーにくくり付けられたイルミネーションがカラフルに輝く。
赤にピンクに黄色、紫に黄緑、それと……

「青色もあるね」
「ああ。綺麗だな」



恋人らしいことはあまり出来なかったかも。私がそう言って微笑みかけると彼は、そうでもないさと顔を逸らした。
一瞬、染まって見えた頬に、私もつられて赤くなる。
そんな聖夜の想い出を胸に、この日はそれぞれの家路に着いた。
後日、カラ松本人から聞いたところによると、どうやら一連の出来事をまるで武勇伝か何かのように兄弟たちに語り尽くしてしまったらしい。
私は顔を両手で覆い、半ば責任を感じつつも傷だらけの彼を労ってあげようと思った。

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