手と手をつないで



一松という青年がこのところ気になる。
きっかけは街中で野良猫を見かけてついて行ったある日。その先の路地裏で偶然出逢った。
以来、奇妙な縁があるようで、至る所で彼との再会を果たすことになる。そこには必ずと言っていいほど猫がいた。

「僕、一松」
「私は小松菜。今更だけどよろしくね」

そうして何度目かの交流の末に、ようやく名前を紹介しあうまでの仲になった。
しかしながら、握手のために差し出した手はスルーされてしまう。
悪い人じゃないっていうのはなんとなくわかるんだけど、やっぱり同じ猫好きってだけじゃ、まだ仲良くなれないか。
傍らの白猫が、にゃあと鳴いた。
しゃがみこんで頭を撫でていると、隣に一松も座り込む。
私が手を離すと、一松は猫のあごの下をくすぐるように撫でた。
ごろごろと喉を鳴らす猫を見て、満足げな笑みを浮かべる一松。
彼にとっては猫が何よりの癒しなんだろうなあと、ミステリアスな彼の唯一知る一面を微笑ましく思った。



ある時、またも猫同伴の一松を見かけた私は、声を掛けたくて彼の跡を追った。
結果、彼の住む実家を特定してしまい、まるでストーカーのようだと自責の念を抱いた。
しかも、そんな気まずいところで当の一松と完全に目が合うし。

「何やってるの、そんなところで」
「い、いやあ、また猫と一緒だなあと思って……声を掛けようと思っただけで……」
「ふーん」

一松はいつも通り、興味なさげに話を聞いた。
抱きかかえた猫は、今まで見たどの猫よりも彼を慕っているように思えた。

「その猫、飼ってるの?」
「別に。ただ居着いてて、一緒にいるだけ」
「じゃあ友達なんだね。それとも、相棒? 兄弟?」
「兄弟とは違う」

その否定だけ、きっぱりと即答された。どうやら兄弟はまた別にいるらしい。
素っ気ないように見えて、その実、一松には一松なりの思い入れというのがあるのかもしれない、と思う。
猫にも、まだ会ったことのない兄弟にも。



数日後、再び一松とその猫に会いに行くと、なぜだか追い返されてしまった。
いつもはこういうことないのに……。
しょんぼりしながら松野家を後にしようとした時、ばったりと鉢合わせた面々に、私は一瞬混乱に陥る。

「いちま、つ……!? それも3人!!?」

色違いの服を着た3人の一松――と同じ顔の人たち。
彼らも私の反応に驚きを見せたが、すぐに状況を察したらしく3人の間に笑いが起こった。

「俺、松野おそ松。こっちはカラ松とチョロ松。一松は俺らの弟だよ」
「あ……そっか。兄弟って……」
「まあ無理もないさ。なんたって俺たちは六つ子、だからな」
「驚かせてごめんね。一松に何か用?」

一番先頭を歩く赤い服の人がおそ松。そしてカラ松、チョロ松と呼ばれた他の兄弟の人たちも、続けて声を掛けてくる。

「いえ、一松に追い返されてしまったところで……何でかわからないんですけど」
「うーん」
「あ、わかった! エスパーニャンコがいるからだ」

考えるチョロ松に対して、答えを閃いたのはおそ松だった。
エスパーニャンコ、という初めて聞く単語に浮かぶ当然の疑問符。
それについてはカラ松が教えてくれた。

「――というわけだ。言っても、俺も経緯は聞いただけなんだがな」
「なるほど。あの猫が人の本音を……」

寡黙な一松にとっては災難な話だろうとは思う。
それでも、それ以上に、好奇心にも似た感情が私の胸の奥からあふれていた。

「あの、私、一松の本音を知りたいです。私がどう思われているのか」

おずおずと口にした私の提案に、おそ松が心配そうな表情を浮かべる。

「いいの? あの一松だよ。嫌な思いするより、今日は帰った方がいいんじゃない?」

挑発的にも聞こえる態度。
そう感じるのは、私がおそ松に対してよくない印象を持ったからか、それとも私自身が持つ一松への呆れた執着心からなのか。
……おかしいな。いつの間にか興味の先が、猫じゃなくて一松になってるや。

「私はまだ帰らない。意地でも一松の本音を聞き出す!」
「オーケー、じゃあ俺たちも協力するよ」
「面白くなって来たな」
「おそ松兄さん、カラ松兄さん? はぁ、しょうがないなぁ。乗りかかった船だよね」
「3人とも……! ありがとう!」



そうして、おそ松、カラ松、チョロ松と結託した私は、この日の晩、松野家の寝所に踏み入ることに成功した。
目的は、エスパーニャンコの力で一松の本音を暴くこと。
やたら楽しそうな他の兄弟たち(いつの間にか5人に増えている)と共に、抜き足差し足忍び足。
噂のニャンコを抱きかかえ、一松の枕元にみんなで立ったところで、カラ松がふと口を開いた。

「これ、本人が目覚めてないとわからないんじゃ……」

誰もがすっかりその事実を忘れていた。
まずい事を言ってしまったと口元を抑えるカラ松だったが、それはどうあがいても正論。
一瞬訪れた静寂を打ち破ったのは、跳ね飛ばされた布団の音と――

「何……してんの。みんなで」

寝起きの一松の、明らかに不機嫌そうな声音だった。
しまった〜と言わんばかりに一同に走る戦慄。
一松のこめかみにピクピクと怒りの筋が現れる。鋭く睨み付ける眼光に誰もが震え上がった。
同じく怒りに身震いしている一松が声を発しようと顔を上げた刹那、はっと視線が重なった。
私の目を見て、一松は意気消沈したようにうつむき、視線を足元に落とす。

「馬鹿じゃないの。勝手に人の寝てるところに忍び込んで、そういうのマジでやめてほしい」

当然の反応だと思った。わかっていたとはいえ、胸にぐさっと突き刺さる。
周囲の他の兄弟たちは、怒鳴られると思っていたらしい。カラ松は顔の前に構えていた枕をおそるおそる下ろしたし、チョロ松は怪訝そうな顔で一松を見ていた。おそ松の顔はこちらからは見えなかった。

「『馬鹿じゃないの。そういうのマジでやめてほしい』」

エスパーニャンコが一松の本音を拾う。

「『だって、小松菜に本当のキモチ、知られたくない』」

「え……」

全員が唖然としていた。真っ先に我に返った一松が、あらぬ声を上げながらエスパーニャンコを捕えようとする。
その顔も、なんだかスゴイことになっていた。

「わー!! わああああ!!!」

当然逃げ出すニャンコ。お、俺も、とおもむろに一松に協力し出すカラ松。
その様子を楽しげに眺める末っ子のトド松。何やらテンション高く騒いでいる下から2番目の十四松。
眠そうに傍観するおそ松に、場を収めようと苦労するチョロ松。
そして、置いてけぼりの私――。深夜、六つ子たちの寝室は混沌を極めていた。


松野家の玄関先で浴びる朝日が眩しい。
結局、一晩中ケンカしたりトランプしたりと眠れない六つ子たちの賑やかしに付き合ってしまった。
今、目の前で一松が見送りに来てくれている(その奥にはニャンコを預かった十四松が立っている)。
何か言いたげな一松が差し出した手。それがいつかの握手のやり直しだと気付き、私はその手を両手で包んだ。

「あのさ、一松。私、思うんだ」
「……何」
「不思議な薬がなくても、こうして手をつなぐだけで心が通じ合えばいいのにね」

そう言って微笑みかけると、一松は再び目線を逸らした。

「僕も……そう、思う」

絞り出したような声。それはまぎれもない、やっと聞けた一松の本音だった。
嬉しさと安心感が胸におとずれる。エスパーニャンコにはただ感謝の気持ちでいっぱいだ、と奥でこちらを見つめる猫にもアイコンタクトを送った。代わりに十四松が微笑みを返す。

あわよくばこの先も、エスパーニャンコにもっと色んなことを伝えてもらおうかな、なんて企んでいたけれど、次に再会した時にはすでに薬の効果が切れてしまっていた。
残念に思う一方で、一松はやはり「よかった」と安堵の笑みを浮かべていた。

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