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捏造強めのやつ

 マスターはたまに情緒不安定になる。仕方のないことだと私は思う。人理を修復する唯一の人間だなんて、ただの人の子には重い使命だ。
 しかし彼女はそれを人に悟らせようとしない。大切な後輩やあの医師、そしてサーヴァントたちには。プライドなどではない。ただ心配させたくないという健気な気持ち故のことだ。
 生きるのが下手な人だと思った。もっと周りに頼れば、楽になれるだろうに。

「天草〜絵本読んで」
 そういった日は決まって私の部屋に来て、些細な頼みごとをする。その後に私の布団に潜って静かに涙を流すのだ。
「いいですよ」
 彼女が持ってきたのは、ネズミが大きなパンケーキを焼く絵本だった。何度か絵本の読み聞かせをしたことがあるが、彼女が悲劇的な絵本を持ってきたことはない。

 なぜ私の元に来るのか聞いたことがあった。頼られているのとはまた違うと私は感じていたからだ。彼女は私の布団を涙で濡らしながら、しかし私に縋ることはなく静かに返答した。
「天草は私を救わないから」
どこまでもストイックな彼女は、救われることを良しとしないようだ。

ーーーーーー

 明かりのついていない食堂で、彼女が包丁を握りしめていたから慌てて取り上げたら、笑顔を向けられて背筋が凍る。
「殺してって頼んだら殺してくれる?」
「貴女が人理を修復するまで殺しませんよ」
「そっか、よかった。
天草といると安心するよ。」

全く嬉しくない言葉だった。

ーーーーーー

「さぁ天草。君に聖杯をあげよう」
 約束通り人理を修復したマスターは、約束通り私に聖杯をくれるという。
「全部持っていくんだよ。不安要素は排除して、完璧に物事を進めないと成せないはずだ。他のサーヴァントはみんな帰ったよ。私がちゃんと見送ってきたから間違いない。ダヴィンチちゃんとスタッフたち、マシュはいるけど、君なら突破できるさ」
 泥の聖杯を巡って戦った時、皆の前ではああ言っていたマスターだが、二人きりになった時に、一つ秘密の約束をした。
『私が人理を修正したら、今まで手に入れてきた小聖杯を全て君にあげよう。人類の救済が目的であれば問題はないさ。その代わりに、聖杯を引き渡す時に私を殺してほしい』
「天草」
マスターは手を広げる。切れということだろう。刀を取り出した私は、構えることはしてもそこから動かなかった。
「天草?」
不安そうに見上げるマスターは、しかし私を疑いもしていない目を向けている。

 一つ、マスターは間違っていることがある。いくら私が感情を切り捨てていたとして、今まで共に戦ってきたマスターを躊躇いもなく切ることはできない。要は、マスターに情を持ってしまっているのだ。彼女には生きてほしいと思う。いや、生きていてほしいと願う。
「私はマスターを殺しません」
「……え?どう……して……?」
「ここであなたとお別れするのは寂しいからです」
 傲慢、その一言である。
「小聖杯たちよ。全ての力を持って私を受肉させ、さらに3画の令呪を授けたまえ」
「は、な、なにして」
「マスター、小聖杯がいくらあれど、大聖杯には敵わないのですよ。できてこの程度。結局は大聖杯を手に入れない限りは人類の救済を叶えることはできません」
さて、ここからが大変だ。
「マスター、今からあなたを誘拐します。ここから出て、まずは冬木へ向かいましょう」
「まって、移動手段は?じゃなくて……そんな簡単に」
「飛行用ゴーレムを作っていただいています。マスターからこっそり拝借した聖晶石を使っているので冬木まで保つかと。食料の備蓄も問題ありません。野宿セットもあるので人気のないところで降りて休めます」
「嘘……いつの間に……」
「時計塔からの追っ手は免れませんので、しばらくは隠れて暮らすことになりますがすぐに慣れます。聖杯戦争の幕開けを待ちましょう」
「聖杯戦争なんてほんとにあるの?そんな都合よく?」
「高頻度には起こりませんが、冬木にいれば確率は高いと思われます。大丈夫です。私の肉体はもちますので」
「私は死んじゃうかも」
「ええ。その時は看取ります。それまできっと幸せにしてみせます」
「プロポーズみたい」
「似たようなものですよ。あの時殺されなくてよかったと安堵させてみせます」

 これは私だけの願いではない。しかしこの機会を与えられた私にしかできないことだ。誰もがマスターの幸福を願っていて、誰もがマスターを救いたかった。そして私も同様であった。
 私がマスターを救わないなんてことはありえない。そう演じなければあなたからの信頼を得られなかっただけ。

あなたに平穏で康寧な幸福を。
聖杯戦争が起きた時、もしあなたがまた殺してほしいと言うのであれば、その時は躊躇わず殺して差し上げます。

「ところでマスター、この提案、乗ってくださいますか?」
「それって今聞くものなの?……いいよ。乗ってあげる。絶対幸せにしてよね」
「はい。もちろんです」
「ところでお金はどうするの?」
「それはまぁ、現地調達ということで」

ーー計画性があるんだかないんだか。



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