fgo


惚れ薬

我が小さなマスターは、レイシフトがない日必ず15時ちょうどに現れ、料理長特製の菓子と、それに合う飲み物を二人分携えて、私の部屋の無機質なテーブルを華やかに彩る。その時私は必ず研究の手を止めて、彼女の向かいに座り、雑談に興じるのだ。
レイシフト先であった話、後輩に関する話、新しく召喚したサーヴァントの話。お喋りな彼女の話題は尽きず、退屈することはない。
いつも通りその手の話を嬉々として話す彼女の口から、一つ、異質なものが零れ落ちた。

「そういえば、パラケルススに惚れ薬を作って欲しいんだけど」
「ええ。我が友の頼みとあらば」
ほぼ条件反射で承諾したが、言葉の意味を理解して固まる。
男女、人間やサーヴァントなど分け隔てなく接する彼女が特定の誰かに恋をしているとは微塵も考えなかった。年頃の少女がそれを気付かれることなく隠し通していたというのも驚きだ。
「対サーヴァント用によろしくね」
口の端を上げて、妖艶に微笑むマスター。
よりにもよって、サーヴァントに恋をしてしまったらしい。誰になど、検討もつかない。
「……少し、時間がかかると思いますが、よろしいでしょうか」
「構わないよ。君のペースで作って」
食器をトレイに戻して立ち上がるマスター。
どうやら時間らしい。いつも通り16時ぴったりに「じゃあまた来るね」と一言残して立ち去ってしまった。
まだ聞きたいことは沢山あったのだが……いや、あったとしても聞けないだろう。
先程まで幸福に満ちていたテーブルを見つめる。空っぽになったそこは、自分の心のようだった。

ーーーーー

惚れ薬を作るということは、実験の段階の前提条件として実験対象が恋をしていない状態を作らなければならない。
マスターに恋をしていると自覚している自身では実験などあてにできず、もちろん動物やホムンクルスでも無理だろう。
適当なサーヴァントに。とも考えなくもなかったが、それでマスターに恋するものが現れてはたまらない。

マスターが愛する誰かとマスターが結ばれるための薬。

改めて考え、今まで休憩にと1時間話すだけで満足していた心は、不気味なほどに軋んで脈打った。これが嫉妬かと、気付く頃にはもう実験は開始されていたのだ。

あれからも15時ぴったりにマスターは変わりなく訪れた。
よい茶葉を貰ったからという口実で、お茶を淹れる役割を買って出る。気付かれないように、まだ仮の段階として作ったものを一滴、気付かれないように加えた。

どれくらい日数が経過しただろうか。もちろんレイシフトがない休暇の日など不定期にしかなく、きちんとしたサンプルはとれない。それに目視と話した感覚でしか分からないそれが、どれほどマスターに効いているかも分からなかった。
毒耐性があるマスターのことだ。少し強めに作ってもいいのかもしれない。と思い付いてから徐々に薬の効能を上げていき、媚薬というレベルに達した頃。

「パラケルスス、なにか薬とか……入れてたりする?」
赤く頬を染めたマスターが、潤んだ瞳でこちらを見上げる。ぞわぞわと、何かがこみ上げた。
「お気付きになられましたか」
不規則に息を吐いて、苦しそうに胸に手を当て、膝の頭をこする。薬を盛られたということを知っても、その表情は特に変わることはない。人が良すぎるのだ。だからサーヴァントにこのように簡単に裏切られてしまう。
マスターは人の子と結ばれ、未来を共に歩むべきだと思い気持ちに蓋をしていたが、誰か他のサーヴァントにとられるくらいなら……。
「あなたがご所望した惚れ薬を、あなたに使わせていただきました」
返答の内容の予想はしていたのだろう。特に驚いた様子はない。
「良かれと思って?」
「いえ。私のエゴです」
「……へ?」
目を丸くするマスター。
私は跪いて、彼女の頬を優しく撫でる。それだけで大袈裟なほど体が跳ね、吐息が漏れた。瞳は揺れながら私から逸らされない。
この状況を作り出したのは私であるというのに、不審がる様子もなく未だ信頼を寄せている目をしているマスターに口角が自然と上がる。
「どなたがお好きなのですか」
頬に添えていた手で、耳朶をやわく摩る。
「……パラケルススだよ」
熱い吐息を漏らして、今にも瞳から涙が溢れそうだ。私の手にマスターの手が重なる。私の指の間を埋めるように、彼女の指が滑り、隙間がなくなっていく。
ああ、惚れ薬は完成した。


2018/12/20



←bun top
←top