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月見チョコ

大人の雰囲気とはこのことを言うのだろう。佐々木の隣で月を眺めながらシャンメリーをぐいっと飲む。透明の薄いグラスに入っている炭酸飲料は、月の光を受けてキラキラと輝いていた。
佐々木はいつもの戦装束とは違い、紺色の浴衣を着ている。白い陶器のお猪口に映る月に視線を落としてから、一口で中の日本酒を飲み干した。

山の上にあるのだろうこの日本屋敷は静まり返っていて、あかりの一つもついていない。二階から伸びた月見台は月の光だけでその形を保っている。手すりの先は黒しかなく、幾ら何でも闇が近すぎるのだが、月明かりの神聖さか、隣に座る守り刀の頼もしさか、怖いとは微塵も思わなかった。遠くに浮かび上がる紅葉は静けさを破らず、まるで世界に2人きり、というのはこういうことを言うのだろうと、臭い言葉が頭をよぎって少し恥ずかしくなる。
「風流だね。」
「然り。」
佐々木が口角を上げる。

彼がお酒を呑むことは分かっていたので、せめて気分だけでも浸ろうかと持ち込んだシャンメリーは、ここには少し似合わない。

月から視線を外し、2人の間にある壺を見る。それからは湯気が立っており、私はてっきりそれは酒だと思っていたのだが、佐々木は先程から徳利のお酒しか呑んでいなかった。あれは一体なんなんだろうと視線を注いでいると、それに気が付いたのか、佐々木が壺の上に備えてあった柄杓に手を伸ばす。
「連れ出しておいて気が遣えず相済まぬ。私も勘が鈍ったものよな。」
「違う違う、気は遣って貰わなくてもいいんだけど、それって何?」
佐々木はにやりとして壺の中に柄杓を入れる。まぁ見てみろということか。
すっと上げられた柄杓の端からは、どろっとしたものが零れ落ちている。
「ええっ!?チョコ!?もしかしてホットチョコレート!?」
「うむ。祭り事にただの月見というのも面白味に欠けるというもの。」
柄杓でチョコを掬うという世にも珍しい光景に目を奪われる。柄杓からお椀のような器へと移ったチョコは、湯気を立てて甘い匂いを撒き散らしていて、板チョコ数十個分の濃度ですということを主張していた。
「甘酒にしようかと考えあぐねていたのだが、あれも少し特殊な味なのでな、こちらの方がマスターには馴染み深いであろう?」
手渡された器を見る。透明度など存在しないほどのそれは、光の少ないここでは茶より黒に近い色をしている。少し息で冷まして、口に流し込んだ。匂いとは裏腹に、ビターなチョコだった。これなら胃が気持ち悪くなることはないだろう。
「美味しい。ありがとう佐々木。」
す、と目を細め、緩く口角を上げる佐々木に少しどきりとする。佐々木の笑みはいつも、不敵な、だとか意地悪な、だとかの方が表現として合うことが多く、そんな優しい微笑み方は、なんというか心臓に悪い。慌てて器に視線を戻してチョコをちびちび飲んだ。温かいものを飲んでいるせいか、はたまた別の理由でか、身体が熱くなっていくのを感じた。

無心でちびちび飲んでいると、「む」という小さな声がして横からする。視線を投げると佐々木が徳利を揺らしていた。きっと中身がなくなったんだろう。
「チョコならまだあるよ。」
「チョコであるか?ふむ……。」
あまり気が進まないのか柄杓に手を伸ばさない佐々木。それならば、と佐々木の手からお猪口を奪い取る。目を丸くした佐々木が苦々しい表情で片眉を上げた。
「強引なお方だ。」
「強引ですー。ってわわ、お猪口小さいから入れづらい。」
さらさらのチョコならまだ入れやすかったものの、少しどろっとしたチョコなので溢れて手にかかってしまう。茣蓙に落とす前に、と舐めようとしたら、腕ごと引っ張られて佐々木の膝の上に倒れこんだ。
何が何だか分からない内に、チョコがかかっている手にざらりとした感触。見上げると、佐々木がチョコごと私の手を舐めて、
「ひ、まって私が舐めるから手はやめ……!」
滴り落ちそうになるチョコを佐々木の舌が受け止め、そのまま肌に沿ってチョコを舐め取っていく。お猪口を取られ、指の先まで、チョコが残らないように丁寧に舐められる。
「甘いな。」
「ビターなんですけど……。」
「いや、甘い。」
袖から出した手拭で私の手を拭き、やっと解放される。佐々木の膝から飛びのいて距離を取ると、くつくつと笑われてしまった。くそう。余裕なのが腹立たしい。

「しかし、我らがマスターを独り占めとは、贅沢極まりない。」
お猪口のチョコをちびちび舐めながら、冗談なのかそうでないのか判断のつかない声色でそう言う。
「独り占めなんていつでもできるよ。」
言いつつ、そう言えば誰かと2人だけの空間で話をする機会はあまり無かったと、頭の片隅で思う。
バツが悪くなって視線を落とすと、小さいお皿の上にちょこんと乗っていた団子が目に入った。手を伸ばして、2つに割る。いい塩梅に別れた団子の片方を佐々木に差し出した。
佐々木は少し驚きながらも、それを受け取る。
「マスターにと一つしか用意していなかったのだが……有り難く頂こう。」
「一緒に食べた方が美味しさも二倍って言うからね!」
半分になった団子を一口で食べる。薄い皮に包まれたこし餡は濃厚で口触りがよく、チョコとはまた違った甘さが口内に広がった。
……甘ったるい。そう思ったのはきっと私だけではないだろう。口の中をさっぱりさせるにも、目の前にはホットチョコレートしかない。
「佐々木。」
「少しばかり名残惜しいが、致し方なし。」
お互いに目が合って苦笑し合う。
詳細を交わす必要もない程にお互いの思考が一致していた。帰って緑茶が飲みたいと。
「そうだ佐々木、君が私を独り占めしたいなら、いくらでもさせてあげるから言ってね。」
目を丸くして言葉をなくす佐々木をニヤリと見上げる。してやったり。すぐに目の前が光に包まれた。ダヴィンチちゃんナイスタイミングだ。



コフィンが開かれる。
目の前にはお預けを食らっていたサーヴァントたちが待ち構えていた。
「ありゃ、これは当分独り占めさせてあげるなんて無理だな。」
長い長いバレンタインはまだ終わらない。


2018/1/31



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