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とある日の風景

※学パロ
※色々cp混じってるので注意


コロッ
肘にぶつかって消しゴムが机から落ちた。
視界が悪い場所に落ちた小さい消しゴムを探さないといけないことに少し憂鬱な気分になる。先生は長い板書を書くのに夢中になっているから、探すなら今だろう。椅子を少し後ろに引いて机の下を覗き込むと、隣から声がかかった。
「どうぞ」
私にしか聞こえない声量のそれに目を向けると、隣の席の彼が消しゴムを差し出していた。さっき落とした私の消しゴムだ。
「ありがとう」
いつの間に拾ってくれていたのやら。消しゴムを受け取って、前を向く。シャーペンを握り直して、黒板の板書をノートに書き写そうとして、ふと気がつく。
はて、隣の彼の名前はなんだっただろうか?


ーーーーー


ピピピピピ
午前7時のアラームが鳴る。
ピピピピピピピ
ピピピピピピピピピピ
「うるさい」
耳につくその甲高い音に耐えられなくなって、目覚まし時計があるであろう場所に手を伸ばした。固く冷たい箱の突起部分を押し込むと音が止む。よし。これでまだ眠れる。再び深い睡眠に入ろうとしたところで、誰かが私の肩を揺すった。
「先輩、先輩、起きてください」
聞き覚えのある、ずっと朝に聞いてきた声だ。
薄く目を開けると、藤色の髪で片目を隠している、メガネをかけた美少女が視界に映る。
「マシュ?」
「はい。先輩。そろそろ支度をしないと遅刻してしまいます」
遅刻。その言葉で飛び起きる。今何時だ?
「ふふ、先輩。まだ時間に余裕はありますよ。お母様が朝食を作って待ってらっしゃいます。今日はご厚意で私の分の朝食も作ってくださったらしくて、先輩とご一緒できちゃうんです」
隣に越してきた一人暮らしの後輩のマシュ。彼女の両親とうちの両親は旧友らしくて、たまに気にかけている間柄……のはずが、私がマシュに世話になってしまっている。

カーテンを開けると、陽の光が私の目を刺した。耳を澄ませると小鳥のさえずりが聞こえて、桜の並木道が見える。
春だ。
そう感じただけなのに、やたらと胸が熱くなった。
不思議な感覚に疑問を持ちつつも、マシュの目の前で着替えを始める。わ、先輩!なんて慌ててるマシュが面白くて、からかいながらセーラー服を纏った。

高校3年生の春だ。


ーーーーー


「リツカ!見て見て!新しくクレープ屋さんができたらしいわ!」
イチゴジャムのような濃く透明の色の髪を揺らしながら、エリちゃんが嬉々として私の机にチラシを叩きつける。
そこには、新春オープン!クレープ専門店!の文字が。さまざまなクレープを写真と共に宣伝しているA4サイズのチラシは、可愛いデザインで見るからに女性向けに作られたものだ。
「へぇ、この辺りにこういうの無かったもんね!帰りに寄ろっか」
「さすがリツカ!分かってるじゃないの!ネロとマリーも誘ってくるわ!」
言うなり走って教室を出て行くエリちゃんに慌ただしいなぁと苦笑しつつも、内心とても楽しみにしている自分がいた。あとでマシュも誘おう。

1限が始まるチャイムが鳴る。
今日はどんな時間割だったっけ。スケジュール帳を開いてそこにメモをしてある時間割表を見ながら、机に置き勉をしてある大量の教科書の中から目当ての教科書を引っ張り出すのであった。


ーーーーー


学校一の不良と噂されているノッブに絡まれたのは、これで何度目だろうか。
「なんじゃそれ、美味そうじゃの」
お爺さんみたいな話し方をするノッブは、喧嘩が強かったり、粗暴な態度だったり、学校をサボったりするせいで、生徒や教師から怖がられがちだ。でも喧嘩を売るようなことをしなければ至って普通の気さくな人である。
「かぼちゃサンドだよ。購買の新メニューなんだって。食べる?」
「うむ!」

ノッブは隣のクラスの沖田さんと仲がいいが、沖田さんは病弱なこともあって学校を休みがちだ。沖田さんが学校を休むときはだいたいノッブも学校をサボるのだが、そういった日でも気まぐれで登校していることがある。
そんな時は、こうやって私と2人で屋上でお昼ご飯を共にするのだ。

「平和じゃのー」
ノッブが空を仰いで呟く。
「平和だね。退屈?」
ちらりとこちらを一瞬見たノッブは、再び空に目を向けた。
「退屈じゃが、悪くない」
遠くを見ているノッブが何を考えているのか、私には分からなかった。


ーーーーー


「あ」
そういえば教科書、ビリーに貸したままだった。あいつ、休み時間に返しに来るって言ってたのに。
授業はもう始まってしまっているため、どうしようもない。先生に見つからないのを祈るのみだ。歴史の授業だし、板書を書き写すだけで終わる可能性も高い。

「藤丸さん」
隣から声がかかる。
隣と言っても、小学生の時のように机をくっつけていないから、人一人分の距離がある。
見ると、隣の席の男の子が不思議そうな顔をしていた。教科書を広げていないのがバレたらしい。
「半分貸しましょうか?」
有無を言わさぬ笑顔だった。こんな威圧感のある笑顔を向けられたのは初めてのはずなのに、よくある出来事のようにも思えた。
「ありがとう、四郎くん」
冷や汗を浮かべながら、こちらから机をくっ付ける。これで先生からはモロバレだ。
しかしまぁ、これを他の女子に知られようものなら、多少迫害を受けても致し方ないと思えるほどの出来事だ。
四郎くんは人気のある男の子で、一部の女の子からアイドルのような扱いを受けている。彼に挨拶をされたら顔を赤らめない女子はおらず、バレンタインは両手で抱えきれない程チョコを貰うという。なぜかそういう女子たちの間で暗黙の了解となっているのが、告白をしてはいけない。ということ。抜け駆けは許さないという圧。正直怖い。
だから彼とはあまり関わりたくないのだが。これは、仕方ない、よね?
クラスの四郎ファンに目を向けると、ギロリと睨まれた。どうやらアウトらしい。

「はぁ、いじめられるかも」
授業が終わってぼそっと呟くと、くすくすと隣で笑われる。笑い事じゃないのだが。
「そうはなりませんよ」
断言できます。そう四郎くんは言う。口ぶりから、自分が学年の女の子からどういう目で見られているのか、気付いているようだった。
「あなたは人気者ですから。迂闊に手を出せません」
それはどういう意味だと、隣に目を向けると、四郎くんは既に教室から出ようとしていた。
「次は移動教室ですよ、藤丸さん」

移動する前にビリーを一発殴っとこう。


ーーーーー


この学校は美男美女が多いと思う。その中で私は平々凡々。モブだ。
デオンとサンソンの隣を歩きながら、2人に向けられる視線にうんざりする。惚けた女の子の視線だ。やってられない。でも気持ちはわかる。
「どこに行きましょうか」
それに気が付いているのかそうでないのか、サンソンがあたりを見回す。あまりこの街には詳しくないらしく、寄り道しようにも何があるか分からない状況だ。
「近くにカフェがあるんだけど、そこ行く?」
2人の目がきらきらと輝いた。眩しい。
「いいね!そこへ行こう」
「そんなに急がなくてもカフェは逃げないよ」
「いや、あなたとこうやって遊べるなんてそうそうない機会です。時間は有限ですからね。有意義に使わないと」
「ああ、そういうことだよ。リツカ」
さらりと口説くようなセリフを言う2人にたじろいでいるうちに、カフェの目の前まで来ていた。シンプルな木製の扉を開き、さぁと手を差し出すその姿は、さながら王子様のようだった。


ーーーーー


女子に人気があるのが四郎くんだとしたら、男子に人気があるのがマリーだ。
お嬢様を体現したその振る舞いは、頭の先から足の先まで、見た目だけでなく内面も、全てにおいて可愛い女の子だった。
そんな女の子と気軽に一緒に遊べるんだから、女に生まれて良かった、というものだ。
「これがハンバーガーね!」
ファストフード店に初めて来たらしいマリーは、チーズバーガーを手に持ちながらうきうきしている。
生粋のお嬢様だ。きっと初めて見るんだろう。
「ポテトもあるぞ!たんと食え!今日は余の奢りじゃ!」
まるで王様のような話し方をするネロは、オレンジジュースをズルズルと吸っている。
「この前のクレープもよかったけど、こういうところに寄り道っていうのもいいわね」
エリちゃんは放課後に寄り道ということに要点を置いているらしくて、色んなところに私を連れて行ってくれる。

「今度ロビンたちも誘ってみようかしら」
ぼそりと呟いたその言葉を2人は見逃さない。
「あら!エリチャンったら!もしかしてロビンさんのことが好きなのかしら?」
「むむ!あのタレ目か!貴様も隅に置けんな!」
「ち、ちがーう!そういうのじゃない!」
顔を真っ赤にさせたエリちゃんが可愛らしくて、食べ物の話から恋バナに転じた。ああ、なんだか、とっても女子高生みたいだ。


ーーーーー


春の暖かさも段々と強くなってきて、暖かいより暑いという表現の方が合うようになってきた。
「リツカ、聞いているのですか?」
その暑さにじわじわと汗が滲む。綺麗に掃除されている床に正座をして、膝の上に手を置いている私は、ただ今説教を受けている最中だ。
ここは生徒会室。目の前に仁王立ちしているのは3人。
会長のアルジュナ、副会長のアルトリア、生徒指導の諸葛先生だ。
「すみませんでした」
「謝ってほしいのではありません。反省して頂きたいのです。わかりますね?」
「はい」
「今後は二階から飛び降りるなどという馬鹿な真似はしないように」
「はい」

二階から飛び降りたというのは語弊である。いや、間違ってはいないのだが、自分でも少しやり過ぎたと反省している。

昼休み中に窓の外にアストルフォが見えて、嬉しくなって手を振った。向こうも満面の笑みで振り返してくれたのだが、その後に腕を広げて、飛び込んでこいとジェスチャーされた。楽しそうに名前を呼ばれて、私は何も考えずに窓枠に足を掛けていた。
彼がちゃんと受け止めてくれると確信していたし、ちゃんと受け止めてくれた。勢いが殺しきれずにくるくる回って地面に倒れたのだが。2人で笑いあったのが記憶に新しい。

しかしまぁ、よく二階から落ちた人間を難なく受け止められたものだ。

「リツカ、貴方はお転婆が過ぎます。相手がアストルフォだったから良かったものを」
「わ、わかってるよ。私も無意識にやっちゃっ……」
言ってからしまったと口をふさぐ。無意識に二階から飛び降りたなんて頭がおかしいにも程がある。
「無意識に?」
諸葛先生の眉間にいつもの二倍マシの皺が刻まれる。
ああ、まだまだお説教は続きそうだ。


ーーーーー




今日は日直である。
日直は1人ではなく、隣の席の人とやることになっている決まりだ。
つまり四郎くんと日直だ。
日直の仕事は、黒板消し、掃除後の教室のゴミ出し、花瓶の水換え、日誌などだ。
私が行動するより早くその仕事に移っている四郎くんのおかげで、私はほとんど何もやっていない。
時間は放課後。あとはゴミ出しと日誌を書くだけだ。最後に教室の鍵を閉めて、職員室に返しに行く。

「持ちますよ」
先程まで黒板を綺麗にしていた四郎くんは、ゴミを袋に纏めて持っていこうとしていた私の手から、ごく自然にそれらを抜き去った。
あまりにも鮮やかすぎて呆然としていたら、くすりと笑われてしまう。
「全部持って行かせられないよ。片方持つから」
そう言うと、少し悩んだ後、小さい方のゴミ袋を手渡された。恐らく軽い方だろう。

「ほとんど全部四郎くんにやってもらっちゃって申し訳ない」
「でしたら日誌は藤丸さんが書いて下さいますか?」
柔らかな笑顔だ。この人はいつも微笑んでいる。器用だなぁと思う。
「もちろん、いいよ」


「2限、2限、なんだっけ?」
ゴミ出しを終わって、2人で教室に戻ってきて、私が日誌に取り掛かり、その間四郎くんは隣で小説を読んでいる。のだが。
「2限は数2ですよ」
「あ、ああそうだったね」
「寝ているから分からないんですよ?」
「見てたのか……」
「隣にいれば気付きます」
四郎くんは小説を閉じて行儀よく座っている。
結局四郎くんの言う通りに日誌を書いて、鍵を閉めて職員室に返す。日直の仕事はこれで終わりだ。

「家まで送ります」
校門まで出たところで、方向はどっちかと聞こうとすると、先手を打たれてしまう。
「悪いよ」
「いえ、最近は物騒ですので」
夏はいつのまにか終わっていて、もう冬が近づいていた。最近の傾向として春と秋が短いのだが、それにしても夏と秋はいつのまに終わってしまったのだろう。
沈みかけている夕焼けは家々に遮られて、私たちを照らすのは街灯しかない。
途端に道の奥がひどく暗く見えて、その先に進めない気すらしてしまう。
四郎くんを見上げると、いつもの微笑みを返してくれた。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい」
そういえば、最近は一人で帰ることはなく、誰かが絶対に隣にいた。昨日はマシュ、その前はエリちゃん、その前はノッブ。

「藤丸さんは、叶えたい願いはありますか?」
隣を見上げると、前を見据えている四郎くんが目を細めた。
急にどうしたんだろう。
願い、と口にすると、やたらと胸がもやもやする。
「四郎くんは、あるの?」
前を見ていた四郎くんが、こちらを見る。何度も目を合わせてきたのに、初めて四郎くんと目が合ったような不思議な感覚がした。
「私は……秘密、です」
ざわざわと、言いようのない不安が体を駆け巡る。前にも聞いたことがある気がする。何かが欲しいと言われた気がする。あるいは、今のように、はぐらかされたような。
「着きましたね」
「あれ?」
いつのまにこんなところまで歩いてきていたんだろう。私の家の前に着いていた。
「おやすみなさい」
「おやすみ……」

家の中は静まり返っていた。


ーーーーー


一面の白の中心に、彼女が立っている。
切り立った崖から遠くを見ていた。
白しか見えなかったはずのその景色は、今は青空が広く、広く、遠くまで澄み渡っていた。
静かな空間に、自分が白を踏む音だけが響く。
「先輩」
振り返った彼女はーーー。

「先輩、朝ですよ、先輩」
「……マシュ」
見慣れない天井と、見慣れた美少女が目に映る。これから私は学校に行かないといけない。
「今日はお母様はお仕事らしく、朝からいらっしゃいません。私が腕をふるって卵焼きを作らせていただきました!冷める前に食べましょう?」
「うん、そうだね!ありがとう、マシュ」
きっとこれは、夢なんだろう。


ーーーーー


「四郎くん!私、願い事できたよ」
小説から顔を上げた四郎くんは、いつも通り微笑んでくれる。
「おや。お聞きしても?」
「うん!制服で遊園地デートすること!」
「へぇ、それはいい願いですね」
「ありがとう。それで今日の帰り、2人で遊園地行かない?」
ガタッ
前の方の席で、四郎ファンがこちらを睨みつける。ああ、そんなに分かりやすく睨まないでもいいのに。
「いいですよ」
ほとんど即答だった。少しは悩まれるかと思ってたこともあり拍子抜けだ。
「いいんだ」
「はい。制服デート、しましょう」
全く照れた様子もなくそう言う四郎くんは、至っていつも通りだった。


ーーーーー


「何か乗りたいものとかある?」
「いえ……特にはありません」
デートと言っておきながら、全く甘い雰囲気などはなく、隣の席のクラスメイトという関係性を崩すことも乱すこともない。
ただ適当に乗り物に乗ったりして、2人で笑い合う。それだけでよかった。

夕日が辺りを包む。
赤く染まる遊園地に人は少ない。貸し切っているかのような気さえしてくる程だ。世界に2人きりみたい、なんて思っちゃったり。
「暗くなる前に帰りましょうか」
「じゃあ最後に観覧車乗ろう」
半ば強引に腕を引っ張る。抵抗なく着いてくる彼が、なんとなく面白かった。

無人の観覧車に乗り込んで向かい合って座る。夕日がさしている窓の反対側からはもう月が見えていて、ちょうどここが夕暮れと夜の狭間だった。
「今日は楽しかった?」
「ええ。楽しかったですよ」
「そっか。よかった。ふふ、天草と遊園地なんて」
「やはり、気が付いていましたか」
困ったように天草は夕日を見つめた。
「主犯は?」
「エリザベートさんです。ですが、結果的には全員、ですよ」
「ありがと」
「いえ。私は何も」
夜を見る。境界が揺らいでいた。きっとここはあと少しで消えてしまうんだろう。
「楽しかったですか?」
神妙な面持ちで問われる。そこに笑顔はなかった。
「もちろん。楽しかったよ」
最大の笑顔で返すと、強張っていた表情がふっと崩れる。揺れたピアスが、月の光で輝いていた。


ーーーーー


観覧車を降りると、目の前にエリちゃんがいた。
不安たっぷりといった表情を見て、なんだか申し訳なくなる。
「エリちゃん、ありがとう。楽しかった」
「ほんと?迷惑じゃなかった?」
「うん。迷惑なんかじゃないよ。嬉しかった」
「子鹿……いいえ、リツカ!もうこんなこと、二度とできないけど、アタシとまた遊びなさいよね!」
「うん!カルデアに戻ってもたくさん遊ぼう」

世界が解けていく。星が瞬いて、月が欠けていくのが見える。
さぁ、タイムリミットだ。という声と共に、光に包まれた。


2018/8/24



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