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悪いこと

「現行犯逮捕です」
後ろから伸びてきた手に、持っていたものを抜き取られる。あろうことかそれをぐしゃりと握り潰した。声と褐色の手から誰が来たのかなんてすぐに分かってしまって、振り返られない。怒っているのは確実だ。なんせ握りつぶしたのだ。火のついている煙草を。
「これには訳が」
「では話してもらいましょうか」
手を頭の横に上げて背筋を伸ばしていると、肩を掴まれてぐるりと反転。かち合った目を見てヒェッと悲鳴が漏れた。ヤバイ。すごーく怒ってるぞう。

ーーーーー

「なるほど。偶に"悪いこと"をしたくなっては一人で煙草を吸っていると」
「はい」
それはもう流れる川のように自然と体が正座をし、訳がペラペラと口から出た時、あれ?私口軽すぎ?拷問とか耐えられないのでは?なんて頭の片隅で不安に思ったりもした。
天草はいつも通り神父様らしく行儀よく手を前にして立っているのだが、私の心境としては懺悔する憐れな子羊……というよりはママに怒られている悪ガキだ。
「気持ちはまぁ……分からなくもありませんが。煙草はいけません」
「そうですよね。ごめんなさい。きちんと成人してから……」
「いえ。成人してからも駄目です」
「えっ?」
天草は口元に手を当て、何か考えているようだった。
「煙草は体に悪い。ストレスの発散なら……ゲームや漫画、スポーツなど他に沢山あるでしょう」
「……わ、わるいことは?」
「悪いことは……今からしに行きましょうか」
にこ、と台詞とは正反対の聖人スマイルを浮かべた天草は手を差し伸べる。私は"天草四郎"と"悪いこと"がまるで繋がらず、疑問を浮かべつつも手を取り立ち上がった。
横目で見上げると、わくわくしているのだろうか、それが隠しきれていない天草がいて、そういえばさっき「悪いことをしたくなる」と言った時同意していたことを思い出した。天草でも悪いことをしたくなる時があるのだ。意外なことを一つ知ることができて、自然と口の端が上がった。

ーーーーー

共同スペースで、ロビンとビリーと術クーフーリンがカードゲームで賭け事をしているのはいつもの光景だ。ただ今回は、それに私も参加している。天草はルールの分からない私の補佐役として後ろでアドバイスをしてくれていた。
ここに来る前、廊下でぼそりと私にしか聞こえないように、「イカサマをしましょうか」なんて悪戯っ子みたいに笑った天草はとても楽しそうだった。その時の天草は年相応の男の子で、ギャップに胸が高鳴ったなんてことは墓まで持っていかなければならない。
サポート役の天草が私に助言をくれる時、とても、とても顔が近い。それはそうだ。他の3人に手札が見えないように天草に見せなければならないのだ。覗き込んだら私の耳のすぐ横に天草の顔が来るに決まっている。私は助言をもらいながらカードを凝視するしかないのだ。くそう。
「天草、これはどうしよう」
なんともないフリをして手札を見せる。ずい、と頬が触れ合ってしまうんじゃないかという程近付く天草。わざとやってないだろうか。
「これは……そうですね、まず見易くするように並び替えましょうか」
真ん中のカードを一枚取って一番左へ。右端のカードを一枚取って一番左へ。その時、天草の袖からカードが一枚現れた。それは私にしか見えないように手札に加えられ、先ほど天草が手に取ったカードは入れ替わる様に袖へと仕舞われる。
視界の端に映る3人は雑談に夢中でこちらを見ていないようだった。
天草はいつも通りの澄ました顔で私から離れる。
「さぁマスター、分かりますね?」
「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ」
手札を机に広げる。
ぽろ、とクーフーリンのタバコから灰が落ちた。
「マジで?」
「……いや、ごめん、3人とも。イカサマした」
早々にネタばらしをし、付き合ってくれた天草にも罪悪感を感じて振り向くと、彼はにこ、とひとつ微笑んで袖の中のカードを机に置いた。
「おたくら2人がイカサマねぇ……」
「私が悪いことしたいって天草に頼んだんだよ。でもやっぱり申し訳なくなっちゃうねこういうの」
項垂れていると、クーフーリンは頬杖をついて励ますように微笑んだ。
「まぁ嬢ちゃんはそうだろうな」
「僕らは普段からイカサマしてるけど申し訳ないなんて思ったことないね」
「この前イカサマ合戦になっちまった時はゲームにならなかったしな」
「あれは傑作だった!」
HAHAHAHA!
一瞬でアメリカンな空間になり、マスターのイカサマ記念だとお酒を煽る3人。
私と天草は目配せをしてこっそり抜け出した。

ーーーーー

「やっぱり人に迷惑をかける悪いことは駄目だよ」
温かい緑茶を啜りながら、机越しに同じく緑茶を飲んでいる天草に投げかける。
「なるほど。タバコは人に迷惑をかけていないと?」
片眉を上げて分かりやすくムッとする天草。
彼は、私以外の誰にも目撃される心配のないーーマイルームだったりだと、普段より感情が表れやすい。
「あんなカルデアの端っこで吸ってたんじゃ受動喫煙にはならないでしょ」
「私があなたの身を案じることになります。人に心配をかける行為は別ですか?」
「うっ……」
狡い言い方だ。それを言われてしまうともう私に選択肢は残されていない。
ふぅ、と一息ついた天草は、机に湯呑みを置いて微笑んだ。
「悪いことは私としましょう」
手を差し出す天草。
「共犯者ってやつだね?」
「ええ。クハハハ」
「似せる気ある?」
自然と笑みが零れて、私は躊躇わずその手を取った。
これからは私の"悪いこと"に天草が付き合ってくれるらしい。それだけで少し、いやかなり心が楽になった気がした。


2018/12/17



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