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苦手

「マスター、おはようございます」
びくりと肩を震わせる。心臓が平常より音を立て、どこからかやってきた熱が顔を熱くする。
ぴたりと足を揃えて私の目の前に立ち止まった彼は、いつもの微笑をたたえながら、挨拶。
それだけだ。彼はそれしかしていない。


「うーん。私からはなんとも」
彼とはまた違った性質の微笑みをもつ万能の人は、私からその症状を聞いて微妙な表情をした。言うべきか、言わざるべきか、迷っているのが分かる。しかし大抵のことは面と向かってしっかり伝えてくれる彼女がその方法をとったのなら、きっと知るべきことではないのだろう。
「そっか。ありがとう」
「負の感情ではないと思うよ、私は」
それを背で聴きながら、しかし私はもう結論を出してしまっているのだった。


「どうしました。改まって話とは」
彼が召喚され数ヶ月が経ったが、マイルームに呼んだのは初日の1度だけだったため、これで2度目となる。
だというのに緊張など微塵もせずいつも通りの彼と、がちがちに固くなっている私がそこにはいた。
「君を傷つけてしまうかもしれないけど、聞いてほしいことがある」
「ええ。どうぞ」
興味がないのか、はたまた何を言われても傷付かない自信があるのか、飄々とした態度の彼に少しばかり苛立ちを覚えながら。
「私は君が苦手だ」
「おや。どういうところがですか?」
小さい子供にするように、丁寧に質問を返す天草。
「君の声とか、その顔も。背丈もだめ」
「他にはありますか?」
にこにこと、表情が崩れることはない。
「……そういうところも苦手」
「なるほど。よくわかりました」
……なぜ、嬉しそうなんだ?
彼は口に手を当てくすくすと笑う。まるで理解できない。
「気付いていましたよ。あなたに声をかけると大袈裟に反応することも、私が目を合わせようとしても中々合わないことも、頬を上気させていることも、返答が上擦っていることも」
「?」
「苦手は克服しないといけませんね?私のマスターなんですから」
ベッドの縁に私との間を人一人分空けて座っていた彼が、少し距離を詰める。
「……そう。そうだね」
「ええ。私を座に還したいというわけではないのでしょう?」
「うん。君にはこれからも仲間として力を貸してほしい」
「私と手を取り合いたいのに、苦手だからそうすることができず、私に相談をした。そうですね?」
「……?そうなのかな?」
「ええ。そうです。でないと矛盾するじゃないですか。あなたなら苦手と告白せずやり過ごすこともできたはずです」
「うーん。そう言われてみるとそうかも?」
「どうですか?今でも心臓の鼓動は早いですか?頬は熱いですか?逃げ出したいですか?」
ついに私に密着するほど接近した天草は、肌を撫でるように手をとって指を絡めた。
「や、苦手だって言ってるでしょ」
「克服するんでしょう?それに、苦手であっても嫌ではないのではありませんか?」
「嫌じゃ、ないけど」
「では、たくさん触れ合って慣れましょう?」
ね?そう言ってより一層体を密着させる。肌同士が触れ合っているのは手だけだというのに、熱い。熱くて、暑くて、苦手だ。早く終わってほしい。だれか助けてほしい。
「きょ、今日はもう、いいでしょ?」
「…………もう少しだけ」
掠れた声で囁かれる。心臓がうるさい。お腹の奥が熱い。もういい。もうやめてほしい。頭がくらくらする。
繋がれた手が、唯一肌が触れ合っている手が、お互いの体温で溶けているような感覚に陥る。あれ?なんで天草もこんなに熱く……?
意を決して見上げた先にあった琥珀は、見たこともない色を灯していた。


2019/6/9



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