fgo


ねこのひ

毛並みの良い猫が奥から歩いて来る光景を見て、それがあまりにも珍しく、足を止めた。
どこかから迷い込んだのか、誰か職員が内緒で持ち込んだのか定かではないが、敵意はない様子から人馴れしていると判断する。
しゃがんで手を伸ばすと、その猫は逃げることも抵抗することもなく、大人しく私に頭を撫でられた。
「可愛い」
周りには誰もいないこともあり、胸の奥から込み上げるものを抑えることができなかった私は、ひょいっと持ち上げてそのまま抱きしめた。しかしそれは嫌なのか少しばかり抵抗をする猫に、大人しくしなさいと普段より浮ついた声で諭す。猫は抵抗しなくなった。

しばらく堪能していると、誰かが来る気配がして猫を解放する。にゃ。とひとつ鳴いた猫は、その場でつちのこのように伏せてしまった。
「おやおやおや。こんなところにいたんだね、立香ちゃん」
「え?」
カツカツとヒールを鳴らして現れたのはダヴィンチさんだった。彼……いや彼女は今、立香ちゃんと呼称したが、この場にいるのは私と猫のみだ。だとすればこの猫の名前はマスターと同じだということだろうか。……あるいは。
その可能性に、ひやりと背筋が凍る。
「ああ、その猫はキミのマスターだよ。セクハラとかしてないだろうね?」
猫が顔を上げて私を見る。私はその目をよく知っていた。思えば体毛も、猫にしては珍しく赤茶色だ。まずいことになった。私はどこを触っただろうか。無我夢中だったので覚えていない。
「す、すみませんでした」
にゃ。ひとつだけ鳴いた猫は、私の膝へパンチを繰り出してからダヴィンチさんの後ろへと隠れる。
「はは!まぁなんだ、きみは猫を触っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
マスターを抱えた彼女は、工房の方へと消えていく。

私は自室でひたすらに謝罪の言葉を探しながら、彼女が元に戻るのを待つのだった。


2019/6/9



←bun top
←top