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映画記念日

※転生現パロ


「益田くんって家で何してるの?」
隣の席の天草四郎に問う。
あの頃と違い、肌は白く髪は黒かった。現代風に、しかし形は崩さず短くなっている髪型は柔らかそうだ。
ピアスの穴すらない形のいい耳が私の声を拾って、小説に向けられていた瞳が私を捉える。弧を描く薄いそれが、そうですね、と発する。
人はその様子を王子の微笑みと言い、あるいは神とも形容する。しかしきっと私だけが"作り物の笑顔"だということを知っている。胡散臭くて、猫を被っていて、何かを隠している。
「読書でしょうか」
手元の本の背表紙をこちらに向ける。タイトルを見たが、知らない本だった。
「読書かー、想像通り」
「藤丸さんは何を?」
「友達と遊んでるよ。先週はアウトレット行ってきたんだ」
「ああ、あの最近できたところですか」
さして興味もなさそうに、綺麗な笑みをこちらに向ける。アウトレットなんて行かないんだろうなぁと肩肘をついて手に顎を乗せた。この天草は、面白くない。
「きみは外出とかしないの?」
「近所のスーパーか、たまに映画を観に行く程度です」
「映画?どんな?」
「西部劇であったり、SFも観ました。そこの映画館では日によって上映内容が変わるので、観にいきたい映画があって訪れるわけではありませんよ」
「ローカルな映画館なんだね。いいな、そういうのちょっと憧れるかも」
彼が恋愛映画を観ていたら面白かったのに、と思いつつ。
私は大型の映画館にしか行ったことがなくて、小型の映画館には憧れがあった。B級映画を古びたスクリーンで流し、たまに欠伸を零しながら座り心地の悪い椅子で味の薄いポップコーンを頬張る。いいじゃないか。ロマンだ。
「今度一緒に行きますか?」
「え」
試すような視線が珍しく、過去の彼を彷彿とさせた。いたずらを考えついたときの、それを共にしないかと私に持ちかけるときの、友達のようなそれ。
「はは、すみません。冗談ですよ」
唖然としていると、焦った様子の彼が先ほどの言葉を撤回する。
「行く!」
がたんと椅子が大きな音を立てた。休み時間とはいえ座っている人が多い中一人頭が飛び出る。
目を丸くした天草は、こちらを見上げながら照れ臭そうに笑った。

ーーーーー

それからというものの、天草との接点が増えた。
映画を毎週見るにはお小遣いが足りない私は、初めて彼と映画に行った9日を(心の中で勝手に)記念日にし、毎月9日に映画を観に行く約束を取り付けた。
教室でも話す回数が増え、周りの女の子に嫉妬の視線を向けられるほどになった。
いつしか私は、彼の微笑みを胡散臭いと感じなくなっていた。

「今日は恋愛映画ですね」
「ふーん?あ、これ一時期話題になったやつだね。私は観なかったけど」
男女が二人、並んで立っているポスター。たしかハッピーエンドではなかったはずだ。
売店でポップコーンを一つ買って、二人並んでこぢんまりとした劇場の真ん中に座る。ここが定位置だった。基本的に客はあまりいなく、ほとんど貸切だ。


ハッピーエンドじゃないどころかバッドエンドだった。ヒーローは死に、ヒロインはその彼のことを忘れられず、死ぬまで恋人を作ることはない。
映画が終わり、照明がつく。立ち上がらない私に、大丈夫ですかと優しく声をかけてくれる天草。ハンカチを受け取って涙を拭いた。いつのまに泣いていたんだろうか。
「ありがとう、あま、」
「……あま?」
差し出したハンカチを引っ込める。今、完全に彼を天草と呼びそうになった。それもそうだ。私は私のヒーローが死ぬシーンを、幾度となく見てきた。さっきの映画でそれがフラッシュバックし、無意識のうちに隣の彼の手を握りしめていた。
「度々感じていましたが、あなたは俺ではない誰かを見ているんでしょう?」
はっとして顔を上げる。眉間に皺を寄せて、それでも悟られまいと口角だけ上げていて、痛々しかった。
「……いいんです。俺はそれでも、あなたとこうしていられることが楽しい」
ばくばくと心臓が鳴っているのに、体は冷え切っている。彼の言葉全てがその通りで、違うなんて嘘を今の彼に吐けなかった。
「益田くん、ごめんなさい」
「いいえ。いつか俺自身を見ていただけたら、それだけで、俺は」
「お客さーん上映終わったから一旦出てねー」
扉から顔だけ出している店員に注意を受ける。私たちは顔を見合わせて、慌てて外へ出た。


すっかり夕日も沈み、冷たい風が肌を撫でてぶるりと震える。どこかから聞こえてくる虫の大合唱に、秋の訪れを感じた。
「……あの、」
控えめにかけられた声に振り向くと、益田くん
は不安そうな表情で、瞳を曇らせていた。
「また、映画一緒に見ていただけますか?」
壮絶な過去も願望も、きっと今の彼にはない。平和な世界で育って、平和な街で育って、平日は学校へ行き、休日は読書か映画か近所のスーパーでお買い物。ただの平凡な男子高校生だった。
「もちろんだよ。……あのね、益田くん」
「はい」
「もう一度私と友達になってください」
益田くんは迷うことなく私の差し出した手を取る。反対の手も使って包み込むように。
同じ琥珀がばちりと交わる。溶けるような熱を持った瞳に、心臓が跳ねた。
「いつか、恋人になっていただけますか」
「へ?」
甘い囁きは、心の奥の奥からじわじわと侵食していった。


2019/6/9



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