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桜の木の亡霊

※大正/探偵パロ


街の隅にある小さな事務所から駅までは徒歩20分。住宅地や商店街を抜けると、左手に小高い丘が現れる。発展途上にある街の中心を切り開くように存在する丘は、天辺に桜の木がひとつだけあった。不自然なまで美しいその空間は、人の手が入っていないのに、昔と変わらない風景を人々に見せていた。

知り合いの探偵事務所に居候し、二つ隣の駅の学校へ通っている天草四郎は、かの桜について調べたことがある。
この地が発展し、今のように街が栄え、駅ができたのはほんの10年前の出来事だ。それより前となると、商売が少しだけ盛んだっただけの田舎町。その頃撮られた写真に全く同じ桜が写されていた。
町が栄えるにつれ、あの桜を切り倒して店や家を建てようという話が幾度も上がる。その度に、その計画に携わった者たちが不幸にあったという噂が後を絶えなかった。曰く付きの桜なのだ。
ーーそうでなくても、明治の頃から姿形が変わらない桜が年中咲いているというのは、人々を畏怖させるには十分であるが。

9月、天草四郎は駅へ向かう途中、丘の上の桜へと目を向ける。いつもと変わらぬ桜は、どんな時も彼の心を幾分か穏やかにさせるものだった。
しかしその日は違った。舞い散る淡い色の花びらに紛れ、着物を着た女性の姿を彼の目が捉えた。驚いてひとつ瞬きをすると、その姿は消えてしまう。
見間違えだったのだろうと桜に背を向け歩き出すが、その日は桜の木にいた女性が頭から離れず、学業に身が入らなかった。


「四郎、仕事だ」
学校から帰り、事務所のドアを開けると、客用の椅子に足を組んで座りコーヒーを飲んでいたエドモンーーさながら映画のワンシーンのようだーーが、机上の数枚の紙に目を向けた。
机を挟んで彼の向かいに座り、紙を手に取る。紙の間からするりと床に落ちた写真を拾い上げると、それはあの桜の木だった。
「お前は前、あの不死の桜について調べていただろう」
「ええ。有益な情報を見つけることはできませんでしたが」
答えつつ、紙に目を通す。
どうやらここ一帯を取り仕切っている地主が、あの丘の上に家を建てたいのだという。しかし良い噂は聞かず、不幸にあいたくもない。ただの探偵に、あそこを家の建てられる地にしてほしいのだという。
「そんな無茶な」
「俺も不可能だと言ったのだが、奴らは前金を置いていった。何かしらの成果を上げる他ない」
見れば、彼の隣には見慣れない革の鞄が置かれている。あそこに前金とやらが入っているのだろう。
「私個人としては、あの丘と桜は無くなって欲しくないのですが」
「クハハ!お前はあれが気に入りだったな。魅入られたか?」
「魅入りますよ。あれは」
茶を入れようと席を立ち、ふと今朝の出来事を思い出す。勉強もできないくらいに気になっていたというのに、頭からすっぽり抜け落ちていた。
やかんに火をかけて、茶筒に手を伸ばす。
「そういえば今朝、あの桜に着物の女性がいたんです」
「ほう」
「桜色の着物を着て、晴れているのに赤い傘を差していました。髪は緋色で、ちょうど私と同じくらいの年齢じゃないでしょうか」
一瞬視界に入っただけなのに、事細かに説明できる程脳裏に刻まれている。
「その女はどうしたんだ」
「一瞬しか見えなかったのでなんとも。丘の向こうにでも行かれたのでしょうか」
沸いた湯を急須に入れる。緑茶の香りがほんのりと身に染み渡った。
「今回の依頼だが、一人警察の手も借りて行う。なにせ地主の依頼だからな。俺とその警察で桜の木の背景を洗う。お前は現地調査だ」
「呪われた地に足を踏み入れろということですか」
「なに、死にはせんだろう」
「はぁ、承知しました」
夕食の支度をしながら、あの女性について考える。初めて見た気がしなかった。なにか、以前から知っているような。
遠くて顔までは見えなかったが、恐らく目が合っていた。恐らく、微笑んでいた。
ーー馬鹿馬鹿しい。
らしくない妄想も大概にせねば。今日の献立は南瓜の煮物と……。


ーーーーー


次の日、メモ帳と文学小説を上着のポケットに入れ、丘へ足を踏み入れた。
周りの人々の視線が刺さる。こそこそと、誰かの話し声も後ろから聞こえた。呪われたこの丘には誰も入りたがらないのだ。当たり前だろう。
顔を上げると、桜の木にあの女性がいた。
今度は瞬きをしても消えない。無意識の内に走り出し、登りきった頃には膝に手をついて息を切らしていた。

「やあ。ここに人が来るなんて珍しいね」
なんとまぁ、友好的な人だろうか。
彼女はあの日と同じ、桜色の着物を着て、赤い番傘を差して、桜の木の枝に座っている。
「あなたは誰ですか」
「わたし?私は、うーん。きみは?」
「私ですか?天草四郎といいます。探偵事務所に居候をしながら学校に通っています」
「ああ、書生さんってやつだね?」
「それで、あなたは?」
「わかんない」
自分の名前が分からないというのに快活に笑う彼女は、番傘をくるくると回している。
「どうしてここにいるのですか」
丘にいるだけでなく、不死だ呪いだ怪異だと恐れられる桜の枝に座っている。
「どうして?どうしてだろうね?なんだか記憶が曖昧なんだ」
「記憶喪失でしょうか。家は分かりますか?」
「うーん」
「警察の方と会う機会があるのですが、身元を調べていただきましょうか」
「そうだね。そうしてもらおうかな」
少し困ったように笑った彼女を不思議に思いつつも、手元のメモ帳にメモを取る。
「家がわからないなら私の事務所に来ますか?男だけなので不安に感じるかもしれませんが」
「ううん。大丈夫。私ここから動けないから」
「降りられないということですか?」
「違うよ。ここから離れられないんだ」
ふわりと音もなく木から降りた彼女は、番傘を回して私を見上げる。
「私たぶん、地縛霊ってやつだから」
伸ばされた手は私の頬に触れることなく、透けて体の向こう側へと通り抜けてしまった。


ーーーーー


「藤丸立香。間違いないか?」
「ええ。この方です」
今回協力関係を結んだ警官のエミヤが、情報を元に身元の特定を遂行した。
何度か桜の木に通い、話しているうちに記憶を取り戻しつつあった彼女は、藤丸立香というらしい。没年齢は17歳。生まれも育ちもこの町で、亡くなったのは10年前。
「一家全員、何者かによって殺されている」
「そんな……」
丘の下で暮らしていた藤丸一家は深夜襲われ、命からがら逃げだした立香も桜の木の下で追いつかれ殺されたらしい。
「10年前、ここの地主をやっていたらしいな。それが一家全員亡くなったものだから、親戚の家へと全て受け継がれた。それが今の地主だ」
「怪しすぎませんか?その親戚の方々」
「ああ。だが証拠が見つかっていない」
凶器の刃物さえまだ見つからず、事件は迷宮入りしているのだという。
「やるせませんね……」
「しかし君、幽霊が見えるのかい」
「ええまぁ、そうみたいです」
昔から、存在の弱い幽霊は見えなかったが、あの藤丸立香のように、しっかりとした意識を持った幽霊なら見ることができる。……人間と幽霊の見分けは今もつかないのだが。
「恐らくあの桜の木を切ろうとして災いが降りかかるのは、藤丸立香及び藤丸家によるものだろう。唯一対話できる君が説得……もしくは成仏させてくれれば助かるのだが」
「……やってみますが、あまり期待はなさらないでくださいね」
成仏だとか、お祓いだとか、そういうことは専門外なのだ。なにせただの学生なのだから。


ーーーーー


「ここでのピクニックはどう?書生クン」
「ええ。ここからの眺めは良いですし、好きですよ。食事も美味しくなります」
風が冷たいことを除けば、贅沢この上ない。丘の上の桜の木、そしてそこからの眺め、隣には可愛い女性ーーを独り占めにしているのだから。
「私はきみが来てから退屈しなくなったけど、きみはもっと友達と遊んだりしなよ?こんな幽霊なんか放っておいてさ」
俺の隣に膝を抱え込んで座っている彼女は、不貞腐れたように唇を尖らせた。
「あなたの隣があまりにも居心地が良くて」
好意を隠さず伝えると、小さい耳が赤くなるのが見える。
「過去の人間に囚われちゃだめだよ」
白い手が自分のものと重ねられる。驚いて顔を上げると、鼻が触れると錯覚するほど近くに彼女の顔が見えて、反射的に目を閉じた。ーーが、何も起きない。
「ね?何も感じない」
目を開けると、彼女が姿を消していた。
何も感じないわけがない。早鐘を打つ心臓が、熱くなる顔が、口に当てた手が震えているのが、彼女には見えていないんだろうか。
「……実は、あなたを成仏させるよう命じられているんです。どうか、それまでこの男の戯れに付き合っていただけないでしょうか」
初めて恋をした。初めて一人の女性を美しいと思った。何かしてあげたいと、力になりたいと思った。可能ならば、もっと長く共にいたい。ーーだが、町を行き交う人々を眺める彼女の寂しそうな表情を、これ以上させたくはない。
「天草くんなら私のこと成仏させられるよ。また明日ね」
声のした方へ目を向けると、頬を上気させた立香さんが木の枝に座っていた。
なんだ。あなたも照れているんじゃないか。……なんて焦れったいんだ。
どうして抱きしめることができないのだろうかと、見ることしかできない自分が腹立たしかった。


2019/6/9



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