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苺のケーキ

カルデアベースでは食料不足を補う為、自家栽培が流行っていた。

……このカルデアで流行というものはトラブルの元でしかない。それをここ数年で嫌というほど身に染みて感じているマスターは、遠い目をして凶暴化したトマトを無力化することに勤めていた。

トマトの他にも人参、ピーマン、じゃがいもなど様々な野菜が闊歩している。大人しい野菜は自らキッチンへ赴き、レシピを弓兵のコックに渡して自害するのだが、凶暴な野菜はそうはいかない。
体調2メートル、いや3メートルあるのではないかと錯覚するほど巨大化した野菜や、やけに素早い野菜などを狩らなければならなかった。

ジャックが切り裂いたデカトマトの緑の汁が頬にかかり、視界の端に串刺しになっているさつまいもを丁度良い火加減で燃やしているジャンヌオルタが映った。

そして狩った野菜をそのまま捨てるのは勿体ないということで、連日の野菜パーティーが開かれていた。しかしいくらカルデアの調理担当が複数人いようが、様々な国の出の者がいようが、さすがに5日も経てば飽きてくるものだ。
私は昼食のキッシュを口に運びながら、晩御飯の献立を考えていた。トリスタンにトマトをスライスしてもらって、ヘラクレスが適当に千切ったレタスと武蔵ちゃんがいい感じに切った茄子を使って、麻婆ハンバーガーとかどうだろう。うん。たぶん美味しい。午後の編成は決まったな。

思考を巡らせていると、昼食を食べ終わった天草がスッと視界から消えた。
そういえば天草が野菜を狩っているのを見たことがない。もしやサボっているのだろうか?いや、この祭りとも言えるトラブルは強制参加ではないが、天草はいつも困りごとがあれば手を差し伸べてくれる人だ。その天草が今回はスルーしている。

私はどうしても気になり、天草の後をつけた。
彼は廊下を歩く野菜を気にも止めず、ずんずんと迷いのない足取りでカルデアの奥へ進む。
いつもなら誰かがつけていたら気付くものだが、どうやら私のことは全く気付いていない様子で、奥の部屋へと入っていった。
私は驚愕した。そこは庭園……もとい花を愛でる部屋だ。様々な花が植えられており、マリーや子供たちがよくピクニックやお茶を楽しんでいる。
もしや逢引き……?いやいや天草に限ってそんなこと。私は首を横に振って部屋へと足を踏み入れた。

ウィンとドアの開く音に気づいたのか、こちらに背を向けて座っている天草が振り返る。
「あっ」
「え?」
呆気に取られた様子で一文字だけ口にした天草は、後ろ手に何かを隠した。
怪しい。非常に怪しい。
「どうかしましたか?マスター。野菜の討伐は良いのですか?」
いつもの様子で、さっきのことなど無かったかのように振る舞う天草。
「うん。午後の編成に君を呼ぼうと思ってね」
「なるほど。分かりました。少し準備をするので先に行っておいていただけますか?」
「何の準備?」
一拍置いて、一言。
「黒鍵を磨かないと」
……やけに嘘が下手だ。焦っているのが丸分かりである。
ずんずんと距離を詰めると、天草は急いで立ち上がって私の肩を掴んだ。
「どうかしましたか」
「どうかしたはこっちの台詞なんだけど……」
天草の後ろを覗き込もうとするが、なかなか見えない。
「ほら他の人たちも呼ばないと時間に間に合いませんよ」
「そんなきっちり時間決めてる訳でもないし、多少は大丈」
「あ」
天草の手に軍手がつけられている。
「すみません泥が肩についてしまいましたね。少し待ってください、払うので……」
「いやそこが気になったんじゃなくて……」
天草の足元に小ぶりのシャベルとハサミ、ぞうさんジョウロがあった。
視線を上げると、天草の目がひどく泳いでいる。こんな天草見たことがない。
「ばれてしまいましたか」

天草が一歩横へずれて一つの植木鉢に目を向ける。私も釣られてそちらを見ると、なんと、そこには。
「わあ!いちご!」
可愛らしい小さな苺が成っていた。
「これ天草が作ったの?」
「ええ。可愛らしいでしょう。結構頑張ってはみたのですが、これ以上は大きくなりそうにありませんね……」
頬をかきながら、なにやら恥ずかしそうにしている。別に恥ずかしいことではないのに。
「でもなんで苺?ジャンヌリリィとかにあげるの?」
「ええと、それは……」
歯切れの悪い彼は、懐から一枚のメモ用紙を取り出した。
「ケーキを作ってみようと思ったんです。苺が小さいので端末で調べた見た目にはならないでしょうが……」
天草がケーキ!しかもジャンヌリリィにあげるものではないらしい?もしや誰か好きな人に……と考えたところで胸がずきりと痛んだ。
いけないいけない。笑顔笑顔。
「凄いじゃん!絶対上手くいくよ!天草が食べるの?誰かにプレゼントするの?」
「プレゼントです。誰にというのは秘密ですよ」
可愛らしくはにかんだ彼は、人差し指を一本口元に立てた。可愛い。可愛いが二重の意味で胸がきゅうっと縮んだ。
「上手くいくといいね!応援してるよ!」
「…………ありがとうございます」
心臓が痛い。早く退散しようとくるりと背を向け、ドアへと向かう。苺を少し食べさせて貰えばよかった。少しでも天草の努力を知りたかった。ここになど来なければよかったと後悔する。ドアの横のパネルに手をかざし、軽い音を立ててドアが開いた。

「マスター」
後方から声がかけられる。
「あなたに差し上げるケーキですよ」
ぴたりと足が止まる。開いたドアがそのまま誰も通さず目の前で閉まった。
コツコツと足音が徐々に大きくなって、私のすぐ後ろで止まった。
「誕生日近いですよね、良ければ当日一緒に食べませんか?‥‥マスター?」
途中から止めようとして止まらなくなった涙を拭いながら、振り返って滲んでよく見えない天草を見た。
「あまくさぁ〜〜」
「わ、そんなに嬉しかったのですか?」
その時ドアが開いた。
「マスター!こんなところにい、ってええ!?なんで泣いてるの!?まさか泣かされたの!?」
「そうじゃなくって〜!武蔵ちゃ〜ん!」
……そのあと散々武蔵ちゃんにつつかれた。


2020/11/11



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