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寝不足で頭が回っていないと自覚したのは、先週の種火集めで転んだ時だ。

最近は戦力補充のためにいつもより多く召喚を行なった。それの弊害か、彼らの過去を夢で見たり、彼らと夢で出会ってエネミーと戦うことになったりと、ぐっすり熟睡できる機会がまるでなかった。そのせいで寝不足なのだ。
しかしそれらの現象はお互いに意図して起こしているものでもないので、対処法も見つからずどうしようかと悩んでいたところ、ふらりと現れた彼がこう言った。

「マスター、私が薬を作りましょう」

それから一週間が経った。
こんこんと控えめにノックされた扉に向かって、どうぞと声をかける。その先にいたのは予想通り、パラケルススだった。
「そろそろかなって思ったよ。ごめんね私のために手を煩わせちゃって」
「いえ、マスターの為であれば。……これで、熟睡ができるはずです」
彼の白くて綺麗な手に乗せられているのは、透明な液体が入っている透明な小瓶。液体かぁ、なんて、液状の薬の味が苦手な私は無意識に眉をひそめる。それを察したパラケルススが穏やかに微笑みながら付け足した。
「苦くはありません。睡眠剤ですので」
睡眠剤は苦くないという知識は持っていないのだが、彼がそう言うなら苦くはないのだろう。
「あの、パラケルスス」
「はい」
「信用してないわけじゃないんだけど、もしうなされてたら起こしてもらってもいいかな」
「もちろんです」
ありがとう。そういいつつ私はリモコンで部屋の電気を最小にする。彼がいるので真っ暗じゃなくて豆電球ぐらいの明るさで。
ポンポンとベッドの端を叩いてそこにパラケルススを座らせると、私は布団を肩まで被って液体を一気に飲んだ。
なるほど速効性らしい。1分もしないうちに意識を手放す。



ざあざあと波の音が聞こえる。
目を閉じているのにとても眩しくて寝ていられない。細目を開けてみると空の上には灼熱の太陽があった。カルデアで起きたにしては信じられない光景を見て私は気が付く。ここは夢の中で、夢を見ずに熟睡することは失敗したのだと。
やれやれと重い腰を上げて周囲を見渡すと、何やら見慣れたような景色が広がっていた。眼前に広がる穏やかな波が浜辺を流れる海と、砂浜には海の家。反対側に木造建築の家だったりキャベツ畑だったり。遠目にはマリーの像が高々とそびえ立っていた。
間違いない。ここはあの夏の日の無人島だ。

自分の姿を見てみると、案の定水着だった。
しかし夢の中だからか暑いだとかそういった感覚はなく、ただひたすらに眩しかった。

私は何も考えず、ふらふらと海の家へ足を進める。無意識に向かったそこには、先程私に薬を渡したパラケルススがいた。夏の様相で髪は一つにいつもより高い位置で結んであって、手にはあのかき氷。ゲロ甘の色が禍々しい特製シロップもかかっている。
客席に座って海を眺めながらそのかき氷を口に運んでいる。表情から感情は読み取れない。
「パラケルスス」
「……マスター、おはようございます」
そうじゃないでしょ。と突っ込みは入れつつ彼の隣に座る。不思議と、このパラケルススは夢の中だけの存在ではなく、きちんとカルデアの、先程まで隣にいたパラケルススだと確信していた。
「すみません……失敗してしまったようです」
「いいよ。ここはパラケルススの心象?ではないよね」
「ええ……恐らくここは……私とマスターの夢が、繋がった空間です」
「へぇ……」
パラケルススもあのあと寝たらしい。だとしたら私の隣に寝ているのか座ったまま寝ているのか。私の隣に寝ているパラケルススを想像すると少し気恥ずかしくて、それを聞こうとした口を噤む。
「ここはエネミーは出たりするの?魔猪とかヤドカリとか」
「いえ。そういったものは……。この空間には、私とマスターの存在しか感知していません」
「そっか」
なら安心だねと机に突っ伏す。危険がないならここで寝てしまえばいい。夢の中だから机は固いとは感じないし、きっとこのまま眠れたら次目が覚めたときにはカルデアで朝を迎えているはず。
そう思いつつも、眠くもないから眠れない。

シャクシャク、とパラケルススがかき氷を咀嚼する音を耳が拾う。カルデアでは彼は食事をあまり取らないから、彼の食の好みを知らない。かき氷なんて栄養にならないものを無人島で彼は食べていて、変な色に輝くシロップに少し好奇心が湧いた私はそれを食べさせてもらったことがある。
びっくりするくらい甘くて、イチゴの甘さとかみかんの甘さとか、それが混ざった甘さなのに不味くはないシロップだった。ただ甘党でない私には二口くらいでいいかな、とその時に彼が甘いものが好きだということに気付いたのだが。
「ねぇそれ味あるの?」
「……残念ながら……」
伏せた顔を横に向けてパラケルススを見上げると、悲しそうに眉を八の字にしている彼と目が合う。そりゃ夢の中なんだし味はないだろう。
「起きたらパフェ作ろうよ。前の買い物で果物買いすぎちゃったみたいで余ってるんだって」
少し驚いて目を開いた彼は、すっと細め、ふわりと微笑む。
「ええ、はい。ありがとうございます。マスター」
かき氷を食べるのをやめたパラケルススは、椅子に深く座り直す。
「せめて夢の中でも、ぐっすりと眠れるよう……横になってください」
それは、と今度はこちらが驚かされる。膝枕をするという意味だろうか。現に彼が椅子に深く座り直したから太腿に頭を乗せられる程のスペースは空いたし、心なしかこちらを見る目がそう告げている気がする。勘違いだとしたら恥ずかしくて死ねる勢いなのだが。
「パ、ラケルススの、膝枕?」
「はい。机よりはまだましだと思うのですが……」
困ったように微笑む彼はもしや照れているのだろうか。こちらも恥ずかしくなってしまって顔に熱が集まる。
「ありがとう!パラケルススにそんなことしてもらえるなんて嬉しいなあ!」
慌てて取り繕って、なんでもない風に頭をそこへ乗せる。
パラケルススとボディータッチなんてほぼ皆無だったせいか、足が温かいと感じるだけで恥ずかしくなってしまい手で顔を覆う。パラケルススが水着でなくシャツにハーフパンツという出で立ちだったのがまだ救いか。しかしシャツにハーフパンツなんて、彼にしては肌を出し過ぎではないだろうか。夢の中ではない方の無人島でも、彼を直視できていなかった気がする。
そっと手の間から彼を見上げると、ばっちりと目が合ってしまう。まるでずっと私を見ていたみたいに。ぱちぱちと瞬きをして、それはすぐ逸らされてしまったが。余裕ができた私は、すこしいたずら心が湧いて、彼の頬へ手を伸ばす。
つまんでやろうと思って、すっ、と親指で頬を撫でると、彼の手が私の手を覆って、頬を擦り寄せてくる。
頬を擦り寄せてくる?
「……夢の中の出来事ですので、少しだけ……お許しください」
頬を薄い桃色に染めて、熱っぽい目で見下ろす彼は、初めて見る表情を浮かべていて、こちらもまた真っ赤に染まって固まってしまう。
「あ、あわわ」
お互いにもう限界だったんだろう。パラケルススが私の目を手で覆い、視界が真っ暗になると急激な眠気に襲われる。恐らく何かしらの魔術を行使したのだろう。意識を手放す寸前、パラケルススに覆われていた手の、指が、彼の指と絡まる感覚があった。


ぱちっ、と目を覚ます。

「う、うわぁーーーっ!!???」
目の前で綺麗な顔ですやすや寝ているパラケルススを認識した瞬間、光の速さで飛び起きるが、いつのまにか繋がれていた左手で布団から出ることは叶わず。

私の悲鳴を聞き1分もしないうちにサーヴァントたちが部屋に押し入り、うとうとと起き上がったパラケルススと手を繋いで真っ赤になっている私を見た彼(彼女)らは、それはもう、怖い形相で、言い訳なんてする暇はなかった。


騒動が収まった後、無残な姿で横たわっているパラケルススに同情した冷静なキャスターたちが数人、すれ違いざまに回復魔術をちょこっとかけていったのだった。


2017/12/9



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