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絆される

泥の聖杯を使ってでも叶えたい人類救済という願い。それの詳細を私はきっと最後まで知ることはないのだろう。彼が別の世界で参加した聖杯戦争で、何が行われていたのか、それも知ることはない。何も知らなかった。何も知ることは許されなかった。彼は語ろうとしなかった。全て「秘密」で片付けられたのだ。しかしそれに問題はなかった。今は聖杯戦争をしているわけではないのだから。従えているサーヴァントの願いや秘密を知る必要はない。ここで手に入る全ての聖杯は、人理を修復する為だけに使用される。そこに個人の願いを叶える為のものは存在しない。ただ、ただ少しだけ、語ってくれないことが寂しかっただけだ。

食堂で、本日のおやつであるパンケーキを、適度な大きさに切り、口に運ぶ。噛む必要もないくらいふわりとした生地と、甘い砂糖と香りが口の中に広がって、自然と笑みを浮かべる。
向かいで同じものを食べて、顔を綻ばせているリリィサンタが、小さめのフォークでイチゴを刺す。私はふと自分の皿を見ると、生地に対しては多すぎるほどのフルーツが端に残っていることに気が付いた。夢中になって食べていたのに、無意識のうちに好きなものを残してしまっていたらしい。
しかし、食べ合わせというものを考えて作られている料理で、こうも分けて食べてしまうというのは少し勿体ない、いや不躾な気がして、端に寄せられていたフルーツを刺し、生クリームで包んで、フォークの先の少し余った部分で生地を刺して、口に入れた。先ほどの甘さと、適度な酸味が合わさり、より美味しく感じる。
「ご馳走さまでした」
リリィが手を合わせてから席を立つ。
「これから大人の私に魔術を教えてもらうので、先に失礼しますね、マスター。明日はみんなを呼んでお茶会をしましょう!」
笑顔で去っていくリリィに手を振った。さて、と手元の皿に視線を戻すと、この幸せの塊にどう手をつけようかと思案する。
好きなものを最後に食べるか、より美味しく食べられる方法で一気に食べるか、どちらも幸せなことには違いなかった。
天草は、どっち派なんだろう。
ふと、そう思う。


実際のところ、天草とあまり仲が良くない。と、感じる。嫌われているわけではないのだろうが、好かれてもいない。距離を取られているわけではないのだが、距離を詰められてもいない。戦闘の中で絆が深まっていっていることは自覚できているのに、気を許されている感じは全くしなかった。打ち解けてはいる、と思う。
天草をマイルームに呼ぶことは滅多にない。召喚した日と、誰か新しいメンバーが来た日に、その人と交流はあったのか、だとか、それがきっかけで仲は悪くないか、だとか、そういったことを聞くために呼ぶことはあるのだが、個人的に2人で世間話をしよう、と呼んだことはなかった。

おやつを食べ終わって、トレーニングルームに向かおうと足を進めていると、先の方に赤いマントと、そこから覗く白髪が見える。誰かと似ている、と本人は言っていたが、見間違えるほど似てはいない。天草だと一目で分かった。
きっと向かう先が一緒なのだろう。私はふと、声をかけるべき、だと思った。……はて、「べき」とは何なのだろうか。それじゃあ私が義務的に天草に話しかけるみたいになってしまう。そこに知り合いがいるから挨拶をしないといけない、みたいな。そうじゃない、そうじゃないだろう。私は天草と話がしたい。さっきのパンケーキの件を聞きたい。そもそも天草がパンケーキを食べたことがあるのかすら知らない。何も知らないなら、話さないと分からない。でも、声が出なかった。

何故?疑問で頭が埋め尽くされる。喉がからからになって、乾いた空気が漏れる。足がどんどん重くなっていく。天草が目の前にいるのに、ひどく遠くにいるように錯覚する。すたすた歩いて行ってしまう天草に追いつける気がしなくて、自然と足が止まり、呆然と立ち尽くした。耳鳴りのする頭から冷や汗が一筋流れ、頬を伝う。一体どうしてしまったんだろう?俯いた先の影が、深く深く、深く、私を飲み込む感覚がした。

「マスター?大丈夫ですか?」

ゆるく肩を揺すられ、はっとして顔を上げる。心配そうに天草がこちらを覗き込んでいた。
「あ、天草くん」
「はい。……どうしました?」
「ごめん、大丈夫、大丈夫。」
静かに深呼吸をする。
何か聞きたいことがあった気がする。
天草の顔を見た途端、喉の渇きなんてなくなって、耳鳴りも、冷や汗も、聞きたかった質問でさえ、全部消えてしまった。
「本当に大丈夫ですか?診てもらった方が……」
「ううん」
頭を横に振って、へらりと笑いを作る。
「トレーニングルームへ行くんだよね?私も行こうと思ってたんだ。一緒に行こ」

会話をしないと、と思った頃には大体が手遅れで、静かな時間が長くなるにつれて声を発し辛くなる。コツコツ、2人の靴の音だけが壁に反響して私の鼓膜を叩いていた。会話をしないと、と思っている頭は大体が冷静ではないので、次に出てくる案は、質問、それのみだった。ああ、私はこんなにコミュニケーションが苦手だったか。不甲斐なさに若干憂鬱になりながら、質問を探す。そういえば聞きたいことがあった筈だ。さっき、パンケーキを食べている時に。そうだ。パンケーキ。
「一つ質問して良い?」
勇気を出して破った沈黙に響いたのは、少し震えている私の声だった。緊張している。誰が聞いてもわかる声色だ。やっちまった。そう思った。
天草が苦い表情をする。質問されるのが嫌なのだろうか。……と、そこまで考えて、天草のこの表情に合点がいく。私は彼と日常会話をまるでしたことがない。つまり踏み入った質問しか寄越したことがないのだ。願い、聖杯、過去、この質問も、きっとその類のものだと受け取られたのだろう。天草は眉を少し下げながら、ゆるく笑顔を作って「どうぞ」と答えた。きっと嫌なんだろう。誰だってそうだ。私だって人理修復をするにあたっての信念を聞かせろと言われても、困ってしまう。
「パンケーキ食べたことある?」
天草の顔が困惑に染まる。予想の斜め上の質問が来たせいで、頭の回転が早い天草でもすぐに対処しきれなかったらしい。
「先日、食べました。」
なぜそんな事を聞くのかと、目が訴えている。きっと頭はハテナで埋め尽くされている事だろう。彼の中でこれはまだ日常会話ではない。
それに面白くなって、口角が上がるのを隠しきれずに続ける。
「好き?パンケーキ」
「好き……かは分かりません。ただ、甘いとだけ」
困ったように天草がくすっと笑った。先程まで少しピリピリしていた空気が解されていく。そんな笑顔もするんだ、なんて頭の片隅で思いながら、スキップしたい気持ちを押し込める。
晴れやかな気持ちだった。嬉しくてたまらなかった。ただ、質問をして、返されただけなのに。こんなに気分が高揚するのかと、不思議で不思議でたまらない。
「どうしたんです?急に」
やはりどこか頭をやってしまったのか、と訝しげに覗き込んでくる天草にデコピンした。
「いたっ、ちょっと、マスター」
咎める天草に楽しくなって、自然と早くなった足で数歩先を歩いて振り向いた。
「ね、ね、エミヤの作ったご飯で何が一番美味しかった?」
「え?はぁ……そうですね……。肉じゃが、でしょうか」
「肉じゃが!いいね、家庭的!エミヤの肉じゃが、ちょっと味が濃いめでご飯のおかずにちょうどいいんだよね!じゃあー……どこの景色が一番好き?」
「景色ですか……?クリスマスに見た海は、綺麗だと思いました」
「よかったよね!私もすごい感動した!寒い中女の子たちを担いだだけあったよ!うーんじゃあ、他のサーヴァントの誰の武器を使ってみたい?」
「クナイを投げてみたいです。炎や電撃も使ってみたいですね。マスターは、そういった願望はありますか?」
「うん!私も忍者みたいなことしてみたいし、バイク!後ろじゃなくて運転してみたい!あとはー」
次から次へと溢れ出る言葉に、2人で夢中になって話した。トレーニングルームに入ったら、ちょうどそこに小太郎がいて、2人して忍術を教えてくれと頼み込む程には仲が良くなった。
そう、仲が良くなったのだ。

きっと、どちらも僅かな苦手意識があったのだろう。堅苦しい会話しかしたことがなかったせいで、歩み寄る機会がなかった。天草はそれでいいと思っていたし、私はそれに気がつかなかった。相変わらず表面でしか付き合ってくれない天草だが、冗談を言い合える程には親しくなったので、こちらとしては嬉しい限りだ。

「トナカイさん!最近お師匠さんと仲がいいみたいですね!仲がいいのはいいことです!リリィは誇らしいです!」
えっへんと胸を張って腰に手を当てているリリィはなぜか誇らしげだ。
「お2人の仲が悪いことは目に見えて分かっていたのに放置していてすみませんでした!リリィ、サンタとして反省しています」
「な、なんでリリィが反省するの?」
先程の威勢の良さはなんだったのか、がっくりと項垂れるリリィの肩を掴んで覗き込む。うるうると瞳を濡らしているリリィと目が合った。
「お師匠さん、トナカイさんとの距離を測りかねていたんです。お師匠さんはもう少し仲良くなりたかったのに、不器用さんなのでそのまま「リリィ」
後ろから声がかかる。黙れと言外に告げている声色だ。リリィの肩がぴくりと跳ねた。
「や、やぁ天草くん。いやあ嬉しいなぁ、君が私と仲良くなりたがってたなんて?」
「先程の彼女の言葉は忘れてください」
顔は笑っているのに威圧感が凄い。手をすり抜ける感覚。後ろを振り返ると霊体化して逃げるリリィが見えた。
「そんなに怒らなくても。ばれても別によくない?」
「私の保身に関わります」
「でも仲良くなれたんだし、結果オーライということで」
天草の両手を取って握手みたいににぎると、一瞬手が離されて、すぐ指が絡め取られる。
「これからも仲良くしてくださいね、マスター?」
その笑顔は今まで見たことのない程優しいものだったが、私の脳裏には彼に絆された私が懐柔されて利用される図が一瞬過ぎり、嫌な音が胸を蝕んだ。
気のせいだと、言い聞かせながら私は微笑む。


2018/1/11



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