wt


結果よければ全て良し

※影浦に一目惚れした夢主が犬飼とくっつく話


1

いろんな方向に跳ねた髪、長い前髪から覗く鋭い瞳、いつもマスクに隠れている口元、その先のギザギザの歯。いつの日だったか、初めて見た日に他の人と同じように恐怖を感じて関わらないようにしないと、と思った時、あの目が私を睨み付けた。
その時だ。その時に私は、今まで感じたことのない衝撃を受けて……。

「名前ちゃん」
「うわあ!?」
ボーダーのラウンジで遠くからこっそり影浦くんを眺めていると、ほとんど喋ったことがない犬飼くんが向かいの席に座った。
ほぼ初対面なのに名前で呼ばれても特に不快感がないのは、彼の人柄および顔の良さによるものだろうか。
「な、なに?」
彼はご令嬢みたいに静かに口角を上げて目を細める。
「カゲに恋をしているきみに興味が湧いてね」
「はぁ……えっ!?なぜそれを」
誰にも言っていない、もとい友達のいない私は言う人がいないだけだが……それがなぜ彼にバレているのだろうか、もしかしたらもうSEで既に本人にもバレててアイツをどうにかしてくれと頼まれているのか……!?
目を泳がせていると、犬飼くんがまた笑った。
「まぁ、名前ちゃんを見てたら分かるよ。あ、ちなみにカゲは気付いてないよ。誰からのどんな感情なのか分かってない」
よかったね。と彼は薄く微笑んだまま続ける。
「ねぇ、あいつのどこが好きなの?」
顔の前で手を組んで顎を乗せる。きっと女子はそんな仕草をするイケメンを見たらドキドキしてしまうんだろうが、私はなんとなく、怖いと感じた。影浦くんとはまた別の怖さ……尋問をされているかのような緊迫感。ブラックホールのようにに黒く底の見えない瞳の奥では何を考えているのだろうか、なんか心臓がドキドキしてきた。
言葉に詰まっていると犬飼くんは目を丸くする。
「……やっぱり。名前ちゃんはすごいね。今日はもう帰るよ。また今度聞かせてね」
「え、な、何か気に障りました……?」
「ん?いや、ただきみって少し顔に出やすいよね。おれを怖がってるのが分かって申し訳なくなっちゃった。ごめんね、急にこんなこと聞いて」
彼はそう言い残して立ち去った。
そうだ、影浦くんは感情を分かりやすく出してくれるから怒った時の迫力が怖いんだけど、犬飼くんは何を考えているのか分からないから怖いんだ。
さっきまで影浦くんがいた場所に目を向けると既に誰もおらず、何の目的も無くなった私はただ一人ぽつんとラウンジに取り残されてしまった。

2

あれからボーダー内で犬飼くんと偶然会うと挨拶をされたり話しかけられたりされてしまうようになった。それ自体は問題ないのだが、彼はイケメンで私は日陰者なので少々目立ってしまう。あの二人仲良かったっけ?から噂好きの人たちの話が広がり、接点がないはずなのにおかしい。付き合っているのでは?と飛躍した噂が流れ始めていた。
そして犬飼くんは何故か影浦くんと一緒にいる時でさえ私を見かけると声をかけるものだから、影浦くんに不可思議な感情を刺しているのは私だということがバレてしまったのだ。テメェか、と睨まれた時の心臓の高鳴りと幸福感は計り知れなかった。そしてその感情を至近距離で受けた影浦くんは引いていた。とても申し訳ないし私はしっかり傷付いた。

犬飼くんのせいで私は気持ち悪い女認定をされ、影浦くんを盗み見ることすらできなくなってしまった。彼に認知されてしまったから、私のキモい感情が刺さると彼が私に見られていると気付き不快な気持ちにさせてしまうからだ。私は影浦くんに嫌われてもいいが、影浦くんには幸せでいてほしい。私は影浦くんを見ること、及び同じ空間にいることを辞めた。私の存在は彼の人生にあってはならないのだ。

「最近どこにもいないなと思ったら。もうカゲのことを盗み見るの辞めたの?」
ボーダーの社員食堂で季節のスイーツを頬張っていると、向かいの席に犬飼くんが座った。
家で親御さんが作られるご飯を食べる地元の学生はこの食堂へ来る必要がない。だから防衛任務の時間までの暇つぶしにわざわざここで至福のひと時を過ごしていたのに、なぜ彼はこんなところにいるのだろうか。
「影浦くんを不快な気持ちにさせてしまうから避けてるの」
「へぇ、でもそれだとカゲと仲良くなれないよ」
いつも思うのだが、彼は微笑んではいるが目が笑っていない。だからなぜか責められているように感じてしまうのだ。もう慣れたものだが。
「仲良くなろうと思ったことはないよ。私は遠くから眺めているだけでよかったのに」
あなたのせいでそれすら叶わなくなったんだぞ、と言外に伝える。すると彼は面白そうに目を細めた。
「ごめんね。どうなるのかな、ってちょっと興味本位で」
「なっ……」
興味本位で。
頭に血が昇るのを感じた。
だが、皺のよった眉間を指で伸ばす。ここで冷静を欠いて怒ったら相手の思う壺だ。彼がどういうつもりで挑発するような発言をするのかが分からない以上、頭は冴えさせておく必要がある。
「まぁ、過ぎたことだしもういいよ……。私はもう影浦くんのことは見ないから、犬飼くんの興味の対象外だよね?」
「だからもう話しかけるなって?」
彼は頬杖をついた。長く綺麗な指が目につく。
「それは無理なお願いだ」
「はぁ、なんで?」
前のめりになった犬飼くんにびっくりして少し背を逸らす。
「名前ちゃんともっと話がしたい」
「な、なんで」
「名前ちゃんと仲良くなりたいから」
「なんで、」
「名前ちゃんのことが気になるから」
私が口を開く前に彼は続ける。
「初めて顔を合わせた日、覚えてる?」
怒涛の回答に呆気に取られつつ、慌てて記憶を辿った。顔を合わせた、となると、学校の購買か?確かあの日は、
「1ヶ月前くらいのお昼、学校の購買でちょっと気になったパンを名前ちゃんが先に手に取った。声には出さなかったし顔にも出してないはずなのに、きみはなぜか気付いちゃったみたいで、おれにパンを譲ってくれたんだよ。おれはそれが欲しかったわけじゃないって断ったんだけど、ほとんど強引に」
「納豆パンだったよね」
「うん。納豆パン、匂いとか苦手な人いるかもだからさ、他のやつ食べようと思ってたんだけど」
「ああ、だから断ったのか。私は友達いないから匂いを気にしたことはなかったなぁ。でも食べたそうにしてたよ」
「それだよ」
「それ?」
「おれが食べたいって思っていることに気付いた」
彼は背もたれに体重を預け、まっすぐとこちらを見る。
「そして強引におれの手に納豆パンを握らせた」
「そ、その時は本当に申し訳なかったと思ってるよ。あのあと出過ぎた真似をしてしまったと反省した」
「いやいや、納豆パンうまかったよ」
そう締めくくった彼は頬を高揚させ歯を見せて笑った。初めて見る笑顔だった。
「……美味しかったならよかったよ」
空になったお皿を乗せたトレーを持ち上げて、席を立つ。そろそろ任務の時間だ。
「防衛任務?途中まで送るよ」
犬飼くんは隣に立って私の手からトレーを抜き取る。
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
食堂のおばちゃんからの生暖かい視線を背中に受けながら食堂を後にした。

このあと任務終了後になぜか待っていた犬飼くんに家まで送られたのは言うまでもない。

3

ボーダー内で影浦くんと鉢合わせしないように気を遣いだしてから、私は忍者のように音のしない足音と、気配察知能力が身に付いた。

「名前ちゃん」
ただし気配察知能力は影浦くんに対してのみである。
「今日は髪アップにしてるんだ。かわいいね。似合ってる」
「……ありがとう」
個人ランクを上位にしたいと思うほど競争心がない私は、腕がなまらない程度に訓練室で適当な人に相手をしてもらっている。今日もそのつもりで来ており、影浦くんが来たら退散するつもりだ。
「ねぇ、おれと一戦しない?名前ちゃんってシューターだったよね」
「そうだけど……」
格上の相手に一戦しないかと聞かれても断る以外の選択肢は無い。断ろうと顔を上げた時、犬飼くんの後ろに影浦くんがちらっと見えた。つい、目で追ってしまうと、犬飼くんの襟元がドアップで視界に広がる。
「カゲのことはもう見ないんだったよね」
「そ、そうだった。危ない危ない」
影浦くんを不快にさせるところだった。
「影浦くんが来たから今日は帰る」
「そっか。じゃあ一緒に帰ろうよ」
犬飼くんに背を向けると彼は隣に移動した。
ほら、やっぱり、などと遠くから小さい声が耳に入る。ああ、噂されている。
「犬飼くん、知ってると思うんだけど、私ときみが付き合ってるのではって噂が流れてる」
「そうみたいだね」
「迷惑だろうし、私とは距離を置いた方が良いよ」
「迷惑じゃないよ」
隣を見上げると、犬飼くんは静かに告げた。
「迷惑じゃない」
顔を逸らして前を見る。彼の熱のある視線が苦手だ。その意味が理解できないほど彼と会話を重ねていない訳ではない。そして私はまだ影浦くんが好きなのだ。
「あはは、これは手強い」
「頭おかしい」
「カゲに睨まれて興奮しちゃう名前ちゃんと比べたら、極々平凡だと思うけどね」
「……」
それは言い返せない。


他愛のない話をしながらボーダーを出て地下通路を歩き、警告区域外へ出て商店街を通る。
何やらいい香りが鼻腔をくすぐりそちらへ目を向けると、お肉屋さんがコロッケを揚げていた。
「食べる?」
犬飼くんは何故か嬉しそうにしている。
きっと彼も食べたいんだろうとたかを括り、食べようか、と同意する。
「私はメンチカツにする。犬飼くんは?」
「うーん、コロッケかな」
「……」
「……」
「メンチカツ食べたいんじゃないの?」
「あは、あはは!ほんとに分かるんだ、すごい」
メンチカツを2つ頼んで同時に齧り付く。サクサクした衣の中にはじゅわっと肉汁が溢れ出す牛肉。とても、おいしい。
「コロッケが食べたかったのは嘘じゃないよ。半分こしたらどっちも楽しめるから」
「半分こはしないつもりだったよ。でも試した訳じゃないんだね」
「試すなんてそんな」
「ちょっとは興味本位で?」
「あはは、そうだね。ちょっとだけ興味本位で」
犬飼くんは貼り付けたような笑顔を少し崩した。そしてゆっくり口を開き、閉じる。不自然な沈黙が彼の足を止めて、少し緊迫した空気が流れた。
「……どうしたの」
「いや」
なんでもないよ、と犬飼くんはいつもの仮面を被った。私は問い返すことはせず、何もなかったことにした。

4

訓練室へ向かっているとポケットの端末が震える。端末を確認すると、予想通り犬飼くんからのメッセージを受信した通知だった。
『今日の夜あいてる?デートしたいな』
今となっては犬飼くんのこの軽いやり取りですら心拍数が上がり、平静でいられなくなる。つまりは犬飼くんに恋をしてしまっているのだ。
考えてもみてほしい、友達すら碌に居ない人間が顔の整った優しくユーモアのある男性にアプローチをかけられて落ちないはずがない。最初は遊ばれているのかと疑っていたし、本気だとしても早々に飽きられて離れていくと思っていたが、仲良くなりだして半年が経った今もこの調子だ。
デートしよう、と返信して端末をポケットに仕舞う。二人で遊ぶことをデートと呼称するようになった犬飼くんだが、そのデートでは特に変わったことはしない。ご飯を食べて、喋って、帰るだけだ。それでもデートといえばデートなんだろうし、二人で遊べるならなんでも嬉しいので問題はない。

そして迎えた午後19時。ボーダー内で合流してから街の方へと向かう。行き先は伝えられていないので犬飼くんに着いていくだけなのだが、今日はどうやら少し遠出をするらしい。いつもと違う道を歩いている。
「閉鎖環境試験のこと聞いてる?」
閉鎖環境試験。メールで全体に通知が来た際に目を通している。主にB級のランク戦常連メンバーが招集され、スキルアップも兼ねて合宿のように泊まり込みで試験を行うのだと。
「それにおれも参加するから暫く会えないなって思って。いつもより長めに時間貰ってもいい?」
つまりは寂しいのだろう。断るつもりなど毛頭ない。
「いいよ。どこに行くの?」
「うーん。着いてからのお楽しみ」
犬飼くんは口の前で人差し指を立てて楽しげにしている。もしやこれは着いた時のリアクションが大事になってくるのでは。私は別の意味で緊張してきた。
歩いて15分程。街の中心から外れて自然が多くなってきた。閑静な住宅街で、時々通りすがりに家の中から家族の団欒やテレビの音が聞こえてくる。
「カゲとはあれから相変わらず?」
犬飼くんはなんということはないという様に影浦くんを話題に出す。正直もう影浦くんのことは特別意識していたりしない。
「うん。会わないようにしてるよ。私が勝手に気まずくなってるだけだけどね」
「そっか。よかった」
……よかった?どの辺りがよかったのかは分からないが、犬飼くんは満足げにしているのでそれ以上追求することはやめた。
目的地は街の外れにある公園らしい。滑り台、鉄棒、ベンチが少しある小ぢんまりとした公園だ。
犬飼くんに促されるまま、ベンチに二人で座った。ちょうど肩が少し触れ合う距離感になって自然と心臓が早くなる。
「上見てみて」
そう言って空を見上げる犬飼くんに倣い視線を上げると、視界いっぱいに星空が広がった。
月の出ていない空は、太陽の光を受けて輝く星たちがキラキラと瞬いているのがよく見える。知っている星座も、知らない星座も、どこにあるのか分からないほどの星の煌めき。
「きれい」
「綺麗でしょ。ここ穴場でね、たまに一人で星を見にくるんだ」
なるほど、この公園は街灯が小さいものしかなく、周囲の家は平家なので夜空を遮るものがない。山が近いこともあって地上の光も少なめだ。
「暫く会えないし、名前ちゃんの気が変わる前に言っておきたいことがあるんだ」
犬飼くんは視線を空からこちらへ向けて、いつもより少しだけ真剣な表情をしている。
言っておきたいこと、に心当たりがいくつかある。ついにこの時が来てしまったのだ。
「おれは名前ちゃんがカゲを好きになる前から、名前ちゃんのことが好きだよ」
それは初耳だ。ということは初めて顔を合わせた日……?
「納豆パンを譲って貰った時から名前ちゃんのことが気になってて、いつも視線で追ってた。ボーダーに所属していることはその後に知ったよ。そのあと名前ちゃんがカゲに恋をしたタイミングも知ってる」
それも初耳だ。
「カゲを好きになる女の子におれのことを好きになってもらえる自信が無くてさ、カゲをダシにさせてもらって何かと理由をつけて接点を増やして……」
犬飼くんはそこで少し言葉に詰まると、私から目を逸らして地面を見つめる。
「カゲにわざときみの感情をぶつけさせた。想定通り、カゲはびっくりしてきみはカゲに嫌われたと勘違いした」
何やら雲行きが怪しくなってきた。犬飼くんは続ける。
「名前ちゃんはカゲと仲良くなるつもりは無かった、っていうのはその後に知ったんだけど、だとしてもカゲとの接点は無くしておきたかったからどの道同じことをしたと思う。
隠しておくのはフェアじゃないし、言わないといけないって分かっていたんだけど、嫌われるんじゃないかって思うと言えなくて今まで黙ってたんだ。ごめん」
こちらを振り返る犬飼くんは今にも泣き出しそうだった。かける言葉が見つからない。怒るほど影浦くんに未練は無いし、犬飼くんのしたことを肯定も否定もできない。しかし、今の話を聞いても犬飼くんのことを嫌いにはなれなかった。
「私のことが好きだからそうしたの?」
一番大事な言葉をまだ聞いてない。
「うん。名前ちゃんのことが好きで、おれのことを好きになって欲しかったからそうした」
「じゃあ、いいよ」
結果よければ全て良し。
目を丸くする犬飼くんに顔を近づけてキスをした。
「あ……あれ?」
暗い中でもわかるほど犬飼くんは顔を赤くして、口を手で覆った。
「ちょっと待って、今どうなったの?」
「私が犬飼くんにキスした」
「いや……え?」
「私の恋人になってくれる?」
「それは、もちろん。いいの?」
「うん。私も好きだから」
もう一度顔を近づけると、肩を掴まれて静止させられる。
「おれからさせて」
そう言うと犬飼くんは優しく唇を重ねた。
一度では終わらず、角度を変えて何度も唇の感触を味わうように繰り返し、お互いにどんどん息が上がる。
「いぬかいくん」
変な気分になってきたので静止を込めて名前を呼ぶと、吐息混じりに出てきた声がやたらと艶かしくて焦って立ち上がった。
「あ、あの!今日はもう帰ろう!」
「そ、そうだね。ごめん」
犬飼くんも慌てて立ち上がると、こちらへ手を差し伸べる。
「家まで送るよ。名前ちゃん」
生まれて初めて恋人と手を繋いだ。やたらと熱いお互いの手が汗ばんでいて、先ほどのキスを思い出してぎこちなく歩き出す。
空に輝く星たちが、二人を見守って煌めいていた。


2022/6/22



←bun top
←top