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隣の席の水上くん(怒)

1

今日も楽しい楽しい授業が終わりました。
1限の情報では隣の席の水上くんにタイピングの速度を鼻で笑われ、2限の英語では英単語を読めずに隣の席の水上くんに鼻で笑われ、3限の数学の小テストでは凡ミスを鼻で笑われ……。
「ほな、おつかれさん」
「水上ィ……」
今日も今日とて勝ち誇った表情で、水上はスクールバッグを肩から下げ教室を出て行った。
事の発端は先月の頭にあった席替えだ。水上とはたまに一言二言交わす程度の仲だったのだが、席替えにより隣同士になって格段に接触が増え私の馬鹿さが露呈してしまった。そこで一度控えめに笑われたことに対し激怒してしまい、その時のリアクションがかなりお気に召したようで、何かと私の神経を逆撫でするような態度をとってくるようになったのだ。
「やなやつやなやつやなやつ……」
こんな調子の私は更に面白いらしく、友達にも笑われてしまう始末だ。これ以上水上にも友達にも馬鹿にされたくないが、やつは頭が良いので勉強嫌いな私が勝てるわけがない。かといって馬鹿にされて黙っていられるほど大人しくもない。水上に一泡吹かせたい。
家に帰った私は、最近の日課になりつつある授業の復習に取り掛かった。これは水上に復讐する為に必要なことなのである。大嫌いな勉強も、水上のあの腹立つ顔をやめさせる為に頑張れるのだ。

「おはようさん」
「おはよう。今日も水を吸って生き生きとしてるね」
「誰がブロッコリーや」
水上は薄っぺらいスクールバッグを机の横に掛けて、中から文庫本を取り出した。本を読むから会話は終了だとでも言いたいのだろう。しかしやめないぞ。いくらでも邪魔をしてやる。
「私は水上がブロッコリーなんて一言も言ってないよ。ということは水上は自分のことをブロッコリーだと思ってるんだよね?」
「うわ、めんどくさい絡みすんな」
水上は目を細めてこちらを一瞥し、シッシッとまるで私が邪魔者かのように手を払った。
「いつもめんどくさい絡みしてるのは水上ですぅー」
「お前は小学生か。そんで暇そうにしてるけど1限の宿題はやってきたんか?」
「あ」
復習はしたのに宿題のことをすっかり忘れていた。
フン、と水上が鼻で笑う。
「ぐっ……、水上、覚えておけ……!」
「後世まで語り継ぐわ」
「語り継ぐな!」
ノートと問題集を広げて、シャーペンをカチカチとノックする。あと10分で10問!よ、余裕余裕……。
「ブロッコリーってな、キャベツの一種やねんで。知ってた?」
「めんどくさい絡みすんな!」
そして宿題は無事間に合わなかった。

2

欠伸をしながら帰路につく。太陽は沈みかけ、オレンジ色の光が街を包んでいた。駄菓子屋から出てきた小学生たちが私の横を楽しそうに駆けていく。街路樹もオレンジ色に染まって、隣の席のブロッコリーみたいに見えて少し腹が立った。
一本道を歩いていると、道の奥に違和感を感じて足を止める。なにか、空間が歪んでいるような、黒ずんでいるような。それを凝視していると、黒が収束して球体になり、徐々に体積を増やしていく。どこかで見た記憶がある、最近見たニュースで、たしかあれは。
「近界民だ……!」
黒い空間から白くてずんぐりむっくりな怪物が現れた。体が丸みを帯びていて、その赤く光る目が私を捉える。
背筋が冷えて足が震えた。蛇に睨まれた蛙、とはこういことだろうか、全く動けずに、頭の中でひたすらに助けを求める。誰か、誰かいないのか。
遅れて街にサイレンが鳴り響いた。止まった時を動かしたように近界民が歩き出し、同じく私も背を向けて来た道を走る。
ズシンズシンと重い音が後ろに着いてくる。どんどん大きくなる音に喉がひくつきながら、必死で走った。こんなことなら早く走れるように、陸上部に入っておくんだった……!
振り返ると、腕を振り上げている近界民がすぐそこにいた。
「アステロイド」
ぎゅっと目を閉じると大きい音が近くで聞こえて、体がふわっと浮いた。浮いたというか、抱えられている。勇気を出して目を開けると、見慣れないジャージを着た水上が小脇に私を抱えていた。
「み、水上?」
「危なかったな」
前方を見ると、穴が空いた近界民が動かなくなっていた。そういえば水上はボーダー隊員か。水上がこいつを倒したんだろう。すごい。
水上は私を地面へ下ろすと、自分もしゃがみ込んで腕や足や顔をじろじろと見てきた。
「怪我してへんか?」
「え?」
水上はいつものスンとした顔のまま「してへんな」と呟くと、スマホを取り出してどこかへ連絡をし出した。きっとボーダーだろう、業務的な報告が耳に入る。
水上はスマホを仕舞って一息つくと、未だに地面に座っている私を一瞥して器用に片眉を上げた。
「立てるか?やっぱどっか怪我してる?」
水上がこちらへ手を差し伸べたところで、急に恥ずかしくなって勢いよく立ち上がる。
「だだだ大丈夫!…うわぁっ!」
が、すぐに足から力が抜けて床へ崩れ落ちた。
「腰抜けた」
へらへら笑うと、水上は茶化さずに返す。
「大丈夫ちゃうな。ちょいそこの椅子で休憩しよか」
近くにあった街路樹脇のベンチを指差した水上は、少し考える素振りをして、私をまた脇に抱えた。
「うわっ!なんでそんな持ち方!?」
「お姫様抱っこははずいやろ?他やと肩に担ぐとか脇持って引き摺るとか」
「どれも嫌!」
「わがままやなぁ」
ぶらぶらと手足が揺れるのを感じながら動く地面を眺めた。お姫様抱っこは確かに恥ずかしい。
ベンチに降ろされ、なんとか座る。スカートが変な方向へ曲がっているが、直せないので仕方がない。
「水買ってくるわ、ちょっと待っとき」
「あ、ちょっと、待って」
立ちあがろうとする水上の服の裾を摘まむ。
「ん?」
「あのー……ひ、」
「ひ?」
「ひとりに……しないでください……」
絞り出した声は最後の方は聞き取れたか分からないくらい小さいものだったが、水上はちゃんと聞き取ってくれたらしい。ごめんと一言謝ると椅子へ座った。
なにやら素直で優しい水上にどぎまぎとしてどうしていいか分からない。いつもどんな会話をしていたっけ?沈黙がつらい。スカートをくしゃっと掴むと、横からにゅっと水上の手が伸びて来て、私の拳をつんつんとつついた。
「シワんなるで」
「おん……」
「ふっ、おんて」
鼻で笑われたが、いつものように馬鹿にしたような笑い方ではなかった。いつもの倍優しい声色に、胸がドキドキとうるさい。
「お前んちこの先か?」
水上はスクールバッグから小さい包みを取り出して、ほい、とそれを手渡される。受け取ってみるとパインアメだった。
「うん。この先の交差点曲がったところのマンション」
「今日は家まで送るわ。そっちボーダーの方面やし調度ええ」
「えっ!?」
大袈裟に驚いた私を水上は怪訝そうに眺める。
「なんか水上、優しくない?こわい……」
そうか、このドキドキはホラーか。
「いやいや、近界民に襲われた女の子に優しくせんやつおらんて」
「ふ、ふーん……」
なんだ、意外といいやつじゃないか。いつも優しくしてくれればいいのに。……いや、それはこわいな。
水上はパインアメの包装を解くと、ぽいっと口に入れた。倣って私もパインアメを口に入れる。甘酸っぱい味が口内に広がって、気持ちが落ち着いていく。
座りながら足に力を入れて地面をぎゅっぎゅっと踏んでみる。もう足は脱力していなかった。
「水上、もう大丈夫そう。その、今日は……」
「ん」
「あ…………」
「あ?」
「……あ、あり……がとうございました」
絞り出した声はまた尻すぼみになり聞こえたかどうか微妙だが、水上にはちゃんと届いたらしい。ん、と返事をしてくれた。
「名字もいつも素直やったら可愛いのにな」
スンとした表情で水上はさらっと言い放つ。
「はぁ!?かわっ……!?思ってもないくせに!」
「思ってる思ってる」
「嘘つけ!腹立つ〜!!」
「かわいい〜」
マジでむかつく!顔を赤くしてぎゃあぎゃあ喚きながら抗議をするが、水上には全く効いていない。いつか絶対その鼻を明かしてやる!!!!


2022/4/26



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