水上先輩のクラスメイトでB級ソロ隊員のひと
1
B級隊員ながらもチームに入りそびれふらふらとしている私は、防衛任務時に様々なチームに補佐もしくは臨時で参加することが度々ある。今回は生駒隊だ。
現場の基地南西部に着き、見慣れたブロッコリーを遠目で見つけて駆け寄る。
「初めましてー!今回はよろしくお願いします。名字名前です。水上くん学校ぶり」
ひらひらと手を振ると、水上くんも軽く手を上げてくれた。
「おー。今日はよろしく」
水上くんの後ろから顔を出した泣き黒子のイケメンがこちらに微笑みを向け、ゴーグルをかけた人がじっとこちらへ顔を向けた後90度にお辞儀をした。右手はなぜかパーの形で真っ直ぐこちらに向いている。
「初めまして。隠岐いいます」
「生駒達人です!今後とも仲良くしてください!」
挨拶をしてとりあえず握手をすると、生駒さんは勢いよく顔をあげて涙ぐむ真似をした。
「こんなノータイムで握手してくれた人初めてやで!優しくて可愛くていい人やなぁ!ありがとうございます!」
『こらイコさん、困ってはるやんか!オペレーターの細井真織です。よろしくお願いします』
通信とツッコミが入り、ぴょんと近くに跳ねてきた可愛い男の子に右手をとられ、ぶんぶんと上下に振られる。
「オレは南沢海です!よろしくお願いします!」
こら!と耳元で細井さんのツッコミを再度聞きながら、こちらも握手を返す。
生駒隊はランク戦やボーダー内で見たことがあるが、実際関わってみると元気さと騒がしさの体感温度がかなり高い。ここにあのクラスで大人しくしている水上くんが?と心配してしまう程だ。
水上くんとは高校のクラスメイトで、席が隣になったこともある。あまり普段から話さないが、特に仲が悪いということもない。良くも悪くもただのクラスメイトということだ。
挨拶が一区切りしたところで水上くんが切り出す。
「ほな、どうしましょイコさん。いつも通り巡回してなんかあったら対応、でいいですか?」
「そやな。名字ちゃんも着いてきて、あ、名字ちゃんて呼んで大丈夫?」
生駒さんがやや無理な体制で私に顔だけを向ける。
「はい。大丈夫ですよ。他の方も好きに呼んでいただいて大丈夫です」
「んじゃオレ、名前先輩で!」
『いきなり名前かい!』
「じゃあおれも名前先輩で」
「お前もかい!ええか?名字」
とんとんとリズムよく続く会話を面白く思いながら、律儀にお伺いを立ててくれる水上くんに一つ頷いた。
その瞬間、周囲にサイレンが鳴り響く。近界民だ。
「そこから北に300m、モールモッド2体発生!」
すかさず細井さんが情報を共有。水上くんが続く。
「2体か、取り敢えず名字は俺に着いて来い。イコさんと海に1体任せてええすか?隠岐はどっちも援護して」
「生駒了解。海と1体撃破」
「南沢了解!」
「隠岐了解。気張りますわ」
隠岐くんは細井さんが指示したマンションへ、他の4人は素早く近界民へ向かって走り出した。
「私はレイガストメインだからよろしく」
「ログ見たことあるから安心せぇ。合わせられる。適当に俺が削るし無理せんでええからな」
「了解」
視界にモールモッドを捉えると、スラスターで間合いを詰めその勢いのまま足を一本切り落とす。足を切り落とされたモールモッドは、赤い目を赤く光らせ体を回転し私と相対した。ヘイトを買ったところで一歩下がってレイガストを前に構えた。
鋭い爪が私の頭めがけて勢いよく振り下ろされる。頭が真っ二つになる寸前に爪を弾き返し、その一瞬の隙を逃さない隠岐くんが、狙撃でもう一本足を落とす。重心がずれ体勢を崩したモールモッドに、水上くんのアステロイドが側面から刺さった。
怒涛の攻撃で怯んだモールモッドは真正面がガラ空きだ。赤い目玉めがけて思い切りレイガストを突き立て両断。戦闘終了。
あたりを見渡すと、生駒さんたちがこちらへ来るのが見えた。どうやらあちらも無事終わったようで、ほっと息を漏らす。
緊張が解かれたせいか、じわじわと頭がひやりと冷たくなって、地に足がついていないような感覚で指も小刻みに震え出した。こちらを見つめていた赤い目玉がフラッシュバックして今更恐怖で一杯になる。バレないように震える手を後ろに隠して強く握り締めた。
水上くんはモールモッドから小型近界民が出てこないか念のため確認している。
「おつかれ」
「おつかれー……」
「お疲れ様ですー。あれ?名前先輩……」
ちょうど後ろから駆けてきた隠岐くんには見えていたのか、後ろに回していた手を取って優しく握られた。
「手え真っ白なってますよ。どうしました?」
「……顔色も悪いな。大丈夫か?」
水上くんに顔を覗き込まれ後ずさる。
「あ、うん大丈夫だよ。恥ずかしいことに未だに近界民が怖くて」
声が震えるのも恥ずかしい。あと二人の距離も近くて恥ずかしい。ボーダー隊員のくせに近界民一匹にビビっていることに後ろめたさがあって二人を直視できず地面を見つめた。
頭上から隠岐くんののほほんとした声が聞こえてくる。
「分かります。おれ遠くから撃つだけなんでまだマシですけど、実際目の前にあんなんいたら腰抜かしますわ」
「いや腰抜かすのはビビりすぎやろ。でもまぁ、名字はちゃんと戦えてたし大丈夫なんちゃう?しんどいんやったらスナイパーやるとか」
ああでもソロスナイパーは逆にヤバいか。と水上くんは親切にも解決策を模索してくれる。
なんかすみません。こんなビビりのために……と項垂れていると、それよりも、と水上くんのチョップが隠岐くんの頭を直撃した。
「いたっ」
「いつまで手ぇ握ってんねん。セクハラやぞ」
「すんません、つい。名前先輩がネコちゃんみたいに震えてたんで庇護欲が……」
「すんませんねぇ、うちの隠岐が。よく言って聞かせますんで」
「おかん……」
二人のやり取りを見てくすりと笑う。さっきまでの手の震えもどこかへ行ったようだ。その様子の私を見て、二人も安心したように表情を緩ませた。
「いいなぁ水上先輩、こんな可愛い先輩と一緒のクラスなんでしょ?」
突然隠岐くんが爆弾発言をし、脳内処理が追いつかず目をひん剥いた。
「隠岐、その可愛い先輩がお前のたらし発言に変顔披露してんで。そういうのは程々にしいや」
「いやいや、変顔も可愛いやないですか」
「なんでもアリなん?」
「今先輩がバク転しても可愛いって思う自信あります」
「もう何しても可愛いやん」
褒められてるのか弄られてるのか分からない微妙なやり取りを聞きつつも、これが隠岐くんのイケメンたる所以か……。とゴクリと唾を呑んだ。
「こいつの言うことは話半分に聞いときや」
痛い目見るぞと水上くんの目が語っていた。
「おつかれー。ん?どないしたん?」
合流した生駒さんが謎の空気が漂っているこの空間に違和感を感じたのか頭の上にハテナを浮かべる。
「いつもの隠岐の人たらしですよ」
「ああ。イケメンやもんな」
それ答えになってます?と心の中でツッコミを入れた。どうやらよくあることらしいのであまり気にしないようにしよう。今そう決めた。
「このあとみんなで飯食いに行きましょうよ!」
南沢くんの急な提案により、防衛任務後お好み焼きを食べに行くことになったのだが、そこでも隠岐くんの人たらし力(ぢから)は存分に発揮されるのであった……。
2
あれから何かと隠岐くんが話しかけてくるようになった。登下校で、学校で、ボーダーで、スーパーで。今となっては水上より喋っている気がする。まぁそりゃ今まで赤の他人だったのが同僚くらいの仲になれば、顔を合わせる機会なんていくらでも増えるのだから不思議ではない。
「最近隠岐と仲良うしてくれてるらしいやん」
「まぁそうだね。仲が良いかもしれない」
偶然帰りが被った水上と一緒にボーダーまで行くことになった。となると共通の話題は限られてくる。
「隠岐が名字の話をよくするんやけど、この前一緒に猫カフェ行ったって?」
「うん。行ったよ。隠岐くんお勧めの、猫が塩対応してくれるお店で、つれない態度も良い〜とかなんとか言ってて面白かった」
「はぁ……さいでっか」
特に興味がなさそうだが、話を振ってきたのはあちらなのである。やれやれという態度を取られても。
「隠岐と付き合ったん?」
「は?」
え?ともう一度聞き直すが、もう一度同じ質問が返ってきた。なぜそんな突拍子のない考えに至ったのか分からないが、私はシロである。
「付き合ってないよ」
と、曇りなき眼で答えると、少し疑ったような表情の後に、なぜか納得したような顔で頷いた。
「なるほど。よく分かった。ところで隠岐のことはどう思ってるん?」
今日の晩御飯のメニューは?くらいの軽さで聞いてくるので油断していたが、今漸く気付いた。彼は恋バナを私に持ちかけている。
「水上は私のことが気になっているのかな?」
「は?なんでそうなんねん」
軽めのチョップが頭にヒットした。
「隠岐くんのことはまぁ……結構好きだよ。でもボーダー内恋愛、というか職場恋愛?ってあんまりよろしくないって言うじゃん。だから友達止まりが一番。というか私が好きになった所で両思いにはなれないでしょ」
「なるほどそういうこと。職場恋愛は確かに面倒臭いことになりそうやな」
「隠岐くんというイケメン後輩に構ってもらって嬉しく思ってるよ。それ以上もそれ以下もない!」
「あっさりしてんなぁ」
「水上は好きな子とかいるの?」
「おらんなぁ」
「水上は年上で頼り甲斐のある胸が大きくてスニーカー履いてるお姉さんとか好きそう」
「俺のイメージどないなってんねん」
水上ときゃあきゃあ恋バナにうつつを抜かしていたから、背後に忍び寄る存在には全く気が付いていなかった。
「お二人さん仲良しやなぁ」
びくりと二人して肩を跳ねさせる。水上もだ。それくらい彼は隠密が上手かったのか、私たちが会話に夢中になりすぎたのか。
振り返ると、いつも通りほんわかした雰囲気の隠岐くんが微笑んでいた。
「びっっくりした。なんや隠岐、いたんか」
「お二人見えたんで来たんですけど、えらい仲良さげやったんで声かけるの躊躇いましたわ」
「いやいや、そんなに仲良くないよ」
「冷た」
「なんの話してたんですか?」
「隠岐がイケメンやっていう話しとった」
「ええ?イケメンちゃいますって〜」
隠岐くんが私と水上の間に加わり、いつもの漫才が始まった。なんだ、いつも通りだ。
さっきはちょっと、声色が怖かったような気がしたが、ただ私がびっくりしただけだったらしい。確かに、私と水上が仲良くしていた所で、隠岐くんが怒る要素はない。あるとすれば、大好きな水上先輩をとられて嫉妬するとかその辺りだろうか。
今後生駒隊の誰かと仲良くなり過ぎるのは良くないのかもしれない。とはいえ水上はある程度距離を保つタイプっぽいのでそこは安心だ。
あまり勘違いされないようにしようと心に決めたのであった。
3
「最近名前先輩が遊んでくれへんのですけど、なんか理由知ってます?水上先輩」
生駒隊作戦室で猫動画を見ながら隠岐が項垂れる。
「あいつはいつも通りに見えるけど、何か誘ったん?」
「山の方に牧場あるじゃないですか、あそことか、遊園地とか、最近放映されたアクション映画とか、昼飯とか晩飯とか」
「いやめっちゃ誘ってるやん自分」
「何かと理由つけられて断られるんですわ。ちょっと心折れそうになってきました」
逆にそこまで断られておいてまだ心が折れていないのか、と水上は感心する。
「そんなに名字のこと好きなん?」
「え?うーん、好きですねぇ。面白い人やし、もっといろんなところ一緒に行ってみたいなぁって」
「ふーん……」
いつも通りの表情でこれを素で言ってのけるので、恋心は自覚していないらしい、と水上は思った。
なぜ名字が避けているのかは分からないが、ついに隠岐のことが好きになってしまってまともに会話ができないだとか、バレるのが怖いからだからとか、大方そんな理由だろう。職場恋愛がどうのこうの言っていたし。
この件は特に日常生活に支障が出るレベルでもなさそうで、このまま放っておいたら自然消滅してしまうだろう。ここで自分が介入しなくても良いのだが、なんとなくそれは憚られた。
名字とはそこそこ仲が良いし、隠岐は大切な後輩だからだ。あとは少しの興味本位。
「ほな今聞いてみるか」
「え、今ですか?」
水上はスマホを取り出し電話をかけた。話題の相手へは3コールくらいで繋がった。
ーーーー
「ということで隠岐が悩んでるんやけど。なんかあいつ気に触るようなことした?」
「してないしてない。生駒隊のみんなが私に嫉妬するかもって思って」
「は?」
「え?」
生駒隊の誰かと仲良くし過ぎることで、生駒隊の誰かの反感を買うのではないかという心配を話すと、水上は珍しく笑った。
「なんやそれ、アホか」
「アホォ?」
「俺ら仲良いけどそうはならんで」
友達の少なそうな水上の口から仲良いという台詞が出てきて少し感動しつつも、アホという言葉が頭をぐるぐると回る。
「そう、私はアホだったのか……」
「俺らのことは気にせんで隠岐と遊びに行き」
「そうですよ先輩。おれと遊んでください」
「そうだね。遊びましょう」
その場で約束を取り付けると通話は終了した。
ふぅ、と一息つくと、ベッドに体を沈める。
隠岐が悩んでいると聞いて少し嬉しく思う自分がいてびっくりした。もしかしたら独占欲があるのは私の方なのかもしれない。イケメンと仲良くなれたのが嬉しくて調子に乗っているのか、相手が隠岐だからなのか。この高揚感と自然と上がる口角から原因はほぼ分かっているのだが、一度そうと考えてしまうといつも通りの対応ができなくなるもので、わざとこの話題を頭から遠ざける。
「そういえば明日は小テストがあったな」
数学の教科書を引っ張り出し、無理やり思考をかき消した。水上に小テストで勝つ。
翌日、あっさり負けた。
4
朝10時に三門市駅前で待ち合わせ。二人で出かけるときはいつもそうしている。実際はお互いに15分前には着いているので、10時に設定している意味があまりない。
今日は待ち合わせ場所へ行くと既に隠岐くんがいた。
「おはようございます。今日も可愛いですね。大きめのアウターめっちゃ似合うてます」
1可愛いいただきました。
秋も中頃で冷たい風が頬を撫でるが、隠岐くんのナチュラルたらし発言で今日も少し顔が熱い。
「隠岐くんも黒セーター似合ってるよ。今日はシュッっとしてるね。いつもゆるっとしてるのに」
「はい。今日はいつもよりキメてみました。かっこいいですか?」
「かっこいいかっこいい!めっちゃ良いよ〜!」
心からの賞賛を浴びせると、隠岐くんは少し照れた様子で笑った。その表情もとても可愛い。
「ほな行きましょか。今日はおれのデートプランで」
「うん!ん?デートプラン?」
「はい。デートプランですよ」
隠岐くんとかなりの時間を共にしたが、デートという単語は初めて聞いた。どうして急に、今日はデートなんだろうか?思考を巡らせるが答えが見つからない。
ああ、なるほど。女の子二人で遊ぶ時におふざけでデートって言うアレだな。
「あ、名前先輩。なんか勘違いしてたらアレなんでちゃんと言っときますね。シンプルに男女のデートです」
「シンプルに男女のデート」
デートのゲシュタルト崩壊が起き私の頭の中は混乱を極めているが、隠岐くんは気にも止めず進める。
「めちゃ面白そうなB級映画っぽいのあったんで一緒に観たくて席とっちゃいました。行きましょ〜」
いつも通りほわほわ微笑む隠岐くんを横目に、私は汗をだらだらと流していた。デートというと、お付き合いしている男女が二人でいい雰囲気で遊びに行くことじゃないだろうか。いや、付き合ってなくてもいい雰囲気だったらデートと呼ばれることもある。つまり私と隠岐くんはいい雰囲気なのか?いい雰囲気とは?ぐるぐると思考しつつ映画館へ吸い込まれていくのであった。
「映画めっちゃ面白かったね!ゾンビとサメが融合してドラゴンになるなんて!」
「インパクトありましたねぇ。ほんま観てよかったわぁ。おれドラゴンと異世界転生してきた中世の騎士が戦うところ好きです」
「あの伏線回収はアツかったね!」
近くのおしゃれカフェでワンプレートランチを頼んで、先程見た映画の話に花が咲く。
ワンプレートはライスと手ごねハンバーグ、小さいサラダに、カップに杏仁豆腐が入っている。これは隠岐くんのお勧めだ。
「隠岐くんとは映画の趣味もご飯の趣味も合うなぁ」
「おれも思ってました。おれら相性抜群やと思いますよ」
にこにこ微笑みながら一口サイズに切ったハンバーグを口に運ぶ隠岐くん。
「そうかも!今後も仲良くしてね!あ、今度水上とも遊びに行こうよ」
ぴたりと隠岐くんのフォークを持った手が止まる。
どうしたんだと見やると、感情が伺えない顔でハンバーグを見つめていた。
あ、なにかまずいことでも言ったかな?と冷や汗が頬を伝う。
「名前先輩、いつから水上先輩のこと呼び捨てするようになったんですか?」
「え?たしかに……」
「先輩ら仲良いですよね。水上先輩も気許してる感じしますし。……付き合うてるんですか?」
既視感。似たことを前にも水上に聞かれた。彼らは恋バナが好きなんだろうか?にしては状況が深刻な気がして、冷やかすのが躊躇われた。
「付き合ってないよ。友達」
じっ、と疑いの目を向けられる。
「ほな、おれらも友達ですか?」
「うん。友達」
「…………」
つい、と店の外へ目を向けた隠岐くんは無言でハンバーグを食べる。
「……おいしいですねぇ」
「おいしいね!」
どこか寂しそうに笑う隠岐くんにときめきつつも、親友と言った方が良かっただろうかとハンバーグを口に運んだ。うん。おいしい。
その後カフェを出て、ショッピングモールで雑貨屋をハシゴしたり、ゲーセンで射撃対決をしたりと、なかなか充実した休日を過ごした。外はもう暗くなり、街の街灯が私たち二人を照らす。
温かい飲み物を買って、誰もいない公園で二人ベンチに座り、他愛もない会話を交わした。
「名前先輩、今日言うか言わんか迷ってたことがあるんですけど、言ってもいいですか?」
静まり返った公園で、隠岐くんがいつになく真剣な表情で私を見つめた。どきっと心臓が跳ねるのを無視していつも通りを装い、いいよと返事をする。
「好きです。おれと付き合うてください」
一瞬、時が止まったかのように感じた。
漸く言葉を理解して爆音を鳴らす心臓と、まとまらない頭では答えを出すのは難しい。頭の中は隠岐くんを好きな気持ちと職場恋愛が混ざって戦いをしている。
「……す、すみませ……ちょっと……考えさせてください……」
「……わかりました。ほな気長に待ちますわ」
ふぅーと長く息を吐く隠岐くんが、ベンチに体重を預け夜空を見上げた。
「名前先輩、見てみてください。星めっちゃ綺麗ですよ」
見上げると、たしかに星がたくさん輝いていた。
「ちなみに、悩む理由はなんですか?あ、言いたくなかったらええんですけど……」
「職場恋愛はよくないって聞いて……」
「はい?」
隠岐くんが珍しく怪訝そうな顔を向けた。
「そんなことで悩んでるんですか?……おれのことは好きなんですか?」
「……好きだよ」
隠岐くんは真っ赤になった顔を手で覆った。
「本当に申し訳ないんだけど、少し待って欲しい。1ヶ月以内には答えを出すから」
「わかりました。でも、両想いって分かってよかったですわ。照れて避けんといてくださいね」
「大丈夫だよ」
ーーーーーーー
次の日。
「避けんといてくださいって言うたやないですか」
「そんなに距離詰めてくるとは聞いてない!」
「……なんやお前ら、やっと付き合ったんか」
「付き合うてないです」
「付き合ってないよ!」
今日は下手なことを言ってしまいそうなので、体調が悪いと友達に告げお昼に屋上で一人でご飯を食べていたところ、タイミング悪く水上と隠岐くんが屋上へ来てしまいばったり遭遇。
向いに水上が座り、隣に来た隠岐くんが肩をぴったりくっつけてきたので、急いで水上の後ろへ隠れた。冒頭へ戻る。
「というか水上、気付いてたの!?」
「まぁ見たらわかるし」
後ろから水上の肩を掴んで隠岐くんを凝視していると、だんだんと表情が曇りだした。
「名前先輩、水上先輩とは普通に触れ合うんですね」
「み、水上はドキドキしないし心臓に優しいから……」
「俺今貶されてる?」
「いやいや、今ここで名前先輩が水上先輩にドキドキしてたら水上先輩の頭撃ってましたわ」
「恋って人を変えるんやなぁ……」
水上は水筒の味噌汁をしみじみと飲んだ。トリガーの私的利用はNGなのは置いておいて、先輩を撃とうとするなんて血の気が多すぎる。一体誰がこの穏やかな子を変えてしまったのか。
「水上先輩誘って屋上来たんは、この人の相談するためやったんです」
「ああ、見て分かったわ。告白したら逃げられたって感じか?」
「だいたいそんな感じです。おれのこと好きやのに職場恋愛はしたくないって言いはるんですよ」
目の前でその人物の相談をするか普通?
「あーそんなこと前に言ってたな。名字、職場恋愛の何が嫌なんや?具体的な理由はあるんか?」
水上は親身に話を聞いてる感を出しているが、唐揚げを頬張っているのできっとどうでも良いのだろう。お弁当の唐揚げのくせにカリッといい音が鳴っている。
「……喧嘩したり最悪別れたら気まずい」
「喧嘩したり別れる前提なんですか……」
隠岐くんがしょんぼりしている。いや、喧嘩はするだろうし、学生の恋なんて長く続く方が珍しい。私の友達は月一で恋人が変わっているし、なんかもう好きじゃないけど別れるのも面倒だから惰性で2年付き合ってるって訳の分からないことを言う友達もいる。
私自身、恋なんて今までしたことがないからずっと好きでいられる自信がないのだ。そして相手からも好かれ続ける保証はどこにもない。
はぁ、と水上がわざとらしくため息を吐いた。
「難しいこと考えんでも、好き合ってるんやったら付き合えばええやん。喧嘩したらそん時はそん時や」
「水上……」
私は勢いよく立ち上がる。水上の言う通りだ。
「隠岐くん、付き合ってください」
「名前先輩……」
感極まった隠岐くんも立ち上がり、屋上の隅っこで抱きしめ合う。おお、と別のグループがざわついているのが聞こえた。
隠岐くんは背が高く、抱きしめられると心臓の音がよく聞こえる。ドキドキと騒がしい音に耳を澄ましていたら、予鈴のチャイムが聞こえてきた。
「ほなお二人さん。ごゆっくり」
水上がお弁当片手に小走りで屋上から立ち去るのが見えた。
「あわわ、はよせな怒られる。名前先輩、今日一緒に帰りましょ。また連絡しますんで」
「わ、わかった」
どたばたと食べかけのご飯を仕舞って屋上から退散した。このあと本鈴にぎりぎり間に合わず、先生からお叱りを受けたのだった。
2022/3/23
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