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首をくれ

1

楽しい!!!
「おおーっと名字選手のモールクロー!しかし射程届かずか!?生駒選手の足先を掠る!」
楽しい!!
「生駒選手、体制を崩さずそのまま抜刀───」
楽しい!!
「名字選手間一髪避けたーー!!」
楽しい!!
「スコーピオンを変形させ生駒選手近くの電柱へ突き刺す!そのまま縮小させ生駒選手との距離を縮めるが孤月が黙っていな──避けた!!」
楽しい!!
「孤月が触れる寸前に出力最小にしたスコーピオンをまた伸ばし、生駒選手の右手へ刺さる!そして縮小──」
楽しい!!

首元に僅かな電流が走り……背中に衝撃。
先程まで生駒達人の首を映していた瞳には、無機質な天井が広がっていた。
「負けた」
長距離走を完走した時のような疲労感と、アドレナリンによる高揚感。生きている、と感じる。
「負けたーーー!!!」
ベッドの上でじたばたと騒いでいると、ノックをしてから開かれたドアから生駒達人が顔を出した。
「コワイ……」
ぴた、と動きを止めて頭だけドアの方へ向ける。
「なにが?」
生駒達人は気まずそうに頬を赤らめて視線を左右へ泳がせた後に、ぼそりとつぶやいた。
「いっつも俺の首しか狙わへんやん」
「そうだっけ?」
「さっきのやって肩落とした方が早かったし」
「ん?」
たしかに。
「そんなに俺の……首が欲しいん?」
もじもじしながらキャッと高い声を出して顔を覆う生駒達人は、そのまま小走りで去ってしまった。

生駒達人と初めて斬り合った時の感動は未だに忘れられない。今も彼とやりあうのは人生で一番と言っていいほど楽しい瞬間だ。そしてまだ一度も勝てていないから、私が強くなれば強くなるほど、ギリギリの戦いができるようになる。
そして先程は私が首に執着せず、勝ちを考えていたら勝てていた試合だ。無意識だったのだが、最近は首を執拗に狙ってしまっているようだった。
なぜか、と考えると明確な理由は出てこないのだが、なんとなく、彼の首が、切りたい。

2

大学へ進学する気が無かった私は、高卒でボーダーへ入社させてもらった。防衛任務をこなしながら、事務系の仕事も担っている。
生駒達人とは同い年だが、ボーダー以外で会うことは殆ど無い。だから彼の素性はよく知らないし、面白い動きをする関西人という程度の認識だ。たまにオペレーターの真織さんと話すのだが、彼は割と人格者であり色々な人から慕われているようだった。そしてどうやら私が生駒達人のことを好きだと勘違いしているようで、何やら熱い視線を感じる時がある。
私は確かに生駒達人のことが好きだが、それは彼と闘うと楽しいからで、彼の性格や外見に対するものでは無い。きっと生駒達人がゴーグルをかけていなくて、生駒隊の隊服を着ていなかったら、その人が生駒達人だと気がつかないだろう。

同じポイント帯にいる隊員たちと試合を繰り返した後、休憩がてら個人戦の個室から出ると、近くの自販機の前に見慣れたゴーグル&赤と、頭に羽がついてそうな赤がいた。きっと生駒達人と、嵐山だろう。なんとなく、足がそちらへと向かう。

「どうも、生駒達人くんと嵐山くん。ちょっとジュース買っていいかな?」
わざとらしく声をかけると、嵐山は人好きのする笑みを浮かべ自販機の前を開けた。そして何故か生駒達人は半身を嵐山の後ろへ隠す。
「ああ、ごめん。どうぞ」
「……なんでフルネーム?」
100円を1枚自販機へ入れて、お茶のボタンを押す。
「いこまたつひと、って語感良いじゃん」
取り出し口からお茶を出してキャップを捻った。
プシュ、という小気味良い音が鳴る。
生駒達人がぽっと頬を赤らめるのが視界の隅に見えた。
「相変わらず達人と競い合ってるのか?」
「うん。早く殺したいよ」
ひっ、と息を呑む音。
「い……イヤーッ!嵐山クン助けてッ!殺されちゃうッ!」
「はは。言葉の綾だろ?」
きゃあきゃあと嵐山の背に隠れて騒ぎ立てる生駒達人に苦笑しつつ、ポケットに入れていた飴玉を渡すと大人しくなった。

3

日課の朝ランニングに今朝も出掛けた。
夏から秋への変わり目だからか、日差しが強めなのに風が冷たくて心地が良い。
社宅からスーパーへ30分、スーパーから別ルートで帰って30分。三門市のありとあらゆる道を把握する為に始めたランニングは、社宅周辺を飛び出て結構遠くまで範囲を広げている。
だからか、今まで会ったことのない人にも出会うのだ。
「あっ名字ちゃん」
聞き覚えのある声が背後から聞こえて振り返ると、目力が強めで眉がキリッと伸びている、濃いめの顔立ちの男性が真顔で立っていた。
「……?」
はて、こんな知り合いはいただろうか。と脳内にある男性ボーダー職員の顔から急いで検索をかける。
「アレ?人違い?ちゃうやんな」
男性は眉間に皺を寄せて更に目力を強くしてこちらを凝視する。黒髪オールバックで、口角が下がっていて、その目も、どこかで……。
「あっ!!生駒達人!?」
「えっ気付いてなかったん!?」
ガーン。とショックを受けた様子の生駒達人は、真顔のまま少し涙目になっていた。正直申し訳ない。
「ごめんごめん。この辺住んでるの?」
立ち直ったらしい彼は、真顔のまま続ける。
「そうやで。朝ご飯食べに行こかなと思ってぶらぶらしてた。名字ちゃんはランニング?偉いな」
そう言う彼の服装もジャージだ。薄手のウィンドブレーカーに膝丈のハーフパンツ。いかにもランニングしてましたよと言わんばかりの額に滲む少量の汗。
「偉くないよ。データでマップ見るよりは実際に立ち寄って見とかないとね。三門市の地形把握のために」
「ええ子やなぁ。カワイイし」
「生駒達人くんも地形把握の為なんでしょ。それにきみだっていい子だしカッコイイよ」
真織さんが言っていた。コワモテを気にしているが、会話や所作から優しさが感じられるので後輩女子から密かに人気があると。つまりはいいヤツなのだ。生駒旋空という必殺技も持っているのでカッコイイ。
「えっ、俺のことカッ……ということは……好きすぎて殺したいってコト!?」
「飛躍しすぎ!」
「ヤバイな!名字ちゃん!」
なんかドキドキしてきた……と心臓のあたりを真顔でおさえる生駒達人を少し面白く思いながら、せっかくだしと提案をする。
「一緒に朝ご飯食べようよ。そこの定食屋で」
なんかこの流れだとデートのようで気が引けるが致し方ない。
「うん。そうやな。納豆定食お勧めやで」
わざわざ納豆を勧めるな!

4

楽しい!!
「生駒旋空伸びるーー!!が躱されてしまう!」
楽しい!!
「スコーピオンを伸ばして障害物へつけ縮小してを繰り返し素早い動きで生駒隊員への距離を詰める名字隊員!」
楽しい!!
「しかし生駒隊員!名字隊員の速度に慣れているのか、ヒットアンドアウェイで繰り出される攻撃を難なく凌いでいる!」
楽しい!!
「これは──名字隊員!グラスホッパーを使用して速度を上げた!生駒隊員急激な速度変化に対応しきれず片足を失う!」
楽しい!!
「バランスを崩した生駒隊員の真下からモールクロー!!同時に背後から首をとったー!!生駒隊員、活動限界によりベイルアウト!名字隊員の勝利!!!」

ぼすん。背中に衝撃。
勝った……勝った……!
「勝ったーーー!!!!!」
ベッドでじたばたと暴れていると、ノックの音がしてドアが開いた。勢いよく立ち上がって訪問者に手を差し出す。
「楽しかった!!」
「俺も。ええ試合やったな」
固い握手を交わして、勢いでハグしそうになってやめた。
「やっと殺せた……」
ぞっ、と生駒達人の顔が青くなる。
「……どうやった?俺のこと殺してみて」
「さっき気づいたんだけど、私って生駒達人くんのことを殺したかったんじゃなくて、勝ちたかったんだと思う」
「……え!?首をやたらと狙ってたんは!?」
首。首かぁ、と考えて、一言。
「生駒達人くんの頭の重さが気になって……」
「い……イヤーッ!!誰か男の人呼んでーーッ!!」


2023/01/14



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