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束の間の休息

地面を叩く軽やかな雨の音が部屋を包む。

開けっぱなしの障子から入る冷えた空気が指先を冷たくしていき、障子の向こうの薄暗い景色では鮮やかな臙脂色が彼をくっきりと浮き立たせていた。
足を崩して縁側に座る七種くんはパソコンもタブレットも資料も持たず、大人しく外を眺めている。
そして私も同じく、何をするでもなくぼうっと七種くんのいる景色を見つめていた。

暫く沈黙が流れたあと、お話好きな七種くんが静かなのがおかしくて、ついくすりと笑みを溢してしまう。それに反応して振り返った七種くんと目が合った。
何か言いたげに整った口を開いたが、少し悩んだのちにそのまま閉じられる。
代わりに上体を倒して畳に背中をつけたことで、うつ伏せに寝転がる私の隣に、仰向けになった七種くんの綺麗な髪が広がった。
「こうもやることが無いと調子が狂いますね」
普段より声量を抑えたその声は静かな室内でも通りが良く、私の鼓膜を心地よく震わせる。
「私はゆっくりするの結構好きだよ」
七種くんは?と視線を投げると、普段の鋭さが幾分か無くなっている切長の目と視線が交わった。暫くそのまま見つめられた後、天井へと視線が移動する。
「自分はあまり好きではありませんね」
お互いに仕事を生き甲斐としていることは共通していても、経営者とアイドルとプロデューサーの二足どころか三足の草鞋を履いている七種くんは、この時間ですら無駄だと感じてしまうのかもしれない。
それでも休養も仕事のうちと私を休ませようとする七種くんのことだから、自室にいる時や休暇の日は流石に休んでいるはずだ。だとしたら何か急ぎの仕事でもあったのだろうか。気が気じゃなくて休んでいるほど余裕がないのだろうか。
しかしここはネットが使えないほどの田舎……撮影のため訪れた地で運悪く雨に降られてしまい撮影を中止して今に至っているわけで、雨が上がって撮影が終わるまでは帰られない。

にしても、日本家屋に横たわっているだけなのに七種くんは絵になる。さすがアイドルだ。
こんなに間近で七種くんを見られることはそうそう無いだろうとガン見していると、怪訝そうな目で返されてしまった。
「この穢らわしい私をそのように穴が空くほど見つめられると、美しく尊いあんずさんの瞳が穢れてしまいますよ」
「七種くんは綺麗だよ」
もちろん七種くんは本気で言ってないだろうけど。一応感想を述べておく。
「そのようなお言葉は勿体無い。綺麗という単語はあんずさんのためにあるのですから」
にっこりと笑顔を作ってくれて、その些細な動作ではらりと額から髪が横に流れた。
綺麗だ。

……こんなに綺麗な七種くんはきっとファンも虜になるだろう!ふと脳裏にオフショットという単語が浮かんできて、勢いよく体を起こした。
「オフショット撮っていい?」
「また急ですね。良いですが」
「こんなに綺麗な七種くんを独り占めするのは勿体無いよ。本当に綺麗なんだよ?」
といってもカメラがスマホしかない。今別室で待機中のカメラマンさんは別会社の人だしカメラを借りるわけにもいかない。最新のスマホだからなんとかなるかな、むしろスマホで撮った方がオフショットっぽくなるかもしれない。
ええいままよとスマホをカメラモードにして七種くんに向けると、私の手ごとスマホを掴まれた。
「独り占めしないんですか?」
「え」
スマホを取り上げられて、そのまま腕を引っ張られ、なぜか私が七種くんに覆い被さるような形になってしまう。
眼前に広がる七種くんに目を瞬かせた。
「私なら独り占めしますがね。勿体無いですし」
私の髪が七種くんの頬を滑る。
青い、深い海のような瞳に吸い寄せられてしまいそうだ。
「な、なんの話?」
「せっかく二人きりなのであんずさんとより仲良くなれればな〜と……⭐︎」
わざとらしい笑顔を見せられて揶揄われたんだとなんとなく察する。むっとして七種くんの上から退いた。
「もう、びっくりしたよ」
「あっはっは!……暇だったのでつい。ではオフショットを撮りましょうか。オフにしてはこの日本家屋は非現実的ですが」

それから雨が止むまで、この家を探索しながらちょっと多過ぎるんじゃないかってくらいオフショットを撮影した。



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