高校一年 07/25(金)


東京で買ったお土産の袋(無難に東京ばななを買いました)を片手に、わたしは四天宝寺の校門を見上げた。家にも寄らずに来てしまったため、大荷物だ。しかし、代わりに部活のジャージとかは持っていない。ここまで来たけど、一度家に帰るべきだろうか。その時、鞄の中にあった携帯が震え出した。早苗ちゃんからのメールだった。『今どこ?』簡潔過ぎる。もしかして急ぎの用事かもしれない、とわたしは慌てて校門だと返事をした。けど、それから少し待っても返事は来なくて。行ってもいいのかな…?追い返されたらいやだな。「ジャージもないなら帰れや役立たず」とか、一氏くんならありえそう。


(……帰ろうかな)


想像できてしまって、少し悲しくなった。昨日送ったメールは返事が来なかったから。やっぱりうざかったのかもしれない、と実は結構へこんでいたりする。


(でも、いっか)


部長には26日まで部活には出れないって言ってあるんだし。もし何か言われたら、お土産だけ渡して帰ればいい。早苗ちゃんの返事を待たないまま、わたしは部室に向かって歩き出した。


テニスコートの脇を通って、部室に向かう。今はちょうど昼休みなのか、テニスコートには誰もいなかった。みんなは部室にいるかな。それとも食いだおれ棟でご飯食べてるかも。そんなことを考えた、部室まであと数十メートル。不意に、部室の木製のドアが開いた。思わず、足が止まった。


「あっ、」


一氏くんだ。なんてタイミング。わたしには気付かないで、空を見上げてぶつぶつ言っている。な、何してるんだろう。わたしはそんな一氏くんを見つめていると、だんだんと下がる視線に、胸の鼓動が速まった。目が、合う。咄嗟によそ見をしようと思った。なのに時間が止まったように動けなくなったのは、思ったよりも一氏くんが真っすぐにわたしを見ていたから。睨むような、そんな眼差しじゃなくて。純粋に驚きに満ちていた。


「…弥栄?」


あ、あれ?名前呼ばれるって、こんなにドキドキしたっけ?こんなに、胸がきゅって…。一氏くんって、こんな風にわたしの名前呼んだっけ?たった何日か会わなかっただけなのに、もう全然わかんない。


「あっ、あのねっ」


わたし、いっつもどうやって話してた?どういう表情してた?笑ってた?今は笑えてる?頭が真っ白になりそうで、わたしはお土産の袋を少し上げた。でも、一氏くんはどんどんわたしの方に歩いて来て。もう目の前だった。


「おみやげっ…」


あげかけた手は、それ以上あがらなかった。動く視界はスローモーションで、手に持っていた袋はゆっくりと落ちていく。


「えっ…」
「昨日、メールごめん…」


そんなことを言うために、こんなに近付く必要があるはずがない。固まった首を少し動かす。少し右に動かすとわたしの右肩に載った腕。少し左に動かすとつんつんと髪の毛がわたしの頬をくすぐる。目の前には白いワイシャツで、その向こうにはさっきまで見ていた部室が変わらずに立っている。首の後ろに感じるざらざらした感触は、ワイシャツのものではないだろうか。まさか。嘘だ、こんなの。正常に息もできない。わたし、このまま死んでしまうかもしれない。一氏くんは、それを狙っているの?だから、抱きしめたり、なんて…


「…すまんかった」
「………な、に」


もう、頭が破裂しそうなの。


「行かんといて…」
「え…?」
「大阪に、おればええやろ」


何が、どういうこと。一氏くんの緑がかった髪が、わたしの耳を掠めた。不意に、強くなる力。ぎゅう、って効果音がつきそうなくらい。


「嫌いとか言うてごめん」


待って。ちょっと待って。震える口からは言葉なんて何も出てこない。代わりに涙が、出てきそうだった。


「う、そ…」
「…前は、ほんまに嫌いやった。けど、…」


涙と一緒に鼻水も出てきそうになって、慌てて啜った。一氏くんのワイシャツを汚すわけにはいかない。


「ずっ、き」
「は?」


好き、って言いたかった。でも涙でぐちゃぐちゃになっていて、それは叶わなかった。一氏くんはわたしから離れていって。目の前で少し屈んで、わたしと視線を合わせてくれた。


「あー、ひどい顔」


そんなことを言いながらも、ワイシャツの袖でわたしの涙を拭いてくれた。こんなこと、前にもあった。あの時も、わたしは一人で勝手にドキドキしていて。


「す、き…」


調子に乗ってしまったかもしれない。さすがに、うざかったかもしれない。でも、抑えられなかった。啜り泣きながら、言ってしまった。けど、一氏くんは何の反応もなくて。恐る恐る視線を上げると、見たことないくらい真っ赤な


「ちょっ、見んな!」


拭いてくれていた袖で、両目を塞がれてしまった。視界が遮られて、真っ暗だけど。目元だけはあったかかった。


「…俺も、やから」


ぼそっと呟かれた声は、確かに耳に届いた。俺も?何が?そう聞き返すと、また沈黙。視界だけ真っ暗ってちょっと恐い。でも、


「俺も、好きやねん」


えっ、と声が漏れる前に、視界が明るくなった。と同時に頭に衝撃。


「調子乗んなボケ!」


叩かれた頭に手をあて、目を開けると、すたすたと部室に歩いていく一氏くんの後ろ姿が見えた。さっきまでのが嘘みたい。だけど確かに、あの一氏くんが「好き」って言ってくれた。もう、それだけで世界が輝き出した。それだけで十分。


「まっ、待って!」


地面に落としたままだったお土産の袋を拾い、大好きなその背中を追い掛けた。