たったひとつのおしまい



 ​──── 何故、

 その言葉に尽きると思う。誰よりも優秀な 人を救えるヒーローを目指して自分の元で勉学に励んだ学生。人好きな笑顔を常に見せていて、懐っこく周りには人が自然と集まるような女生徒だった。人を簡単に殺せてしまう個性を持つ彼女は個性を伸ばしながらも人一倍個性の制御に努めた。

 彼女の個性、それは意識して息を吐き出すとそれが毒になるというもの。先ずは神経系を麻痺させ 動けなくなる。そのままじわじわと体内を侵食していく。ヒーローコスチュームを改良し、また個性を伸ばしては改良し。それを繰り返していた。開発科の生徒と仲良くなり一緒に編み出していた 瞬時に市民向けに簡易ガスマスクを装着できる装置を見せられた時は思わず感嘆の溜息を吐いたのを覚えている。何度も職員室まで赴いて自分へ相談してきていた。かなり印象深かった。きっといいヒーローになる。将来を楽しみにしていた。自分とは真逆の広範囲の攻撃を得意とするヒーロー、いつか共闘する日もくるかもしれないと。

『〇月×日 正午。ヒーロー ポイズンガールが某市内に無差別に毒ガスを蔓延させました。重傷者47名、死亡者10名。』

 職員室のテレビから流れるニュース画面を見て頭が真っ白になるのを感じた。名字がそんなことをするわけが無い。何かの間違いだ。個性の暴発にしろ何にしろ許されることではない。街頭インタビューで名字を非難する人間の言葉、ニュースから流れる声が遠のいていくのを感じた。

「なあ、イレイザー、これって」
「校長の指示を仰ぐ。卒業して5年が経ってるとはいえウチの元生徒だ。火の粉はこちらにも降りかかるだろ」
「…イレイザーが目をかけてた生徒だよな」
「許されることではない。」

 冷静にマイクに返答するも 口元を手で覆い個性を使っていないのに目は乾いて仕方がない。駆け出すように校長室へと向かい、今後の雄英教師としての身の振り方を考える緊急会議が開かれた。
 終わる頃には、外ではマスコミの人だかりが出来ていた。




「せんせ、」

 帰路、聞き慣れた声が背後から聞こえて足を止める。

「迷惑かけてごめんなさい、せんせ」

 震え掠れるその声は名字のもので間違いない。マイクにはああ言ったが どうしても昼のニュースは信じ難いもので ゆっくりと振り返る。何度も何度も改良を重ねてきた 努力の結晶であるヒーローコスチュームを身にまとって 目元を手の甲で乱暴に拭いながら泣いている。大量の死者を出してしまった凶悪な犯罪を犯した後の人間には思えなかった。

 元生徒だからだろうか。なにかに悩み涙を流す、ヒーローでも何でもない ただの女の子に見えた。

「なにがあった。あれは誤報か」

 どうしても信じてやりたくなってしまう。ばあさんに何度も言われたように 何だかんだ甘いのかもしれない。身体ごと名字の方を向けて首をかしげ問いかけた。然し、彼女は小さな期待も打ち砕くように そっと首を横に振った。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

 胸を抑えて泣きじゃくりしゃくり上げる名字に眉間の皺を濃くする。もしも、もしも敵に成り下がったのなら このままにしておく訳には行かないとポケットにいれたままの手は無意識に拳を握り 一歩片足を下げて臨戦態勢へ入る。その様子を見て名字は酷く傷ついた顔をした。

「せんせ、いくら守っても、どれだけ笑顔を振りまいても みんな私の事認めてくれないの。たくさん頑張ってきた、皆を守るためにたくさん。知ってるでしょせんせ」

 一歩近づいてくる名字の痛々しい表情に身体に力が入る。確かに毒を振りまく彼女の個性は 巻き込まないように本人が気をつけていたとしても救助される被害者はポイズンガールが助けに来たとしても安心したような顔は見せない。自分まで殺されると思ってしまうのだ。あまりに広範囲の攻撃故に。

 敵からも、助けお礼を言ってもらえるはずの人間からも 向けられる目は冷たいものだったのかもしれない。

「守る意味、あるのかなあって、思っちゃった」

 ぽつりと呟かれた本音。潰されてしまったのだ。ヒーローといえど華々しいだけではない。ウワバミやミッドナイトのような容姿から人の目を引きつける女性ヒーローもいるし、実力派のヒーローだっている。オールマイトのようなヒーローにはなれないとしても 世間に認められ ありがとうと言って貰えるだけで救われる。命を張って守ってよかったと。頑張ろうと。

 然しその逆だったら。
 命を張って守って非難されたら。

 特に粗探しなんてマスメディアの大好物。ポイズンガールが戦った跡地にはまだ毒が残っているなんて嘯くような輩だっている。完全に、民衆と マスメディアにこの子は潰されてしまったのだ。

「それでも守らないといけない。それがヒーローだ。3年間 それを叩き込んだつもりで居たよ。」
「はい、先生は色んなことを教えてくれました。ヒーローとしての立ち振る舞い、個性の伸ばし方、救助の仕方、敵の倒し方、人を好きになる気持ち。」

 俯いてぽつりと告げられた最後の言葉に耳を疑う。名字はキュッと唇を結んで 俺の目をじっと見つめた。

「1人前になったら、言おうと思ってました。ごめんなさい、こんな形になってごめんなさい。ごめんなさい。大好きでした、ずっと先生が」

 ポロポロと綺麗な瞳から流れ落ちる涙に、体の力が抜けていく。眉間に刻まれていたシワも伸びて、ポカンと情けなく口を開きながら名字を見つめた。

「最初は憧れで、認められたくて いつの間にか恋慕に変わって、ガムシャラに頑張って、」そして ふと表情を緩め「でも疲れちゃった」と。

 言葉は呪いだ。きっと彼女は優し過ぎたのだ。卒業校である雄英に、そして担任だった俺に迷惑をかけないように 自ら捕まりに来たのだとそこで悟った。自分で呼んだのか警察のサイレンの音が近くなる。

 そして、あのころのような無邪気な顔で、冗談めいた口調で 「先生の捕縛武器で捕縛されるのちょこーっと夢だったんですよね」と告げる。
 キュッと唇に力を入れて、名字に捕縛武器を向けた。

 言葉は呪いだ。きっと彼女が最後に伝えてきた想いを俺は一生忘れられないだろう。





ビッグスリー登場時 問題を起こしちゃった子発言から妄想をふくらませてしまったものの為 白雲くんには触れておりません。

title:すいせい様


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